No9 器のデカさとレーベントの街
過去と現在の話になります。
No9
日影は初めてダレアナの街に来た日シェイドに"自分の話した"。この世界で目覚めた時の事、この世界ではない違う世界で生きていて、そして死んだ事を。
その話を聞いたシェイドはこう答えた。
「はっ? なら、その見た目でオレより年上なわけ? ギャハハハッ! おいおいっ! 大丈夫かよっ!? やっぱり真っ裸で森の中へ行くヤツの言う事は話がデケェなっ! あっちはちっちぇのにっ! ギャハハハッ! おいっ、エールをおかわりだっ!!」
シェイドは日影の話を間に受ける事はしなかった。それは当然の反応だといえた。日影自身も自分で喋っておいてどこか胡散臭くなっていたのだから。だが、話した事は真実だ。
シェイドが最後に言ったある部分については全否定するが。
日影とシェイドは居酒屋で一緒に飲み食いしていた。この店は日頃からシェイドが通う常連の店で、ボロい外観に似合わず安くて旨い料理がウリである。客層は幅広く若者から老人まで日々賑やかな声が夜遅くまで響いている。
シェイドはおかわりしたエールを飲み、コッケの香草焼きに舌鼓を打つ。日影は果実水に同じくコッケの唐揚げをつまんでいる。
「んで、お前はこれからどうすんだよ? オレにはお前の事情なんてのはわかんねぇし、関係ねぇ。だが、こうやって知り合って成り行き的に話を聞いちまったんだ。はい、サヨナラってわけにもいかねぇだろ?」
シェイドにしたらそんな義理も人情も抱く必要は全くない。が、成り行きとはいえ自分から言い出し街へと連れてきた負い目と少しの情からそんな事を言った。
そんな事を言えばどんどんと日影に関わっていくことになると知りながら。案外、見た目以上に面倒見が良いのかもしれない。
「正直、見当がたってません。今夜の寝場所からのスタートですよ。何もかもがわからないんですから。こうして話が出来て食事もしてますけど、明日の朝起きたら夢だったりもしくは何の意識もないまま終わるのか。全くわからないですね」
日影はこれからどうして良いのか本当に分からなかった。まだ、前の世界だったり文明が酷似した世界なら動きようはあったが、未知なる獣に魔法が存在する世界にすぐ適応しろというのはかなりの無理がある。
生前に観たり読んだりしたファンタジーやアニメ、漫画の世界と現実はハッキリと違っているのだから。本当に右も左も分からない時は途方にくれてしまうものであった。
「まぁ、そりゃそうだな。お前の話が本当ならな。別に信じてねぇわけじゃねぇが、全部を今すぐ信じろってのはちょっとばかり無茶な話だぜ? いきなり違う世界から来たなんてすぐに信じられるわけがねぇ。お前だって他人から聞けばそうだろ?」
エールは良く冷えていた。日影が飲む果実水も冷えている。日影は自然と肉を食べ果実水を当然のように食してるが、よく考えれば疑問が浮かんでいただろう。この世界に電力エネルギーは存在していない。すべての動力は魔力エネルギーで賄われているのだ。
それはこの世界の魔法技術や魔導技術が前の世界と同等もしくは、それ以上の文明を備えているという証でもある。
現在の日影にそんな事を観察する余裕がなかった。情報は聞くだけでなく見ることでも得られる事に気付くべきである。
「それは....確かにそうです。実は厚かましくもお願いがあります。助けていただいた事には本当に感謝してます。お礼が出来るならしたいですが、その宛もありません。そんな立場でさらにお願いをするには恥じる思いですが、どうかお願いです。僕に生きるすべを教えてもらえませんか?」
日影は座っているイスの上で姿勢を正し、対面に座るシェイドに向かって頭を下げた。
シェイドの人となりは短い時間だが少しは観察出来ていた日影は、シェイドにお願いを伝えた。ダメで元々なのだから、少しの可能性にすがった。
しかし実際にはかなりの確率でシェイドは手助けをしてくれると、内心で思っていた。日影の今までの人生経験で培った勘に頼った発言だった。
「別にいいぜっ。やるべき事は特にねぇし、ちょっと飽きてた頃だったからな。それに、お前は"面白そう"だからなっ! オレの勘がそういってるぜっ! 礼なら酒とメシで返せ。別に今すぐじゃねぇぜ? ちゃんと自分で稼げて暮らせるようになったら、オレに浴びるような酒とたらふく旨い料理を寄越せ。それまではオレがお前の面倒を見てやるよ」
シェイドは目の前にあるエールを飲みコッケの香草焼きを食べながら言った。普通ならこんな厚かましく自分勝手な言い分を聞く理由はないのだが、シェイドは顔に笑みを浮かべてあっさりと言った。
「ほっ、本当に良いんですか? 返せるアテも保証も確信もありませんよ。それに、僕が誰で何者かも分からないのに....」
日影はあっさりと返ってきた答えに戸惑いながらも本心を言った。
「あぁ、そうだな。そんなのがあれば今こうしてるわけがねぇ。だが、そんなのは別に関係ねぇよ。オレがお前を見てオレがやっても良いと判断したんだ。だったら別に問題はねぇんじゃねぇのか? たとえお前にどんな考えがあって思惑があろうと、ソレをふまえたうえで見てやるよ。それでいいんじゃね?」
