3. 俺の勝ちだあああっ!
千文字短編が「第二回小説家になろうラジオ大賞」にノミネートされて、下野紘さんに朗読して頂きました。ありがとうございます。
https://www.youtube.com/channel/UCQdG51bd0ZTvVdCb1vUmI5g
声を聞きながら、書き直したものです。
モンスターとのバトルシステムは特殊だ。
モンスターを見つけても、戦場に入らなければ、攻撃されることはない。
どこまでモンスターと接近すれば、戦場に入るかは明確ではなかった。
遠くにいるモンスターを見つけたら、全滅を避けるために対策を練り、装備、おにぎりやマジックポーションを完璧に準備してから、バトルを開始をしていた。
だから、今の俺の状態は、完全にうっかりだ。
戦場でできる行動は、攻撃、防御、庇う、逃げる。
RPGゲーム世界だから、こんな戦闘モードらしい。
今の俺はレベルを最高値まであげているけど、武器なし、防具は防御力プラス2という駆け出しの冒険者スタイル。
レベル65の巨大狼の攻撃をまともに受けたら、一気にHPがなくなって死ぬ。
俺は迷わず逃げた。
巨大狼に背を向けて、猛ダッシュ。
したけど。
──バチンッ!
見えない壁にぶち当たって、俺は戦場から離脱できなかった。
逃げられない?
なんで?
レベルを上げれば素早さもあがって、逃げる確率は高まるはずだ。
だから今の状況は、たぶん。
ついてない、というやつだった。
──ギャアウン!
巨大狼がうなり声を上げて、俺に飛びかかってくる。
黒い体躯が太陽をかくし、辺りが暗く見えた。
俺の眼前に、明確な殺意が迫ってくる。
モンスターが開いた口は、見える獰猛さのままに、俺の肩に噛みついた。
「ぐあっ!」
肩に食い込む牙に、飛び散る鮮血。
脳がしびれるほどの痛みが駆け巡り、俺はうめいた。
ダメージを受けて俺のHPが急激に減る。
痛恨の一撃だ。
HPを回復させるおにぎりなんて、持っていない。
HPが減らされたら、俺は死ぬんだ──
なんだよ、この状況は。
装備もなしに、何やってんだよ。
仲間もいないのに。
一人で、何やってんだよ。
うっかり戦場に入って、逃げだせずに、死にかけている。
はっ。なんだよ、これ。
俺の人生、ここで終わりみたいな雰囲気じゃねえか。
死ぬの……か?
え? こんなところで?
こいつに殺されるの?
兄貴との約束も果たせないままに──?
兄貴は砂になる前、俺に言ったんだ。
「いい嫁さんをもらえ。長生きして、俺みたいに笑ってくたばれよ?」
兄貴の声、震えていた。
もう声を出すのも、限界って感じだった。
「つまんないことで死ぬなよ?」
よ、の声が優しかった。
最期まで俺のことばっか心配してさ。
兄貴は石化した。
顔がさ。
笑顔のままなんだよ。
優しげに細くなった瞳も。
にっと持ち上がった唇もそのまんま。
なのに、全身が白くなって、兄貴は動かなくなる。
よくできた彫刻みたいになっちまって、俺は瞠目した。
風が吹く。強く。強く。
石になった兄貴は脆くて、白い笑顔が砂になっていった。
なんで風が吹くんだよ──やめろって。
なあ、やめてくれよッ!
俺は兄貴に飛びつく勢いで、必死に両手を伸ばした。
兄貴を奪われたくなくて。
抱きしめて、この世に留めておきたかった。
風が吹く。強く。強く。
砂になった兄貴を巻き込んで、さらっていく。
俺の両手は無様にからぶった。
腕の中には何も、残らない。
一粒の砂さえ、掴めなかった。
からぶった俺は足を滑らせ、地面に両手をついた。
怒りで全身が震えた。
込み上げる悔しさは手に伝わって、地面に爪が立った。
両手が震えながら握られていく。
瞳からはぼたぼたと、涙が落ちて、兄貴の砂を泥にした。
「骨ぐらい残せよ……」
ひとかけらでいいんだよ。
なんで、遺してくれないんだ。
「ちくしょうっ……」
なんで兄貴がいなくなるんだよ。
全部、俺のせいか?
兄貴が必殺技を出すまえに、俺が魔王を倒せなかったからか?
俺が弱かったから。
勇者じゃないから──か。
「ちくしょおおおおおおおおおッ!!」
叫びながら、砂をかき集める。
なんで、爪に泥が食い込むんだ。
なんで、手から砂がこぼれるんだよ。
集めさせろよ!
俺の兄貴なんだよッ!
たったひとりの兄弟なんだよっ。
この砂……
俺の……兄貴だったんだよ……
持っていくなよ。
風から守るように、俺は砂を全身で覆った。
「ちくしょう……ちく、しょう」
涙は止まらなかった。
「兄貴、兄貴、……にいちゃん……っ」
あの時の慟哭を。
俺は生涯、忘れることはないだろう。
それでも生きていくのは、兄貴の遺言があったから。
──笑ってくたばれよ。
最期に笑う為に。
俺は今、呼吸をしている。
今の俺は笑えているか?
