7. おかえなさい。いってきます。
アレクシの魔法で、俺たちは王宮前の城門に転移した。
転移魔法は、どこにでも自由にいけるわけではなく、飛んだ先は決まっている。
王宮に帰りたかったら、門の前に必ずなるんだ。
手紙とかもそう。
ただし、手紙やモノは、人がいる場所に必ず落ちる。
拾われやすくするように調節しているって、アレクシが言っていた。
あいつはアレクシとしては、かなり優秀らしい。
一瞬で違う場所へいける便利な魔法を使って、俺たち四人は、門の前にたった。
時刻は夜だった。
城門前の跳ね橋はあがっていて、三人の兵士が門の前に立っていた。
瞬間移動してきた俺たちに、兵士たちは腰を抜かした。
「何者!」と、すぐに一人の兵士に、槍を向けられた。
いい反応だ。
俺を声をだそうとしたら、違う兵士が槍を向けた兵士をぶん殴った。
「ばかやろう! よく見ろ! 殿下だ! 殿下!!」
殴られた兵士が俺を見た。
お化け(アンデットモンスター)でも見たような顔になった。
帰還は明日って連絡してあるしな。
その反応は当然だろう。
「え? 殿下? え? ええぇぇえ!」
「偽物じゃ……」
一人の兵士が訝しげに俺を見る。
いいな。
疑り深い方が警備兵としては優秀だと思う。
にやけそうになっていると、呟いた兵士も殴られた。
ストレートパンチが頬に食い込んでいる。
「お前の目はどこに付いているんだ! 黒髪に青い瞳をしているなんて、殿下しかいないだろう!」
おお。暗がりなのに、闇目が効いているんだな。
城門前は、星明かりしかなくて薄暗い。
俺の髪は黒くて、闇に溶けてしまう。
よく見分けられたもんだ。
いい警備兵だ。
安心した。
目の前で取っ組み合いをしそうな三人に向かって、声をかける。
「あのさ」
全員がこっちを見た。
俺はにっと口の端をあげる。
「ただいま」
そう言うと、他の兵士を殴っていた警備兵がぶわっと泣き出した。
「殿下! よくぞご無事で……!」
鼻水まで垂らして泣き出した警備兵。
反応に困っていると、一人の警備兵が声を張った。
「開門! 開門! 殿下のご帰還だ!!」
重厚な木の門が開かれて、石畳の広場が姿を現した。
石畳を歩くと夜でもきらびやかな風貌を損なわない白亜の城が見える。
ぽつり、ぽつり。
城に灯るあかりは、誰かが生きて存在している証。
森とは違って空気は澄んでいないけど、誰かの気配は心地よい。
「帰ってきたんだな……」
思わず呟くと、エルサが「そうね」と言ってくれる。
「うわー! 本当にお城ですね」
ミーミルが感嘆の声をだす。
彼女は旅路の途中で会ったから、城にくるのは初めてだったな。
「きれいですね」
両手を前に組んでうっとりと言うミーミル。
俺もきれいだなって思う。
灯るあかりが幻想的だ。
さて、まずは母上に帰還の報告を──と、思って足を進めようとしたら、ものすごい勢いで誰が走ってきた。
王宮の入り口から出てきた米粒みたいな影は、一瞬にして、俺の間近までくる。
──早い。
思わず身構えたけど、濃い化粧顔と防具を着てても隠しきれていない筋骨粒々の体を見て、俺は警戒を解いた。
「師匠……?」
呟いた次の瞬間、俺の顔面は師匠の胸筋にうまっていた。
あっという間に師匠に抱きしめられ、体を持上げられてしまった。
師匠は俺より一回り大きい体なんだ。
「んー! んー!」
息ができなくて、俺は足をばたつかせながら、師匠から離れようともがいた。
──が、さすが師匠だ。引き剥がせない。
俺をがっちりホールドした状態で、師匠が声をだす。
「おかえり! 無事で何よりよ」
「んー! んー!」
「言わなくたってあんたたちのことは、分かっているわよ。 何も言わなくていいからね!」
感極まったのか師匠の締め付けが強まる。
圧迫に耐えきれずに、俺の体が悲鳴をあげる。
くるじい。息ができない……
このままじゃ、やばい。
酸欠で、ひっくり返る。
師匠、すみません!
