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ままならない休日1

 携帯の着信音で、高志は目が覚めた。

 時計を見ると、いつも平日にアラームをセットしている時間よりは少し遅いようだ。

 昨夜は、あの後、もう一軒と行くと言い出した竜太を何とかなだめすかして、眠たい眼をこする清花と、駄々をこねる竜太を何とか部屋まで送り届けて、疲れ果てて泥のように眠ったことを思い出した。

 着信の相手は、みな子だった。

 みな子本人はそれどころではないはずなので、きっと、有希がかけてきているのだろう。

「もしもし」

「おはようございます。朝から大変恐れ入りますが、そろそろ生まれそうなので、頑張って竜太さんを起こしてきてほしいと、みな子さんから伝言を預かりました」

 電話を切った高志は、気合を入れた。

 平日で、みな子がいてでさえ、起こすのに一苦労なのに、これを一人で起こさなければならないなんて……。

 そこへ、鈴村家と反対の家から、鈴の音のような笑い声が聞こえてきた。

 それを聞いた高志は、不意にあることを思いついた。


 身支度を整えた高志は、隣の家のインターホンを押した。

「はーい」

 明るい返事で出てきたのは、清花だ。

 高志は、清花に、もうすぐみな子と竜太の赤ちゃんが産まれそうなことを伝え、一緒に竜太を起こしに行こうと言った。

 清花はうなずくと、いつものリュックサックを片手に出てきた。

 清花とともに鈴村家の前までやってきた高志は一応インターホンを押したが、案の定反応はなかった。

 高志は鈴村家のカギを取り出すと開けた。

 その光景に清花は「高志君の鍵、みな子さんの家も開けられるんだ!」と、明後日の方向の感動をしていた。

 高志は、誤解のないようにみな子から家の鍵を渡されていることを伝えながら、清花を連れて、鈴村家の寝室に向かった。

 いつもの朝のようにみな子が入ることを許可してくれているわけではないので、念のため、寝室のドアをノックしたが、やはり、反応はなかった。

 寝室のドアを開けると、そこにはやはりだらしなく寝ている竜太がいた。

「さあ、起こそうか」

 高志がそういうのが早いか、清花が「竜太さん!起きて!みな子さん、赤ちゃん産まれそうだって!」と、いつも、有希を起こす要領で竜太に声をかけた。

 すると、いつも、全く起きない竜太ががばっと起き上がった。

 おして、さりげなくよだれをぬぐいながら「やあ、清花ちゃん、おはよう!」と言った。

 若い女子が起こした効果なのか、赤ちゃんが産まれそうという言葉に反応したのかはわからないが、素早く目覚めてくれたことに、安堵感を覚えながら、高志は、竜太に、玄関で待っているので、身支度を済ませて出てくるように伝えた。

 高志一人で竜太を起こして着替えさせるのは大変骨が折れると思っていたので、ありがたい気持ちになりながら玄関で、清花と二人で待っていたが、なかなか竜太は姿を現さなかった。

 高志は、嫌な予感がして、清花を伴って再び寝室に向かった。

 竜太はばっちり二度寝していた。

「竜太さん!起きて!」

 清花の言葉に反応して、竜太はがばっと起き上がった。

「鈴村さん、清花ちゃんの前で、生着替えしますか?」

「そんな、照れちゃうなあ!」

 竜太を起こすために高志が放った一言は斜め上の解釈をされてしまったので、高志は清花に玄関で待っているように伝えて、竜太の身支度を手伝って、連れだした。

 玄関まで来ると、清花が、竜太の口にパンを放り込んだ。

「いつものパン、みな子さんがおしえてくれたよ!」


 病院に行く道すがら、高志はどうやって清花がいつものパンを見つけたのかを聞いた。

「いつも、お出かけするときは有希ちゃんに報告するから」

 どうやら、高志とお出かけをするから、有希に報告し、有希を介してそれを知ったみな子が、清花に時間があったらいつもの所においてあるパンを竜太に食べさせるように伝えてくれたようだ。

 これで、昼までは、竜太がおなかがすいたと駄々をこねることはないはずだ。

 高志はみな子の機転に感謝しながら電車に揺られていると、病院の最寄り駅に到着した。

 三人で歩いていると、早歩きで二人の女性が三人を追い抜いて行った。

「舞ちゃん、今日、日直?」

「そうですよ。翠先生は今日は日直じゃないですよね?」

「それがね、あの人、なかなか難産みたいで、気になっちゃって」

 だんだん二人の影は遠ざかっていくが、翠先生と呼ばれた女性の声はよく通って、こちらまで聞こえてきた。

「ほら、旦那さんが、女の子好きだし、私の診察の時、めっちゃお腹の子動きまくってたから、顔出してみようかなって……」

 早歩きで歩いていく二人の女性は、とうとう声も届かないほど遠くへ行ってしまった。


 病院の案内表示に従って、産婦人科病棟にたどり着くと、看護師たちが忙しそうに走り回っていた。

「え?翠先生もう帰るんですか?」

 そんな中、出口の方に一人の女性が歩いてきて、看護師に声をかけられていた。

「だって、私の用事は終わったし、まさか来た途端に生まれてくるとは思わなかったけど」

 翠先生と呼ばれていた、女性はこちらを向くと、早歩きで近寄ってきた。

「あ、鈴村さん、お子さん、さっき生まれましたよ!今はNICUに入院しています。NICUで、手続きがあるので、みな子さんの様子見てきてからでいいので行ってくださいね!」

 そう言いながら、翠先生とやらは颯爽と三人の横を通り過ぎて早歩きで去って行った。

 どうやら、鈴村家の第一子は生まれたようだ。

 まずは、翠先生とやらの言う通りみな子のもとへ行くのが無難だろう。

 そう思って高志は竜太を振り返った。

「翠先生、今日も美しい」

 そして、竜太は全く翠先生の話を聞いていないであろうことを察した。

 鈴村竜一郎君は、どうやら翠先生の声を聴いた瞬間にそのご尊顔見たさにすぐ生まれてきたみたいです。

 安定の鈴村です。

 そして、まさかの病院に鈴村父を連れて行っただけで一話終わるという。

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