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9. ブラコンでハムスターだから、まだ早い

 翌日、俺は寝坊した。


「くわっ……」


 あくびを噛み殺して、服隙間から手をいれて肩をぼりぼりかく。

 ぼんやりした視界に見えたのは、立派な青いタペストリー。

 それを見て、ここは『家』だったなと思い出した。


 体を起こすと、天井まである窓ガラスから陽光が差し込んで眩しかった。

 日の傾きからして、そろそろ昼ぐらいだろうか。

 寝すぎたな。


 部屋を見渡すと誰もいない。

 母上は朝方、出ていった気配がしたから、それもそのはず。

 みんな気を使って、寝かせてくれていたんだろうな。


 俺はベッドのサイドに置いてあった呼び鈴を鳴らす。


 昨日はラフな冒険者用の格好をしていたけど、あれで王宮をうろつくわけにいかない。

 面倒だけど、誰かを呼んで着替えを持ってきてもらわないと。


 ぐぅ。


 腹へった。

 鳴った腹をさすりながら、ふっと笑う。

 ちゃんと寝て、腹へるなんて、体が元通りになってきているな。

 そんなことを思っていたら、部屋のドアが開かれた。


「殿下、おはようございます」


 じいやが一礼して、部屋に入ってきた。


「おはよう。……っていう時間でもないけどな」

「そうですございますね。ですが、よく眠れたようでようございました」

「うん。母上は?」

「式典と……国葬の準備をされております」


 兄貴の葬儀か。


「式典っていうのは?」

「殿下の凱旋パレードですよ」


 はっきりと言われて、俺はぽかんと口を開いた。

 慌てて口を結ぶけど、今度は頬がひきつった。

 俺の反応を見ているはずなのに、じいやは朗らかな笑みを崩さない。


「魔王討伐の偉業を殿下方は成し遂げました。国民の多くが勇姿を一目みたいと望んでおります。ぜひ、彼らの前に出てください」


 俺はぐっと顎を反らした。


「愛想笑いは苦手なんだけど……」

「ははは。分かっております。殿下のままでよいのですよ。前に立つだけで殿下は人々の希望になります」


 ため息をもらして、頭をかきむしった。

 頭では前に出るべきだって分かってはいる。

 ただ、俺は注目されるのが苦手なだけだ。

 王子様スマイルなんかでない。

 それに──


 首から下げた袋を見る。


 ──兄貴はいないのに。

 嫌なことを考えそうになって、肺をふくらませて息を吸って、吐き出した。


「わかった。堂々と立つよ」


 俺の答えに、じいやは皺の深い目尻をゆるませた。


 ぐぅ~


 タイミングが良いのか悪いのか。

 また俺の腹の虫が鳴り出した。

 じいやは喉を震わせて笑いながら、「食事の支度をしますね」と言って、控えていた使用人たちに声をかけた。


 服は父上の着ていたものが用意された。

 着替えると、袖の長さがやや足りない。

 変な気分だった。


 父上との思い出は、正直あまり覚えていない。

 ただ、俺と兄貴を肩に乗せてくれたことは覚えている。

 空が近くなって白い曇が掴めそうで、俺は目を輝かせた。


 背が高い人という印象だった。

 その人を越した自分が不思議だ。


 父上を亡くしたとき、俺はまだ子供で、母上の前で泣いた。

 何を言ったのかは覚えていないけど、悲しくてごねたような気がする。

 母上はそんな俺に毅然と勇者になれと言った。

 あれほど強い眼差しを見たことがなかったから、俺は驚いて涙がひっこんだ。


 父上のことは記憶が薄れているけど、母上が父上の肖像画を見つめる眼差しは切なくて、俺は何も言えなかった。

 幼い俺では抱えきれないものを眼差しから感じて、「父上はどんな人だったの?」って、無邪気に聞けなかったな。


 今度、母上に聞いてみようかな。

 母上が苦しくなければだけれど。

 父上のこと、知りたい。


 もう会えないから、母上の思い出のなかの父上に、会ってみたい。


 そんな事を考えているうちに、俺は着替えを終えた。



 昼食は仲間たちと一緒にした。

 バターがたっぷり入った焼きたてのクロワッサンが出てきて喉が鳴った。

 おにぎりも好きだけど、パンも好きだ。

 山盛りのクロワッサンにかぶりつく。

 くぅ。旨い!


