表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

3. 俺の勝ちだあああっ!

千文字短編が「第二回小説家になろうラジオ大賞」にノミネートされて、下野紘さんに朗読して頂きました。ありがとうございます。

https://www.youtube.com/channel/UCQdG51bd0ZTvVdCb1vUmI5g

声を聞きながら、書き直したものです。


 モンスターとのバトルシステムは特殊だ。


 モンスターを見つけても、戦場(バトル・フィールド)に入らなければ、攻撃されることはない。

 どこまでモンスターと接近すれば、戦場(バトル・フィールド)に入るかは明確ではなかった。


 遠くにいるモンスターを見つけたら、全滅を避けるために対策を練り、装備、おにぎりやマジックポーションを完璧に準備してから、バトルを開始をしていた。


 だから、今の俺の状態は、完全にうっかりだ。


 戦場(バトル・フィールド)でできる行動(ターン)は、攻撃、防御、庇う、逃げる。

 RPGゲーム世界だから、こんな戦闘モードらしい。


 今の俺はレベルを最高値まであげているけど、武器なし、防具は防御力プラス2という駆け出しの冒険者スタイル。


 レベル65の巨大狼の攻撃をまともに受けたら、一気にHPがなくなって死ぬ。


 俺は迷わず逃げた。


 巨大狼に背を向けて、猛ダッシュ。

 したけど。


 ──バチンッ!


 見えない壁にぶち当たって、俺は戦場(バトル・フィールド)から離脱できなかった。


 逃げられない?

 なんで?


 レベルを上げれば素早さもあがって、逃げる確率は高まるはずだ。

 だから今の状況は、たぶん。

 ついてない、というやつだった。


 ──ギャアウン!


 巨大狼がうなり声を上げて、俺に飛びかかってくる。

 黒い体躯が太陽をかくし、辺りが暗く見えた。

 俺の眼前に、明確な殺意が迫ってくる。

 モンスターが開いた口は、見える獰猛さのままに、俺の肩に噛みついた。


「ぐあっ!」


 肩に食い込む牙に、飛び散る鮮血。

 脳がしびれるほどの痛みが駆け巡り、俺はうめいた。

 ダメージを受けて俺のHPが急激に減る。

 痛恨の一撃だ。

 HPを回復させるおにぎりなんて、持っていない。

 HPが減らされたら、俺は死ぬんだ──


 なんだよ、この状況は。

 装備もなしに、何やってんだよ。

 仲間もいないのに。

 一人で、何やってんだよ。


 うっかり戦場(バトル・フィールド)に入って、逃げだせずに、死にかけている。


 はっ。なんだよ、これ。

 俺の人生、ここで終わりみたいな雰囲気じゃねえか。


 死ぬの……か?

 え? こんなところで?


 こいつに殺されるの?


 兄貴との約束も果たせないままに──?






 兄貴は砂になる前、俺に言ったんだ。


「いい嫁さんをもらえ。長生きして、俺みたいに笑ってくたばれよ?」


 兄貴の声、震えていた。

 もう声を出すのも、限界って感じだった。


「つまんないことで死ぬなよ?」


 よ、の声が優しかった。


 最期まで俺のことばっか心配してさ。

 兄貴は石化した。


 顔がさ。

 笑顔のままなんだよ。


 優しげに細くなった瞳も。

 にっと持ち上がった唇もそのまんま。


 なのに、全身が白くなって、兄貴は動かなくなる。

 よくできた彫刻みたいになっちまって、俺は瞠目した。


 風が吹く。強く。強く。

 石になった兄貴は脆くて、白い笑顔が砂になっていった。


 なんで風が吹くんだよ──やめろって。

 なあ、やめてくれよッ!


