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急転直下

 有希はため息をついて頭を抱えていた。

 家族の楽しそうな声が通り過ぎていく音が聞こえた。

 きっと、鈴村一家だろう。

 一か月半以上にも及ぶみな子の入院期間を経て、みな子は退院してきた。

 そして、たしか、二人目のお子さんは先月末に生まれた。

 無事に生まれてくれてよかったと思っているし、二人目は手がかからないとみな子も喜んでいたので、しばらくは一安心だろう。

 その鈴村家も、四月には引っ越すと言っていた。

 隣の部屋の、清花と高志の夫婦も、3月くらいに新居ができるから、四月くらいに引っ越すと話していた。


 自分は、このマンションにこのまま住み続けていればいいと思っていた。

 それに、あと一年以上はこのまま仕事が続けられると思っていた。

 でも……。

 人生は思うようにはいかないものだなと有希は痛感した。

 一つ目は、このマンションが取り壊しになること。

 四月ごろから解体すると、今日突然マンションの管理人から言われたのだ。

「有希ちゃんは、雅之君のところに同棲しに行ったらいいと思うから、新居探しとかいらないでしょう?」と、管理人は簡単に言っていたが、本物の恋人でもないのに、これ以上雅之に頼るわけにもいかないだろうと、職場の近くで借りられる部屋を探そうとしていた時だった。

 学校から連絡が入った。

 そこで、二つ目の悩みが出現してしまったのだ。

 産休を取っていた先生が、早くも四月から復帰するというのだ。


 四月には、住むところも、仕事もなくなってしまうのだ。

 考え込んでいると、不意にインターホンが鳴った。

「有希ちゃーん!マサ君が来てたよ!」

 扉を開けると、清花が雅之を部屋の中に押し入れた。

「ちょ、何勝手に……!」

「四月から同棲するんだから、恥ずかしがらなくてもいいじゃない!」

 そんな話、雅之にはしていないのに、と、思っていたが、有希がそれを言う前に、「じゃあ、お姉さん、ありがとうございました」と、雅之が扉を閉めた。

 雅之は、たまたま近くを通りかかったところを、清花と高志の夫婦につかまったらしい。

 そして、ここに着くまでの道すがらで、有希からはきっと言わないだろうからと、マンションの解体の話をしたそうだ。

「二人の新居も近いから、同棲する?有希の職場からは離れちゃうけど」と、雅之が言うと、「いや、えっと、それが、仕事は……」と、有希は、言いかけて、口をつぐんだ。

「仕事が、どうしたの?」と、すかさず雅之が聞いてきた。

 有希は誤魔化そうとしたが、雅之の勢いに負けて、産休を取っていた教師が四月に復帰することになったことを雅之に話した。

「じゃあ、なおのこと、一緒に住もうよ、今の稼ぎなら、有希一人くらい養えるよ」

「そんな、恋人でもないのに!」と、反射的に有希は言った。

「じゃあさ、これを機に、恋人に格上げってことで……」

「私が不甲斐ないだけなのに一方的に、雅之に迷惑をかけるような恋人にはなりたくない」

 有希にぴしゃりと言われて、雅之は、少し、驚いたような顔をした後、「じゃあさ、友達として、有希が困った時くらい手を差し伸べさせてよ」とほほ笑んだ。


 それから数か月後、またしても有希は、ため息をついていた。

 四月からの仕事がまだ見つからないのだ。

 条件を選ばなければ、あるにはあったのだが、それだと、姉夫婦の住んでいるところからあまりにも離れすぎてしまう。

 高志がいれば大丈夫だとは思うが、やはり、清花が何かあった時にはすぐに駆け付けられるところにいたいというのが、有希の想いとしてあった。

 だが、なかなか近場で教職には就けない。

 以前のバイト先も、新しいバイトの人が見つかったようだ。

 四月からどうしたものかと、有希が思い悩んでいると、雅之から電話がかかってきた。

「どうしたの、急に?」

「いや、有希の声が聞きたいなと思って」

「切っていい?」

「ごめんごめん、冗談だから、待って!」

 そういうと、雅之は本題に入った。

「有希さ、もう、次の就職決まった?」

「ま、まだだけど……」

「ちょっと、有希に仕事を紹介できるかもしれないんだけど……」

「本当?どんな仕事?」

「知り合いの男の子の英語の家庭教師」

 ちょうど、個人授業や家庭教師の紹介所に登録しようとしていた有希にとっては、まさに、渡りに船だった。

「でも、それを紹介するには、条件があるんだ」


 雅之の言った条件は二つ。

 雅之の家に一緒に住むこと。

 そして、有希は雅之の婚約者ということにすること。


 有希の悩みはさらに増えることとなってしまった。

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