5. 限界です
ごめんなさい。先に謝っておきます。
俺は強いのだろうか。
魔王を倒せなかったけど、勇者だって言っていいのかな。
顔をしかめて、湯船に浮かぶ麻袋を見る。
不意に兄貴の言葉が脳裏によみがえった。
兄貴が必殺技をだしたあと、俺は無念さでいっぱいで、泣きながら弱音をはいた。
──俺は何もできなかった……!
でも、兄貴は俺を叱り飛ばした。
──何を言っているんだ! お前は傷だらけで戦い抜いた! 胸を張って凱旋しろ! お前は勇者だ!
死ぬ直前だっていうのに、兄貴の言葉は力強かった。
俺を勇者だって、信じて疑わない強さがあった。
エルサも「あんたは勇者だった!」と迷いなく言ってくれる。
信頼している仲間が、俺を勇者だって言ってくれている。
湯船に浮かんでいた麻袋を握る。
じゃりっとした砂の感覚を指で確かめる。
何度も、何度も。
兄貴と話がしたい。
話をしたら同じ事を言われるような気がするけど、それでも、声が聞きたい。
ただ、無性に会いたい。
「あなたが勇者と呼ばれるのを嫌うのは、兄貴殿を助けられなかったからですか?」
図星をつかれて、俺は強く麻袋を握りしめた。
しばしの沈黙。
豊かなお湯が、湯船に注がれる音だけが広がった。
俺は握りしめていた麻袋を見る。
水をはじいて濡れない袋を見て、力なく笑った。
「俺は……自分を赦せないんだ……みんなが勇者だって言っても、どうしても……自分が赦せない」
一度、でてしまった本音は止まらなかった。
「俺が強ければ、兄貴は消えなかったって……考えちまう……」
俺のレベルは最高値だったし、それ以上、強くはなれなかった。
魔王戦だって、俺たちは限界まで戦った。
やれることは全てやった。──と言ってもいいだろう。
それでも、兄貴を死なせないように戦ってきたからさ。
俺の今までは何だったんだろう、って思いがぬぐえない。
俺は奇跡がない現実で、奇跡を見たかった。
「赦せない……ですか……」
アレクシの言葉に、頭をさげて頷いた。
「気持ちはわかります。運命って言葉じゃ片付けたくない無念さが、私にもあります」
じゃあ、とアレクシが淡々と言葉を続けた。
「兄貴殿を救えなかった私も無能ですね。死んでしまいましょうか」
「は?」
ザパン──と、水音を立てながらアレクシが立ち上がる。
アレクシは満面の笑顔になっていた。
「ご安心ください。自分の命を道ずれに、相手を死なせる魔術は習得してあります」
何が安心なのか、さっぱり分からない。
こいつは何を言っているんだ?
「魔王が最終形態のとき、相手は魔法が効きませんでしたね」
「そう……だったな……」
「この魔法が使えずに無念でした。ようやく使えます。一緒に逝きますか?」
にっこりと笑われて戦慄した。
「ば、バカ! 何、言っているんだ! なんでお前まで逝くだよ!」
冗談にしては、笑えないぞ!
「なぜ? 私は兄貴殿をお救いできなかった無能者ですよ? 生きている価値なんかありません」
俺も風呂から出て立ち上がった。
「はあ?! そんな訳ないだろっ! お前の魔法でどれほど今まで助かったと思ってんだよ!」
「そうでしょうか? 私は勇者を支えるアレクシでありたいと思って、あなた方と旅をしてきました。私も兄貴殿の生還を願ったひとりです。しかし、力及ばず、兄貴殿は逝ってしまいました」
アレクシは遠くを見つめた。
ここではないものを視線の先が追っているみたいだ。
「私の愛読書「探し物屋森のくまさん』にも書いてあります。『探し物を見つけられない私はダメな熊である。』と」
──は?
なんで、今、お前の愛読書の話になるんだ?
というか、それ絵本だよな?
え? 何があったんだよ?
なんでそんなに、熊は思いつめているんだよ!