「小麦が沁みますね……」と、アレクシが言い

「おにぎり生活でしたものね」と、読書家少女がつけくわえる。


 俺は口いっぱいにクロワッサンを詰め込んだ。

 ごくっと一気に飲み干して、バターのついた指をなめる。


「おにぎりも美味しいけどな。なんか力が出るし」

「それってやっぱり、勇者さんが日本人の血を引いているからじゃないですか?」


 ミーミルがほくほく顔で言う。


「伝承によれば、初代勇者さまは日本人だったらしいですし、日本人の江戸っ子と呼ばれる人種はお米を食べなきゃ餓死するらしいですよ」

「そうなんだ。餓死は嫌だな」

「米を食べないと、居てもたってもいられなくほど、江戸っ子はお米好きなんですよ!」

「へぇ」


 江戸っ子は、大変な人種だ。

 おにぎりは流通しているけど、実は稲作は難しい風土なんだ。

 白い魔女と呼ばれる人たちが、稲が育つように薬を調合したりしている。

 旨いおにぎりは回復高価も高いし、皆の努力の結晶だから一粒も残しちゃいけない。


「そういえば、あんた、これからのこと考えているの?」


 クロワッサンを食べた後、エルサが話し出した。

 しつこく指をなめていた俺は、手をとめた。


「実は、何も考えていない」


 真顔で言ったら、エルサは眉ひとつ動かさなかった。


「やっぱり」

「そうでしょうね」

「ですよねー」


 三人とも食後の紅茶をすする。

 あれ? びっくりされていない?

 予想外の反応に目を瞬きさせていると、エルサが言う。


「あんた、ブラコンだもんね。魔王戦の後のことなんて考えていなかったんでしょ?」


 他の二人も同意するように頷く。

 なんだよ、みんなして、俺のことブラコン、ブラコンって。

 俺はそんなにブラコンか?

 面白くなくて目を据わらせていると、今度はアレクシが口を開く。


「次の目的もなくこのままでいると、私たちは無職ニートになりますね」


 ニートとは異世界(日本)の言葉で、引きこもりのことらしい。

 アレクシの言うことは当たっている。

 このまま城に滞在してても、文句は言われないだろうな。

 となると、俺たちはダラダラ生活のはじまりだ。


「それは嫌だな」

「ですが、初代勇者さまは王妃さまと結婚後、ニートになっていたそうですよ。内政は干渉されずに子育てに専念されていたそうです。ですよね?」


 アレクシがミーミルに目配せする。


「はい。初代勇者さまは内政には興味ない方だったらしく、庶民と変わらない生活を好まれたそうですよ」


 ミーミルが言うなら間違いないだろうな。

 彼女は一度、本を読むと内容をすべて暗記してしまうという能力がある。

 魔王攻略には、彼女の知識にずいぶんと助けられた。


「あ! でも、アレクシさん! 初代勇者さまはニートではありませんよ! 日本では、専業主夫というらしいです!」

「そうなのですか?」

「はい! ギフト持ち(日本人転生者)さんたちが書いた、日本の言葉辞典の最新刊では、そう明記してありました!」


 日本の言葉辞典は、ギフト持ち(日本人転生者)が集まった組織『ユートピア』から発行されている本だ。

 この国じゃ見慣れない言葉がたくさんあって、人気だ。

 ブラコンもそれで知った。


 ぼんやりと二人の会話を聞いていたら、アレクシが俺を見た。


「なら、勇者殿も専業主夫になればよいではないですか?」


 びっくりして、思わず自分を指差す。


「結婚して、子育てに専念してください」


 生真面目な顔で言われて、あっけに取られた。


 俺が、結婚? 誰と──

 と、考えて、横に座っていたエルサをちらっと見てしまった。

 彼女は俺を見ずに、きっぱり言った。


「こいつはブラコンの上に、ハムスターだから、まだ早いと思うわ」


 は? ハムスター??


「あたし、小さい頃にハムスターを飼っていたんだけど、あの小さいネズミ。生きるのに必死なのよ。回し車の中で、走りながらずっと回っているし。走りすぎて、回し車の中で体ごと回っているし。そのうち回転に付いていけなくて、ぺいって回し車から弾かれちゃうんだけど、めげずにまた回し車の中に入るし。

 頬袋にひまわりの種を詰め込みすぎて、そのまま寝ちゃうし。寝ている間にひまわりの種、ぽろぽろ出ていて笑ったわ。あとは何度もゲージから脱走しようとするし」


 エルサのぼやきが止まらない。


「ハムスターって、動いてなきゃダメって感じがするのよね。だから、専業主夫って柄じゃない気がするわ」

「ふむ。そうですか。実に納得しました」


 え? え? 納得した? 何を?

 俺、全然、わかんないんだけど。


 ミーミルまでこくこく頷いている。

 なんでだ?


 頷きあう仲間たちを見つめて、俺は腕を組んで考えこんでしまった。


次の更新は来週になりますm(._.)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやいやいや! 初代勇者様、子育てに専念してたならニートじゃないでしょ! ……と思ったら、読書家女子がフォローしてくれてひと安心です。 良かったね、初代勇者様♪ 弟君がハムスター扱いさ…
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