No8 訓練と自分ルール
No8
ダレアナの街は活気に満ちていた。街中の市場通りを歩けば屋台が軒を連ねており、屋主が道行く人々に威勢良く声をかけている。
屋台では様々な物を売っていた。食材や生活物資、雑貨や出来合い食。調理された食材の焼ける匂いやスープから立ち上ぼる匂いが人々の胃袋を刺激し、それらは売れていく。
屋台食を手軽に食べれば飲み物や果実が欲しくなったりもする。そうなれば、自然とそれを扱う屋台へと足が向く。甘酸っぱい果実水から甘い果実水、賛否が別れる味をした果実水などもある。自分が好きな果実水を探し出すのも醍醐である。
また、食べた物が美味しければその食材が気になるのも当然である。どんな名前でどんな見た目だろうか? 他にも美味しい食べ物は無いか? もっと安くて旨いものを、高級な食材で極上の旨いものを、と欲望がうまれさらに求めていく。
人々に需要があれば物は売れる、売れた金でまた売れる物を買う。そうなれば、自然と循環が出来上がり時間が経てば活性され経済が出来上がっていく。単純明快である。
だが、そこには欲望が絡まり善からぬ事を考える悪人も存在するし、清廉潔白を信条とする善人も存在する。様々な思惑があらゆる場所で絡まり回っていく。
ダレアナの街の規模は大きい。人口も多くざっと見積もっても数万から数十万人はいるだろう。街は高い外壁に周囲を囲まれ場所ごとに見張り台があり警備兵が内外を警備している。街の外門も東西南北に位置する箇所にぞれぞれ設置されている。
日影がシェイドと一緒に入ったのは南門になる。南門は、"それなりに危険な森"へと向かう門でここから出入りするのは大抵が冒険者たちである。
東西は門は、商売人や旅人、平民や貴族などいった一般的に使われている。東西には街道がそれぞれつながっており主目的な使い方は東西の門である。
北門は山脈側へと向かっている。山脈は約二千から五千メートル級が連なっている。頂付近は冬になると見事な雪化粧となり一目見れば壮観だと驚くだろう。降り積もった雪が解け小さな川を作り山の麓にある森へと流れ命の水を巡らしていく。
自然と活気に満ち溢れたダレアナの街で、日影一人と赤髪のシェイドは今日も賑やかに暮らしている。
△▽
日影はシェイドと森の中で出会い共にダレアナの街にやって来た。それからすでに一ヶ月以上が経っていた。日影は街の日常に驚き世界の常識に当初は言い知れぬ不安を抱いていたが、日が経つにつれて様々な事を吸収していった。それこそスポンジが水を吸収するようにだ。
日影はシェイドと日課のトレーニングをしていた。
「オラオラッ! どうしたっ! そんなんじゃゴブリンにも殺られちまうぜぇっ!」
シェイドは日影に戦闘訓練をつけていた。適当に作った木剣で日影を殴っている。端からは見たら赤髪のチンピラが子供をいたぶってるようにしか見えない光景だ。
日影はシェイドが振るってくる木剣を避けようと体を動かしたり、手に持つシェイドが適当に作った木剣で防いだりするがーー
「イタッ! ウゲェッ! グハァッ!」
悉く日影の防御を掻い潜りシェイドの攻撃が日影にあたる。
「ハッハァーっ! どうしたよ、ガキんちょ? こんなんは朝飯前のションベン並の動きだぜ。あくびが出るようなこんな動きも防げねぇようじゃ、今夜の夕食当番はまたお前だなっ! アッハッハッハっ! 良いヤツを拾ったぜぇ!」
ションベンは地面に息を荒く吐き出しながら、地面に仰向けに転がっている日影にそう言った。
「はぁあっ、はぁあっ、はぁあっ。まっ、まだやりまっ、すよっ!」
荒く息を吐き呼吸を整えながら、日影は立ち上がってきた。手から離れた木剣を握りしめながら。
それを見たシェイドの口角は少し上がる。
「ハンッ! 当然だろうよ、これはてめぇの為にやってんだからよ。オレ様が大事な大事な時間を潰してまで訓練してやってんだ。一度や二度、転がって終わりにするわけねぇだろ」
日影の体には青アザだけだ。顔にもアザはある。それだけ殴られていても日影は弱音を吐いたりシェイドに憤怒を抱いたりしない。シェイドは分かって自分を鍛えてくれていると、日影は思っているからだ。
「おらっ、構えがあめぇぞ? そんなんじゃ隙だらけだぜっ!」
シェイドはそう言うと木剣を一閃してきた。
日影にはシェイドの一閃が見える時と見えない時がある。見える時は、ゆっくりとした速さで向かってくるのでそれに合わして木剣で防げばいい。だが、見えない時はなんの反応も出来ずにただシェイドの一閃を受け痛みが残る。
この現象に驚き日影はシェイドに『技を使うのはズルいっ!』と言った事があったが、シェイドは技を使っていないと言ってきた。技を使う意味がないと。それは暗に日影が弱く技を使う労力が無駄だと言っているように聞こえるだろうが、シェイドはそんな遠回しな事は言ったりしない。
ただ、面倒なだけで使わないだけであったからだ。
日影はそれからシェイドと訓練する旅にそんな現象に困惑する。しかも最近は頻繁にそうなるのでシェイドの木剣をどう対処したらいいのか分からなくなっていた。
カンッ!ーーカンっ!ーードゴッ!ーーカンッ!