話の流れについていけなくて、俺はぽかんとした。
アレクシは、はて?と首をひねった。
「どうしましたか?」
「……いや、なんで絵本の話をしているのか分からなくて……」
「そうですか。この良さが分からないとは、私はまだまだなようです。やはり、この身に変えてもお伝えしなければ……」
「いや、待て! お前がその絵本、大好きなのは分かっているから! 大丈夫だから! 伝わっているから! 物騒なことを言うな!」
俺が叫ぶと、アレクシは微笑した。
「勇者殿は、私の無能さを赦してくれるのですか?」
俺は腰に手をあてて、きっぱりと言う。
「赦すも何も、お前は悪くない……だろ?」
あれ? これって……
アレクシの言葉の意図を理解して、俺は口を薄く開く。
「では、あなたもあなた自身を赦すべきですね」
俺は口をひき結んで、考え込んだ。
たぶん、俺は情けない顔をしている。
優しい言葉を聞いていると、俺がダメだって思っているところも、ダメじゃないって思えてきてしまうから。
「ゆっくり考えてください。今すぐ答えをだす必要はありません」
俺は口をすぼめて、頭をかいた。
「私は孤児ですので、家族がおりません。兄弟というものを知りませんが、それでも肉親の死は、何よりも辛いものだとは思っていますよ」
こいつ、孤児院出身だって言っていたな。
亡くなったシスターが親代わりだって、言ってた。
何も言えなくなって、俺は口をつぐんだ。
「勇者殿」
アレクシが声をかけてくれる。
ちらりと見ると、やっぱり微笑していた。
「そろそろ私は限界です。のぼせました」
「は?」
ぐらりとアレクシの体が傾く。
俺が手を出す暇もなく、アレクシは顔面から湯船に突っ込んだ。
──ザッパーン!
「早く言えよ!!」
俺は焦ってアレクシを引っ張りあげる。
真っ赤な顔をしたアレクシは、荒い息を吐き出していた。
「おいっ! しっかりしろ! 氷の魔法は?! アイスとか出さないのか?!」
「あぁ……そうですね……でも、意識が……」
「ちょ! ちょっと待て! 待て! 待て! 大丈夫だ! すぐに、なんとかするからっ!」
俺は大慌てで、アレクシを湯船から引っ張りだした。
脱衣所でアレクシを仰向けにして、タオルを雑にかける。
よし。男のプライドは守ったな。
自分も腰にタオルを巻いて、脱衣所を飛び出した。
氷、氷!
廊下を走っていると、ロビーでエルサたちが椅子に座っているのが見えた。
俺の姿を見たエルサの目はつり上がり、ミーミルは顔を真っ赤にして顔を隠した。
「ゆ、勇者さんっ! 筋肉のあらゆる部位が色々と見えて破廉恥です!」
「ごめん! 我慢してくれ! アレクシがのぼせたんだ! 顔を赤くしてるから、氷!」
エルサが立ち上がる。
「どこにいるの? 回復魔法をかけるわ」
頼もしい言葉に、ほっとする。
ミーミルがエルサへ感嘆の眼差しを送った。
「エルサさん……勇者さんの裸体を見ても動揺しないなんて、すごいです……」
「子供の頃からの付き合いなのよ? こいつの裸なんて見慣れているわよ」
「そうなんですね……あ、でも、お顔が仄かに赤いような……」
「そんなわけないでしょ!」
女同士の話にじれったくなって、俺はエルサの手を掴んだ。
「脱衣所に来てくれ!」
「ちょっと……! こら! タオルをしっかり結びなさい! 外れそうよ!」
「は? 見慣れているんだろ? だったら、気にすることないじゃん──」
──バキッ!
唐突に殴られた。
「あんたって、ほんとっ! デリカシーがなさすぎる!」
すごく痛い。
なんだっていうんだ。
エルサにぶん殴られながらも脱衣所にたどり着いて、アレクシは無事に回復した。
筋肉が恋しくなりました。
作者も色々と限界でした。
次は読書家女子視点になります。