くろねこ喫茶店(童話)
タカシは今日も俯いて学校から帰っています。
それは、今日もお友達を作れなかったから。
タカシは転校してきたばかりで、まだクラスに馴染めていません。今日もクラスの誰とも話さずに学校から帰ってきました。今日は、とってもいいきっかけがあったのに、それでも駄目でした。そう思うと、余計にタカシの顔は下へ向いてしまいます。
いつもの通学路、いつもの道。同じ、道路が見えます。しかし、その日のタカシの目にはいつもと違うものが見えました。
それは、小さな看板でした。小さいと言っても、タカシの顔くらいの高さにあって、看板もタカシの顔より大きいのです。でも、タカシが想像する看板よりは小さいと思いました。
看板にはつる草が絡まっていて、何だかずっと前からそこにあったようです。しかし、タカシは今まで気付きませんでした。
看板には、ひらがなで
きっさてん くろねこや こどもはただです
と、書いてありました。
タカシはちょっと行ってみたくなりました。けれども、学校帰りに喫茶店なんて、それも一人でなんて、行っていいわけありません。タカシは諦めて、今度お母さんと来よう、と、思いました。
その時
にゃーん
猫の鳴き声がしました。タカシが見ると、看板の下に、真っ黒い猫がちょこんと座っています。タカシは猫が大好きでした。タカシの顔が自然に笑顔になります。タカシは黒猫に手を伸ばしました。黒猫はするりとその手を避けてしまいました。タカシは無理に追いかけずにじっと猫の様子を見ています。猫がそういう時に、無理に触ると嫌がる事を知っています。家には猫がいないけれど、おばあちゃんの家で遊んでいるからです。
(嫌われたのかな)
タカシはそう思ってあきらめかけました。しかし、猫はタカシから目を離しません。猫もタカシをじっと見ています。そして、くるりと体をかえして、お店の方に少し歩きました。そして、振り向いてタカシを見つめ、また、
にゃーん
と、鳴きました。まるでタカシについて来いと言っているみたいです。タカシは勇気を出して、猫についていきました。
喫茶店のドアを開けると、
「いらっしゃい」
一人のおじいさんが迎えてくれました。
タカシはそのおじいさんがサンタクロースのように見えました。サンタクロースのように白くて豊かな髭を蓄えていたからです。そして何よりも、その優しそうな笑顔と言ったら。
「どうぞ?お好きな席へ」
おじいさんがそういうと、黒猫がとんっと床を蹴って、カウンター席へタカシを誘いました。タカシはおずおずと進み、猫の近くの席へ座ります。少しだけ、タカシには高い椅子だったけれど。
「はい」
何も注文していないのに、タカシの前にはホットミルクが置かれました。タカシが不安そうにおじいさんを見上げると、おじいさんは
「子供はタダ、じゃよ?」
と、言ってウィンクしました。そして、黒猫の前にもミルクの入った皿を置きました。黒猫は当たり前のようにそのミルクを飲みます。タカシもつられて、ミルクに口を付けました。
甘い、甘い香りがします。はちみつの香りでした。優しい香りに誘われて、涙が出てきました。一生懸命我慢したけれど、甘くて暖かいミルクに負けて、一粒だけ、ぽろりと涙がこぼれてしまいました。
「なーに、泣いてるのさ」
急に聞いたことのない声が降って来て、タカシは俯いていた顔を上げました。そこには、いつのまに来たのか、一人の知らない男の子が座っていました。
タカシよりも真っ黒な髪の男の子。でも、目は金色でした。口の端から八重歯が覗いています。男の子は少し意地悪そうな笑顔を見せました。
「ん?」
男の子はタカシの顔を覗き込みました。タカシは慌てて涙を拭きました。何となく、恥ずかしかったのです。
「何で泣いてるのか、言ってみなよ」
男の子は言いました。そして、ミルクを口元に寄せました。湯気が唇に当たると、男の子はちょっと機嫌悪そうにそれを見つめて、ふうっと息を吹きかけました。
(熱いの、苦手なのかな)
そういうタカシも、ミルクをふうっと吹いて飲みました。そして、何だかおかしくなって笑いました。ミルクの熱さが和らぐように、タカシの心も和らいだようでした。
「ボク、転校してからまだ友達ができないんだ」
タカシは小さな声で言いました。
「ふうん。そっか」
男の子はそう言って、ミルクを一口飲みました。そして、にっと笑いました。
「いいんじゃないか?一人でもさ。気楽でいいぞ」
しかし、タカシは首を横に振りました。
「コラ、お前は一人じゃないっていつも言ってるじゃろ」
その声に顔を上げると、そこにはさっきのおじいさんが居ました。
クッキーのたくさん入った器を持っています。その中から一つ、二つと選んで、小さな器に入れ、タカシのカップの脇に置きました。
「サービス、じゃよ」
そう言って笑っています。タカシは小さな声でありがとう、と言ってクッキーを食べました。優しい、優しい味のクッキーです。そのクッキーを一つ、食べ終えて、タカシはまた、小さな声で話し始めました。
「ボク、隣の子に声をかけたかったんだ」
「どんな子だい?」
おじいさんが聞いた。少し首を傾げる様子が、とても優しかった。出してくれた、クッキーのような笑顔でした。
「女の子。ボクが大好きな絵本を読んでいたんだ。黒猫が出て来る絵本」
それを聞いた男の子の瞳が、一瞬嬉しそうに光ったような気がしました。
「ボクもその本、好きだよって…言いたかった」
タカシはそう言うと、またうつむいてしまった。そう思ってできなかった時の哀しい気持ちを思い出してしまったのです。
「いいなよ」
音の子のが言いました。
「いいたい」
タカシは俯いたまま呟きました。でも、その後でぐっと顔を上げて男の子の顔を見ました。金色の瞳がタカシを見つめています。
「い、言えるかな」
ちょっと上ずった声が出てしまいました。その女の子の前でもないのに、何だか心臓がどきどきします。
男の子はちょっと笑って、
「言えるさ」
と、言いました。
「本当?」
タカシが聞きます。
「本当さ。オレが保証する」
そんなことを言われても、それが本当かどうかなんてわからないけれど、金色の瞳に込められた、タカシを思う気持ちは本物でした。
タカシはおじいさんを見ました。おじいさんも笑って頷いています。
タカシも頷いて、笑いました。精一杯、元気な笑顔で。
次の日の事です。
タカシは女の子と手を繋いで学校から帰ってきました。女の子の手には、表紙に可愛らしい黒猫が書かれた絵本があります。
そして、あの看板を見つけると、二人は声を上げて喜びました。
「きっさてん くろねこ こどもはただです」
その下には小さく、
「いつでもどうぞ」
と、書いてあるのです。
そして、二人は、例の猫のお出迎えの鳴き声を聞くのです。
お付き合いくださいましてありがとうございます。
日産童話と絵本のグランプリで童話部門に投稿し、選外となったものです。
猫も喫茶店も好きなものなのでつい作品に出してしまいます。
すてきな喫茶店が書けるようになりたいです。