 俺は兄貴に飛びつく勢いで、必死に両手を伸ばした。

 兄貴を奪われたくなくて。

 抱きしめて、この世に留めておきたかった。


 風が吹く。強く。強く。

 砂になった兄貴を巻き込んで、さらっていく。


 俺の両手は無様にからぶった。

 腕の中には何も、残らない。


 一粒の砂さえ、掴めなかった。


 からぶった俺は足を滑らせ、地面に両手をついた。


 怒りで全身が震えた。

 込み上げる悔しさは手に伝わって、地面に爪が立った。

 両手が震えながら握られていく。

 瞳からはぼたぼたと、涙が落ちて、兄貴の砂を泥にした。


「骨ぐらい残せよ……」


 ひとかけらでいいんだよ。

 なんで、遺してくれないんだ。


「ちくしょうっ……」


 なんで兄貴がいなくなるんだよ。

 全部、俺のせいか?

 兄貴が必殺技を出すまえに、俺が魔王を倒せなかったからか?


 俺が弱かったから。


 勇者じゃないから──か。



「ちくしょおおおおおおおおおッ!!」


 叫びながら、砂をかき集める。


 なんで、爪に泥が食い込むんだ。

 なんで、手から砂がこぼれるんだよ。

 集めさせろよ!

 俺の兄貴なんだよッ!


 たったひとりの兄弟なんだよっ。


 この砂……

 俺の……兄貴だったんだよ……


 持っていくなよ。


 風から守るように、俺は砂を全身で覆った。


「ちくしょう……ちく、しょう」


 涙は止まらなかった。


「兄貴、兄貴、……にいちゃん……っ」






 あの時の慟哭を。

 俺は生涯、忘れることはないだろう。




 それでも生きていくのは、兄貴の遺言があったから。


 ──笑ってくたばれよ。


 最期に笑う為に。


 俺は今、呼吸をしている。




 今の俺は笑えているか?

 いいや。

 一人で、何もできずにモンスターに殺されかけてんだ。

 こんなん笑えねえよ。


 なら、俺は。

 食い殺されるわけにはいかない。



 どくり、と心臓が脈打ち、俺の全身に血が巡りだす。

 感覚は研ぎ澄まされ、思考がハッキリする。


 何をどうすれば生き抜けるか、今まで必死でためた経験値が教えてくれる。


 強くあれと、願った精神力(ステータス)が急激に回復して、俺を覚醒させた。



「俺から離れろ……」


 俺はやつの喉に素手で掴みかかった。

 片手が動けば充分だ。

 握り潰してやる。


 呼吸ができないのか、モンスターが苦しげに呻く。

 深く噛みついていた牙が、俺の肩から外れた。


 このままだ。

 押しきれ。

 指先まで力を込めろ。


「俺から離れろおおおッ!」


 いくら巨体でも急所というものはある。

 喉を潰せば大抵のモンスターは、大ダメージを食らう。


 俺は渾身の力を込ると、ゴキンッ!と確かな手応えがあった。


 ──ギャアウン!


 モンスターが怯んで、俺から離れる。

 やつのHPを確認する。

 よし、効いている!


 俺は地面を滑るように駆け出した。

 目指すのはやつが凪払って倒れた木。

 枝からもぎ取られた木片の切っ先は鋭く尖っていた。


 走りながら、俺はおねぇ師匠の言葉を思い出していた。


 ──武器に頼んじゃないわよ! 強い武器を持ったってね、あんた自身が強くならなくちゃ意味がないのよ! 木刀でモンスターを叩き込めすぐらいの気概を見せない!


 俺は手頃に尖った木片を手に持ち、もう一本は口に咥えた。

 右手は動かねえから、口を使う!


 二本の武器を持って、俺はモンスターに向かって駆け出した。

 怯んだままで、攻撃してこない。

 チャンスだ!


 俺はスピードに乗ったまま、体をバネのようにしならせて、高く跳んだ。

 相手は二メートル超え体躯。

 だけど、それ以上の跳躍が俺はできる。


 俺はモンスターを眼前にとらえると、ガラス玉みたいな灰色の目に向かって、握っていた木片の切っ先をねじりこんだ。


 ──ギャアウン!