シェイドはエールと香草焼きが空になると、新たにエールと料理を追加して言った。
「いいんじゃねって.....わかりました。厚かましく自分勝手ですけどお願いします。礼は必ずします」
と、シェイドの器の大きさに、男気の粋に感謝し改めて頭を下げて言った。
「んじゃ、明日から始めるか。今夜は飲んで食ってぐっすりと寝ちまえっ! 宿はオレのトコに泊まりゃあ世話ねぇからそうしろ。必要な物は明日買いに行くからよっ! オラッ、っんな甘っちょろいモン飲んでねぇで酒飲めっ! 酒をっ! おいっ、エールを追加だっ!」
シェイドは少し照れくさかったのか、そう言って雰囲気を和らげるように頼んだエールを飲み、料理を食べた。
日影もシェイドが頼んだエールを飲み料理を食べていく。酒がまわり始めると互いに話も弾み色々な事を喋った。
こうして初めての出会いは忘れられない思い出となって、日影の記憶に刻まれた。
△▼
日影は陽が傾き空が茜色になり始めた頃に街の外門にたどり着いた。街の名前は、"レーベント"。人口は数千人から数万人の中規模都市に属している。
街の人口が万人に届けばそれなりに街として成り立ち、主要都市として発展していく。将来的に上手く発展を遂げていけば国の大都市として国から認定される。そうなるには、長い年月とさらなる街の発展が必要になってくるが。今はまだ発展途上の街がレーベントだ。
日影は街門で冒険者証を門兵に見せ街中へと入っていった。一般人は街に入る時には通行税を支払う。だいたいどの街でも銀貨一枚か二枚程度だ。
一般人以外の商人は、商業ギルドに登録していなければ通行税を支払い所属していれば支払う必要はない。街中で商売や売買をすれば決められた税を支払う事になるからだ。
日影は冒険者であり冒険者ギルドで依頼を受け報酬を得る時に、報酬からいくらかの手数料と街税を引かれている為に冒険者が通行税を支払う事はない。
"ギルド"というのは、国や街あるいは村や人から依頼を受けつける機関である。その依頼をギルドに登録し所属してる者に斡旋し、依頼人からの手数料と依頼料で運営されている。
冒険者ギルドは数あるギルドの中でも国家や組織に属さない独立機関である。大陸に存在する街や都市に存在し、様々な依頼を冒険者へと斡旋している。数多あるギルドの中でも登録者数が多い上位ギルドである。
冒険者は冒険者ギルドが身分を保証している。冒険者は冒険者ギルドが定めるギルド法を遵守し厳守しなければならない。法に反すれば制裁が下され、さらに犯した法が既存の国の法に反していた場合は国の法にも裁かれる。
それだけの法の縛りがあっても冒険者という身分はデメリットよりメリットの方に天秤が傾く。一般的な暮らしより遥かに稼ぎが良く、名声を挙げれば下級貴族より名誉も富も得られるのだから。一攫千金や酒池肉林が現実として手に入る職である。
日影は門兵に料理が旨い宿を聞き、今夜はそこに泊まることにした。長いといっても、四日ほど街道を旅したぐらいだがそれでも野営を三日もすれば精神的な疲労は多少溜まりもする。
宿で十分な食事と酒を飲んだあとはぐっすりと旅の疲れをとった。
こうしてレーベントの街での暮らしが翌日から始まるのだった。
△▽
翌朝、日影は陽が登りきった頃に目を覚ました。軽く身だしなみを整え出掛ける準備をしたら、宿の食堂へと向かった。すでに、旅人やら商人のような見た目をした人達、冒険者と見られる人達が食事をしていた。日影もそこに加わり食事を摂り始めた。
食事を始めると日影の髪色やボロいローブが目に付いたのか、ヒソヒソと話し声が耳に聞こえてくる。
「おいっ、アイツどっから来たんだ?」
「ここらじゃ見ない髪色だな。しかも、子供だぜ?」
「どこの国の人? にしてもずいぶんと服が....」
「黒い髪...なんか不気味なヤツだな....」
と、いった感じだ。日影のように真っ黒な黒い髪色は珍しい、というか存在するのかも怪しい。一般的な髪色は赤や青、碧や茶、金に橙などといった色合いだ。黒い色は全くといっていいほど存在しない。
そんな髪色をしてればそんな風に言われてしまうのも当たり前だと、そして日影もそんな風に言われるのはすでに理解している。手早く食事を済ませると宿を出て冒険者ギルドへと向かった。
△▽
冒険者ギルドの外観は無骨な造りではあるが、頑強で大きな建物だ。裏手には訓練する広場や獣や魔獣を解体する大型施設などもあり、冒険者にとって必要な施設が揃っている。
そんな冒険者ギルドへと入ると、ギルド内にいる冒険者たちが入口へと視線を向ける。視線を向けるのは無意識的なこともあれば意識的に向ける事もなる。
そんな視線を浴びた日影は黒髪の事もありそれなりの注目を受けるが、気にせずに受付カウンターへと向かい列に並ぶ。
前後に並ぶ視線にさらされながらも黙って日影は列に並ぶ。時折、髪色や顔の幼さに話題を振られたりするが普通に返事を返す。
「珍しい色なんで、でも俺は気に入ってるよ」
「ガキじゃない。歳は十八歳だ」
「ボロいが気に入ってる。ダレアナの街の出身だよ」
などといった返答をしてようやく日影の順番が回ってきた。
明日も投稿します。