ままならない休日2
ちなみに、鈴村ベビーは、翠先生の美しさに息をするのを忘れて、NICU送りになったみたいです。
みな子の病室に、竜太・高志・清花の三人が入ると、みな子が穏やかな笑顔で両手を前に差し出した。
そして、真っ先にみな子にハグしようとした竜太を払いのけて、高志と清花に順番に握手した。
「高志君、清花ちゃん、アレ、連れてきてくれてありがとうね!こんなに早く来るなんて!」
みな子が、思わぬ早さでの竜太の到着に感動している間に、みな子になぎ倒されて伸びていた竜太がむくっと起き上がり、めげずにみな子にハグしに行った。
今度はみな子もハグに応じていた。
「あれ?ところで、赤ちゃんは?」
竜太のその言葉に、高志と清花は驚きのまなざしを向け、二人の様子を見たみな子がため息をついた。
「NICUに入院したのよ」
ため息交じりにみな子が言った。
「さっき通りかかった先生が言ってましたよ」
思わず高志も言った。
室内に何とも言えない微妙な空気が流れているところで、ドアをノックする音がした。
「鈴村さんの旦那さん、NICUで手続きがあるので、行ってくださいね!」
「はい、喜んで!」
可愛らしい看護師さんに竜太が目をハートにしながら答えた。
それを聞いた看護師さんが出ていこうとしたのを「待って!」と、みな子が呼び止めた。
「私も一緒に行きます!」
看護師は、少し戸惑っていたが、「旦那一人に任せられません」というみな子の強い訴えと、看護師さんに鼻の下を伸ばしていて、正直なところかなり不安な竜太の様子を見て察したらしく、「車いすを持ってきますね」と言って廊下に出て行った。
「有希ちゃん、もう帰っても大丈夫よ」
みな子が有希にそう言ったころに、車いすを持った看護師が再び現れた。
車椅子に移ったみな子は、看護師さんに車椅子を押してもらい、その隣を鼻の下を伸ばした竜太が歩いて行った。
「じゃあ、みな子さんも、ああ言ってたから、帰りましょうか」
少し疲れた様子の有希がそう言うと、有希のおなかがぐうっと鳴った。
顔を赤らめて俯く有希に、清花が「有希ちゃん、朝ご飯まだ食べてないの?」と、追い打ちをかけるように言った。
休日で患者さんが少ないからだろうか、食堂の人はまばらだった。
同時に店員の数も少なく、食券を購入したものの渡す相手が見つからず、有希と清花に席で待つように伝え、高志は店員を探した。
何とか食券を店員に渡した高志が清花と有希の待つテーブルにたどり着くと、二人は向かい合わせに座っていた。
有希の隣には大きな荷物があり、必然的に高志は清花の隣の椅子の背もたれに手をかけた。
その時不意に、高志は昨晩の出来事を思い出した。
高志の隣に女性が座ろうとしたら、清花は止めていたが、清花自身は男性の隣に座っても平気なのだろうか?
班長じゃなくて、高志だから信頼されているのだろうか?
少し考え込んでいた高志を見た有希は、不思議そうに「座ったら?」と言った。
有希の目の下のくまから察するに、おそらく有希は一睡もしていないのであろう。
普段は温厚にしている彼女の言動に、今日は何だか棘を感じた。
空腹と寝不足のダブルパンチでは不機嫌になるのも致し方ない。
こういう時は、あまり刺激しない方がいい気がする。
そう思って待っていると、店員が、有希の遅めの朝食と、高志と清花の飲み物を持ってきた。
そしてその背後から、なぜか竜太が現れた。
竜太は心なしかそわそわしながら立っていた。
「あ、荷物どけますね」
有希が荷物をどかしてもなお、竜太はそわそわしていた。
「清花ちゃん、僕、有希ちゃんの隣に座っちゃってもいいかい?」
「有希ちゃんにセクハラしたら、竜太さんのこと嫌いになるから!」
清花がツンとして竜太に言うと、竜太は「清花ちゃんとこの班長さんでもあるまいし、そんなことしないよ!」と、言いながら腰掛けた。
すると、竜太の胸ぐらを不意に有希がつかんだ。
「その話、詳しく聞かせてください」
どうやら有希には清花の施設の班長のセクハラの話は伝わっていなかったようだ。
4人で帰っている途中で、有希と高志の携帯が鳴った。
二人宛にみな子からメッセージが届いていた。
「竜太さんの実家に帰省拒否されてしまったので、大変恐れ入りますが、私が退院するまでの間、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれません」
高志は、みな子が、退院するまでの間のゴールデンウィークは消え失せたことを悟った。