6.話していい
風呂から上がったら、また食事にすることになった。
俺が席を立ったから、みんな食べていないらしい。
申し訳ない気持ちになった。
また俺の左にはアレクシ。
対面にはエルサ。
斜め前にはミーミルが座って、みんなでテーブルを囲む。
「お待ちどうさま。しっかり食べな」
シェフが気をつかってくれて料理を作り直してくれた。
ステーキ肉が乗った皿が次々と運ばれる。
テーブルの上には、また肉料理が並んだ。
モンスターと戦ったせいか、俺は前より腹が減っていた。
分厚いステーキ肉にフォークとナイフをいれる。
今度は、肉を誰もいない場所に差し出さずに、口にいれた。
肉汁が出てうまかった。
旨いと感じている自分がいて、不思議な気持ちになる。
右をみたら、誰もいない。
それなのに、肉は美味しいんだ。
「美味しいわね」
「美味いです。モーモーモー牛の肉でしょうか」
「柔らかいですね」
みんな普通に食事をしている。
違和感があったけど、俺は黙ってまた肉を食べる。
「美味しい?」と、エルサに話しかけられ、俺はうなずく。
彼女は目を細くした。
「あんたと兄貴は、この肉、好きだもんね」
兄貴の名前を聞いた俺は瞠目し、ナイフとフォークを手から滑らせた。
カシャン──と、硬質な音が皿の上で響く。
和やかな雰囲気は一変して、空気が冷えていった。
居たたまれない。
逃げだしたい気持ちをおさえたら、本音がぽろりと出た。
「なんで兄貴のこと、言ったんだよ……」
顔をゆがめて彼女を見たら、切なく微笑された。
その表情には覚えがある。
俺を見る兄貴の顔とそっくりだ。
「話したいからよ」
「なんでっ……」
気持ちが暴れだして、語気が強まった。
こんなの八つ当たりだ。
なのに、抑えきれない。
兄貴と同じ眼差しをされたら、俺は平静じゃいられなくなる。
俺は憮然とステーキ肉と食べた。
しばらくしたら、ぽつりと呟くようにエルサが言う。
「あたしはあんたの兄貴の話をしたいわよ。だって、忘れたくないもの」
忘れたくない?
「忘れるなんて無理。だから、話をしたい」
咀嚼したステーキを飲み干す。
喉がつまって、うまく飲み込めなかった。
「兄貴のことを話したら……苦しくなるだろ……」
俺は器用な人間ではないから。
兄貴のことを話をしたら、思い出に引きずられてしまう。
あの時の悔しさに支配されて、身動きがとれなくなる。
呼吸するのを忘れてしまう。
それじゃあ、ダメなんだ。
今を生きていくには、現実に兄貴を持ち込めない。
切り捨てないと、忘れないと……いけないんだ。きっと。
「苦しいわよ。とても、辛い。それでも、あたしは話をしたいの。あんたも話しなさいよ。無理に隠すことないわ」
俺は呆然として、アレクシを、次にミーミルを見た。
「私も兄貴殿の話をしたいです」
「わたしもしたいです」
みんな、どうして……
「だいたい、あんた、ブラコンなんだから、兄貴の話をしない方が不自然よ」
「ブラコンって……」
兄貴の必殺技名を思い出して、顔をしかめる。
「あんたはブラコンよ。自覚ないの?」
「……ブラコンは兄貴の方だろ?」
口をすぼめていうと、やれやれと首をすくめられた。
「無自覚なブラコンも、たちが悪いわ……」
ぼそっと呟かれた言葉は、意味がわからなかった。
「まあ、いいわ。あたしたち、仲間でしょ? あたしたちには兄貴の話をしなさい。あたしたちならわかってあげられる。話してよ。黙ってられる方が辛い」
エルサがすんと鼻を鳴らした。
彼女の言葉は、あたたかった。
回復魔法みたいで、優しく傷を治してくれるみたいだ。
分厚いステーキ肉を切り分けて、口に入れた。
旨くて、旨くて。
兄貴と一緒に食べた記憶が、鮮明によみがえった。
兄貴、大口を開けてステーキ肉を食べていた。
──旨い! 旨いなあ!