俺は腕を師匠の逞しい腕から引き抜いて、腹にめがけて重たいパンチをくりだす。
──ドスっ
俺の拳が師匠の腹にめりこんだ。
力の加減なんかしない。
師匠は全力をだしても勝てなかった相手だったからだ。
俺の腹パンチを受けて、師匠の拘束がゆるむ。
浮いていた足が地面におりて、ほっとしていると、師匠は赤いルージュがのった口の端をあげた。
「いいパンチを出すようになったじゃない……」
師匠は見たことがないほど満足げに俺を見ていた。
「師匠……?」
声をかけると、師匠はその顔のまま後ろにぶっ倒れた。
「師匠?!」
俺は慌てて師匠に近づき、地面に膝をつく。
師匠は俺が殴った箇所を手でおさえて悶絶していた。
「いたたっ。もお、乙女を殴るなんて、男としてなっちゃいないわ……」
師匠が痛がっている……だと。
俺は信じられなくて、目を泳がせた。
「師匠、冗談ですよね? ……冗談で倒れたんですよね?」
師匠は顔面にきれいな青筋を立てた。
「冗談で後頭部から大の字に倒れないわよ。あんたはアタシをなんだと思ってるの」
「師匠だと思っています」
師匠は呆れた目をする。
「おバカな性格は変わっちゃいないわね。あんたの一撃は強烈だったわよ?」
信じられない。
師匠は俺よりずっと強くて、越えられない壁だと思っていたから。
「あんたがアタシから巣立ってからずいぶん経つわよ。とっくにアタシを追い越しているんじゃないかしら」
師匠がやれやれと立ち上がる。
俺は腰をあげられず、師匠を見上げた。
師匠は眩しいものでも見たかのように目を細くする。
「レベルはどれだけあがったの?」
「……99まで上げました」
「あら、最高値じゃない。ずいぶんと戦ってきたのね。初代勇者さまも、そこまでレベルは高くなかったわよ」
俺は顔を歪めてしまった。
「初代勇者さまを越えれば……必殺技を出さなくてもいいと思ったんで……」
「うん。その考えは正しいわよ。結構、みんなに助けてもらったんじゃない?」
「はい……助けてもらい……ました」
「そうよねえ。仲間だもんね。いー仲間に恵まれたじゃない。よかったわね」
師匠は俺の髪をわしゃわしゃっと撫でた。
「あんたが必死だったから、みんな付いてきた。レベル99は、あんたと仲間の誇りよ。本当に強くなったわね」
髪をぐしゃぐしゃにされるほど乱暴な撫でかただ。
俺は兄貴の入った袋を握りしめていた。
そっか。そうだよな。
レベル99って、俺だけじゃ辿り着けない数値だ。
仲間が居たから、できたことなんだよな……
兄貴を亡くしたときに、レベルマックスにしても意味ないって思った。
結局、必殺技のありなしで、魔王を倒せるのが決まるのかよ。
必死になって努力したことも、全部、無駄だったんだって、思ってしまった。
たけど、それは……仲間との日々を否定することになんだな……
振り返ればいる俺の仲間。
こいつらとの日々を、俺は無かったことにしたくはない。
あの時、否定してごめん……みんな。
俺は熱くなった目頭を手の甲でこすった。
「はい。最高の仲間に恵まれました」
師匠が手をとめたから、俺は立ち上がった。
「よし! それでこそ、あたしの弟子よ! 胸を張って、堂々としなさい」
立った俺の背中を師匠がばしんっと叩いた。
「ほら、お兄ちゃんと一緒に王太后さまの所に行ってらっしゃい。帰りを待っているわよ。入り口まで来てるんじゃないかしら」
もう一度背中を叩かれて、俺は一歩を踏み出す。
お兄ちゃんと一緒に──まるで兄貴が生きているみたいな口ぶりだ。
でも、師匠のことだから、兄貴がいないことも分かっているはずだ。
目を見ればわかる。
切なさを押し殺しているから。
兄貴がいなくて、一緒に行ってこいって、この人は言ってくれている。
師匠の背後には俺を迎えるように王宮が煌めいていた。
おかえり、おかえりと、歌うように、きれいな灯りだ。
俺はずっと鼻をすすった。
「はい。行ってきます」
師匠はにんまり笑った。
仲間に目配せする。
みんな頷いて、走る体勢だ。
何も言わなくても、全部、分かってくれる。
本当に最高の仲間たちだな。
俺も頷いて、走り出す。
足は前へ前へ。
待っててくれる家族の元に向かった。