木剣が見える時は防ぎ見えない時はくらう。それの繰り返しであり一向に考えても分からなかった。
シェイドは日影に訓練を付け始めてからその成長速度に驚きつつも楽しんでいた。最初はダメダメのショボショボな剣術と言えない剣さばきだったが、訓練する度に日が重なる毎に目に見えて成長していたからだ。
軽く振った木剣を避けれないと思えば、次の日には避ける。剣速を徐々に上げフェイントも混ぜる。握りも強くし威力も上げる。喰らえば打撲は当然だが骨は折れないぐらいの力加減で木剣を振るった。
当然だが日影にはあたる。だが、当たらない時もあったり当たる時もある。その差がシェイドには良く分からなかった。
なぜ、あれで当たる? なぜ、これは防げた? と、そんな疑問が頭の悪いシェイドでも浮かび上がるのは当然なのか?
シェイドはこれからどう訓練をつけていこうかと、また地面に倒れてしまっている日影を見下ろしながら考えていた。
シェイドの木剣を防げなかった日影は、こめかみにシェイドの木剣を受けてしまい気絶してしまっていた。
△▼
日影は迫り来る魔獣のホーンボイザーを街道沿いの森の中へと殴り飛ばした。そして、殴り飛ばしたホーンボイザーの跡を追って森の中へと入っていく。
殴り飛ばされたホーンボイザーは、痛みと衝撃によっていまだに森の中で転がっていた。意識が薄い中、近寄ってきた日影に対して唸り声をあげ威嚇する。
グウゥッーーグボォッ、グボオォォッ!!
日影は威嚇してくるホーンボイザーに対面し言葉をかける。
「お前はさっきのゴブリン共を追っていたのか? そうなら、俺が仕留めた。悪かったなお前の獲物を横取りして」
魔獣と会話が成り立つわけではない。人種の言葉を理解するほとホーンボイザーは高い知能を持っているわけではない。だが、本能的な理解力はある。なので、今の日影が自身を殺すような気配を出していないのは理解していた。
「とりあえず、殴ったのは悪かったな。だが、お前の行動も悪かったはずだ。殺されても文句は言えないだろう? 自分で決めたんだから.....これは手打ち料だ。食う食わないはお前が決めろ。俺は行くから。敵わないのは理解してるだろ?」
日影は収納鞄からいくつかの食料をホーンボイザーへと向かって投げ渡した。それから元来た道を戻り街道へと向かって歩いていった。
ホーンボイザーは殺されなかった事に安堵した。自身よりも小さな人に殴り飛ばされ今も痛みと衝撃から回復していないのだ。普通なら、殺されているのが当然である。
だから殺されずに生かされたことに安堵していた。本能的に見逃されたと理解したホーンボイザーは、一鳴きして感謝の意を伝えた。
のちに、この周辺で巨体なホーンボイザーが街道を歩く人々を助けたと、噂話が広まるがそれはまた違う話しだ。
日影は街道に戻り遅れた時間を取り戻すように歩みを速めて次の街を目指した。
日影は無闇矢鱈に"殺しをしたりはしない"。明らかな敵意や殺気を自分に向けてくる者以外は。街道で出会った盗賊達には敵意と殺意があったから殺した。ないヤツは見逃した。
ゴブリンたちは低能で見境なく人や獣を襲う。常に自分たち以外には敵意を向けて襲うので、向かってくれば殺す。だが、逃げれば見逃す。
たとえ人種に害悪であり排除すべき魔獣だったとして、自分に敵対しなければ見逃すと日影は決めている。
ダレアナの街で冒険者となっても魔獣の討伐依頼は自ら受けなかった。強制的で緊急性の高い依頼や知人や友人に害があった場合などは別にして。
"この世界に望んで来た"わけではない。この世界の常識はまだまだ知らないが、この世界の常識に囚われるような生き方はしたくないと決めていた。
自分のルールを決め、自分の選んだ選択によって生きていくと決めた。
それが"自分の生き方"だと信じて。
△▼△
そこは真っ白な空間で、空中には様々な場面が映っていた。何処かの場所で魔獣と戦闘をしてる光景が、人と人が争っている光景が、雷雨が吹き荒れる広陵が。いくつもの様々な光景が切り替わるように映っている。
その様々な光景の場面には、一人のボロいローブを纏った人物が自分の何倍もある巨体な魔獣を殴り飛ばした場面も映っていた。
『威勢良くやってるなっ。さて、今度の覚醒者はどう動くんだ? せっかく"力を与えたんだ"。面白く踊ってくれよ? "オレ"と"アイツ"為にな』
その存在が何を求めるているかは、まだ誰も知らないでいた。
明日も投稿します。