いいや。
一人で、何もできずにモンスターに殺されかけてんだ。
こんなん笑えねえよ。
なら、俺は。
食い殺されるわけにはいかない。
どくり、と心臓が脈打ち、俺の全身に血が巡りだす。
感覚は研ぎ澄まされ、思考がハッキリする。
何をどうすれば生き抜けるか、今まで必死でためた経験値が教えてくれる。
強くあれと、願った精神力が急激に回復して、俺を覚醒させた。
「俺から離れろ……」
俺はやつの喉に素手で掴みかかった。
片手が動けば充分だ。
握り潰してやる。
呼吸ができないのか、モンスターが苦しげに呻く。
深く噛みついていた牙が、俺の肩から外れた。
このままだ。
押しきれ。
指先まで力を込めろ。
「俺から離れろおおおッ!」
いくら巨体でも急所というものはある。
喉を潰せば大抵のモンスターは、大ダメージを食らう。
俺は渾身の力を込ると、ゴキンッ!と確かな手応えがあった。
──ギャアウン!
モンスターが怯んで、俺から離れる。
やつのHPを確認する。
よし、効いている!
俺は地面を滑るように駆け出した。
目指すのはやつが凪払って倒れた木。
枝からもぎ取られた木片の切っ先は鋭く尖っていた。
走りながら、俺はおねぇ師匠の言葉を思い出していた。
──武器に頼んじゃないわよ! 強い武器を持ったってね、あんた自身が強くならなくちゃ意味がないのよ! 木刀でモンスターを叩き込めすぐらいの気概を見せない!
俺は手頃に尖った木片を手に持ち、もう一本は口に咥えた。
右手は動かねえから、口を使う!
二本の武器を持って、俺はモンスターに向かって駆け出した。
怯んだままで、攻撃してこない。
チャンスだ!
俺はスピードに乗ったまま、体をバネのようにしならせて、高く跳んだ。
相手は二メートル超え体躯。
だけど、それ以上の跳躍が俺はできる。
俺はモンスターを眼前にとらえると、ガラス玉みたいな灰色の目に向かって、握っていた木片の切っ先をねじりこんだ。
──ギャアウン!
ダメージを食らって吠えるやつに向けて、もう一撃。
素早さなら俺の方が上だッ!
口に咥えていた木片を握って、もう片方の目に突き刺す。
──ギャアウン!
モンスターが咆哮して、やつのHPがガンガン減っていった。
それでも、まだ倒せない。
ターン交代。
奴の攻撃になる。
木片で目を潰されたモンスターが大きな口を開いた。
ちっ。そうだった。
こいつ、魔法を使えるんだ。
モンスターの口の前に、黒い球体が現れる。
紫色の稲妻を放ち、禍々しく、肥大化する。
──ギャアウオオオオオオン!!
咆哮と共に俺に向かって、黒の球体が放たれる。
黒い魔物に全身が飲まれる。
紫の雷撃を爪先まで浴びて、俺は瞠目し絶叫した。
「うあああッ! ああああぁあッ!!」
HPがゼロに近づく警告音が、俺から鳴り響く。
体が赤く発光した。
死へ近づくアラートがやけにうるさかった。
黒い球体が霧散する。
モンスターからの攻撃が終わった。
ぐらり、と傾く視界。
倒れそうになったけど、右足をだして踏ん張った。
体重をのせた一歩だったから、革靴が地面の土を削る。
俺は口の端をあげた。
師匠が言っていたんだ。
HPが残り1でも、最後まで立ってた奴の勝ちだって。
生きていていた奴が、バトルの勝利者だ。
俺のHPは──0じゃなかった。
顔をあげた俺は、転がっていた木の枝を掴んだ。
今の相棒は、こいつだ。
「はあああああああッ!」
俺は全身の痛みを振りきって、モンスターの腹部に向かって走る。
駆けると同時に枝を片手で構えて、周り込んだ黒い腹部に枝を突き立てた。
──ギャアウン! ギャアウン!
耳をつんざく咆哮と、逃げようとする巨体に食らいつく。
深くねじ込んで、こいつを倒すんだ!
俺は残ったすべての力を、相棒に込めた。
目指すのは勝利のみ。
俺は生き残るッ!
「俺の勝ちだああああッ!!」
叫びと共に放れた攻撃は、会心の一撃となった。
モンスターのHPが0になる。
木の棒で突き刺していた感覚がなくなった。
モンスターは白く石化して、ボロボロに崩れた。
バトル終了を告げる、軽快な音楽が流れる。
モンスターを倒した時に得られる経験値が俺に上乗せされるが、俺はすでに最高値なので、その感覚はなかった。
戦場が解除される。
また目の前は、静かな森になった。
「ははっ……勝った……」
へらっと笑って、俺はその場に大の字に倒れた。
全身がくっそ痛い。
立ち上がれないかも。
どうやって帰るかなあ。
「はははっ……」
結構、やばい状況には変わらないのに、笑いが込み上げた。
腹を震わせると痛いから、笑いたくなんかないのに。
それでも、笑いが止まらない。
生きのびてやった。
俺、生きてるよ、兄貴。
自分が生きる為に勝つのって、悪くないな。
足音を耳がひろった。
遠くで俺を呼ぶ名前も聞こえる。
さすが、俺の仲間。頼りになるなあ。
後で説教されるなと思いながらも。
俺はにやついたまま、目を閉じた。