軽快に笑う声を耳が思い出す。
あの姿はもう見れないと思ったら、口が勝手に動いていた。
「肉、うまいな」
「そうね」
次々とステーキを切っては口にいれる。
目頭が熱くなってきた。
「今は……四人、なんだな」
「そうね……」
「なんか、慣れねえなあっ!」
涙を隠したくて、わざと声を明るくする。
にっと笑って顔をあげると、エルサの瞳から涙が流れた。
きれいな涙だった。
「うん。慣れないわよ」
言いきられて、俺の瞳から涙がぽろりとこぼれた。
泣かないって決めたのに、兄貴の話をするとダメなんだ。
俺は泣いてしまう。
誤魔化したくて、フォークを持ったまま、目頭をぬぐった。
「泣いたっていいじゃない」と、彼女の声が俺をたしなめる。
「あたしだって、泣きたいときは、あんたを頼るわよ」
そんな優しいことを言うなって。
我慢できなくなる。
俺は意地を張って、ナイフとフォークを置いて、両手で顔を隠す。
「それじゃあ、頼りっぱなしになる」
「ばかね。いつでも頼りなさい。仲間でしょ」
しょうがないやつって、声からにじみでて、その優しさに涙があふれた。
俺はしばらく動けずにそのままの体勢でいた。
涙がひいたあとは、ステーキ肉がすっかり固く冷えていた。
テーブルを見ると、食事はみんな進んでいない。
俺はすんと鼻をならして、笑顔を無理やり作る。
「残さず食べるな! 食べなきゃ、生きていけねえもんな」
俺は生きるために食べた。
固い肉でも、噛みしめれば味わいはでる。
仲間と共にする大事な食事だ。
それは、二度と体験できないものだろう。
俺は根性で肉を落としていった。
がっつく俺を見て、みんなが微笑む。
静かになった食堂では、フォークとナイフの音だけが響いた。
その音は、切なく感じない。
俺に寄り添う音は、むしろ心地よかった。
食事を終えた俺たちは、俺の寝室に戻った。
ぐしゃぐしゃだったベッドのシーツはすっかりキレイになっていて、宿屋の人に心で感謝した。
お日さまの匂いがするシーツの上に腰を落とす。
エルサが隣に座った。
アレクシは椅子を二脚持ってきてくれて、俺の対面に置いてくれる。
ミーミルがちょこんと、椅子に座った。
仲間たちと、俺は話をした。
これまでの冒険のことや、無念さ。
笑いながら、時に泣きながら。
会話の中には、兄貴がいた。
その間、俺の指は砂の感触を確かめなかった。
ふと、袋を見るときはあるけど、無意識に触ることはなくなっていた。
「宿屋を出たら、王宮へ帰るんですよね?」
会話が途切れたとき、ミーミルが声をだした。
「そうだな。あ、魔王討伐したって報告しないと」
「それなら、あたしがやったわよ」
エルサが平然と言ってきて、びっくりした。
「なによ?」
「いや、ありがとう……」
「どういたしまして。手紙を送っておいたわ。宿屋に着いた直後に送ったから、国では周知されているんじゃないかしら」
行動の早さにびっくりする。
それと同時に、今まで俺は何をやっていたんだという気分になった。
母上への報告は、俺がしなくちゃいけないのに。
「ごめん……なんか、俺、頼りないな」
「そう? 気にすることないわよ」
「でも……」
「そういうところも、嫌いじゃないし」
「え?」
瞬きをして彼女を見る。
ツンとつり上がっていた眉は、優しく下がっていた。
「嫌いじゃないわよ。頼りない、あんた」
きれいに微笑まれて、俺はどきっとした。
あれ? 彼女はこんなに美人だったか?
心がざわついて、思わず袋を握りしめる。
妙な空気になったので、話題を変えようと俺はこれからのことを話した。
「まずは王宮に報告かな。帰還の知らせを出さないと」
「それなら、私の転移魔法で手紙を飛ばしましょう」
「助かる。手紙を書くな」
俺はベッドのすみに置いてあった雑嚢から、封筒と便箋を取り出す。
王国の紋章が入ったものだ。
ペンは宿屋にあった備え付けのものを借りた。
ペンが置いてあったテーブルの上で、帰還の日付を書く。
「三日後でいいかな。たぶん、準備とか色々とあるだろうし」
パーティーとかの準備で、大変な騒ぎになりそうだ。
俺の家は、一応、王宮だ。
家とは思えない城だったけど、母上の誕生日には絢爛なパーティーが開かれていた。
「明日にしなさいよ。早く帰ってあげるのが一番よ」
「……そうか」
「そうよ」
便箋をまた取り出して、帰還の日付を変える。
明日の日付を書いて、手紙をアレクシに渡した。
アレクシは詠唱して、手紙をぱっと消した。
「勇者さんって、王子様なんですよね?」
ミーミルに尋ねられて、肩をすくめる。
「生まれはな。だけど、俺も兄貴も王位継承権は放棄しているし、王子って言っても戦うことしかしてこなかったからな」
六歳から師匠のところで修行して、その後、魔王討伐に出た俺たちは、出立前に王位継承権を放棄した。
王族って身分は色々とややこしくてな。
俺と兄貴は生き残るつもりだったから、帰って来た俺たちのどっちかに、王冠を授けたらという声もあったんだ。
父上のように、勇者王を望まれた。
でもさ。
俺も兄貴も戦うことしかしてないし、国を治める器じゃない。
それに、従兄弟のにいさんがもう国王となっている。
にいさんは頭がいいし、国を良くしてくれる人だ。
ああゆう人に国は任せたい。
だから、俺も兄貴も継承権は放棄した。
周りは騒がしかったけど、母上は許してくれた。
母上……
兄貴がいなくなったって知っているなら、悲しがっているだろうな……
母上との親子の時間は短かったけど、抱きしめてくれる手が、俺は好きだった。
優しくて、ふんわりしたあたたかい手だ。
母上のことを考えていたら、すぐにでも帰らなくちゃって気がした。
「すぐ帰るか」
「いいんじゃない」
「そうですね」
「はい! 帰りましょう!」
みんな賛同してくれて、俺たちは荷物を片付けるとアレクシの魔法で、王宮へと転移した。
切りがよいところでお休みを頂きます。
来週には、再開できるようにまた書き進めていきます。
宜しくお願いいたします。