 ダメージを食らって吠えるやつに向けて、もう一撃。

 素早さなら俺の方が上だッ!


 口に咥えていた木片を握って、もう片方の目に突き刺す。


 ──ギャアウン!


 モンスターが咆哮して、やつのHPがガンガン減っていった。

 それでも、まだ倒せない。

 ターン交代。

 奴の攻撃になる。


 木片で目を潰されたモンスターが大きな口を開いた。


 ちっ。そうだった。

 こいつ、魔法を使えるんだ。


 モンスターの口の前に、黒い球体が現れる。

 紫色の稲妻を放ち、禍々しく、肥大化する。


 ──ギャアウオオオオオオン!!


 咆哮と共に俺に向かって、黒の球体が放たれる。

 黒い魔物に全身が飲まれる。

 紫の雷撃を爪先まで浴びて、俺は瞠目し絶叫した。


「うあああッ! ああああぁあッ!!」


 HPがゼロに近づく警告音が、俺から鳴り響く。

 体が赤く発光した。

 死へ近づくアラートがやけにうるさかった。


 黒い球体が霧散する。

 モンスターからの攻撃が終わった。


 ぐらり、と傾く視界。

 倒れそうになったけど、右足をだして踏ん張った。

 体重をのせた一歩だったから、革靴が地面の土を削る。


 俺は口の端をあげた。


 師匠が言っていたんだ。

 HPが残り1でも、最後まで立ってた奴の勝ちだって。

 生きていていた奴が、バトルの勝利者だ。


 俺のHPは──0じゃなかった。


 顔をあげた俺は、転がっていた木の枝を掴んだ。

 今の相棒は、こいつだ。


「はあああああああッ!」


 俺は全身の痛みを振りきって、モンスターの腹部に向かって走る。

 駆けると同時に枝を片手で構えて、周り込んだ黒い腹部に枝を突き立てた。


 ──ギャアウン! ギャアウン!


 耳をつんざく咆哮と、逃げようとする巨体に食らいつく。

 深くねじ込んで、こいつを倒すんだ!


 俺は残ったすべての力を、相棒に込めた。

 目指すのは勝利のみ。


 俺は生き残るッ!


「俺の勝ちだああああッ!!」


 叫びと共に放れた攻撃は、会心の一撃となった。


 モンスターのHPが0になる。

 木の棒で突き刺していた感覚がなくなった。

 モンスターは白く石化して、ボロボロに崩れた。


 バトル終了を告げる、軽快な音楽が流れる。

 モンスターを倒した時に得られる経験値が俺に上乗せされるが、俺はすでに最高値なので、その感覚はなかった。


 戦場(バトル・フィールド)が解除される。


 また目の前は、静かな森になった。


「ははっ……勝った……」


 へらっと笑って、俺はその場に大の字に倒れた。


 全身がくっそ痛い。

 立ち上がれないかも。

 どうやって帰るかなあ。


「はははっ……」


 結構、やばい状況には変わらないのに、笑いが込み上げた。

 腹を震わせると痛いから、笑いたくなんかないのに。

 それでも、笑いが止まらない。


 生きのびてやった。


 俺、生きてるよ、兄貴。


 ()()()()()()()()()()のって、悪くないな。



 足音を耳がひろった。

 遠くで俺を呼ぶ名前も聞こえる。


 さすが、俺の仲間。頼りになるなあ。


 後で説教されるなと思いながらも。

 俺はにやついたまま、目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >俺、生きてるよ、兄貴。 >自分が生きる為に勝つのって、悪くないな おお、カッコいい台詞だ。 ようやく兄貴の事も吹っ切れたのか。 良かった、良かった、兄貴の分もちゃんと生きろよ!!
[良い点] おおっ! ついに弟ふっ切れたか? すぐには無理でしょうけど、前を向いて生きていって欲しいです。 兄貴の分まで。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