有希の帰国
約二年間の留学期間を経て、有希は帰国の日を迎えた。
留学した年のクリスマスの一件以来、雅之の存在が分かったからか、ダニエルが有希に言い寄ってくることもなく、ほかの男性陣も有希に言い寄ることがなくなったため、とても快適に勉強に集中することができた有希は大学を首席で卒業した。
友人たちや、バイト先の人たちは、このままこちらで就職したらいいと言ってくれたが、教師になるという有希の夢は、やはり日本でかなえたいと思った有希は帰国を選んだ。
就職口を見つけたわけでもないし、貯金が多いわけでもないので、日本での生活に不安がないわけではない。
それでも、なるべく、姉夫婦の重荷にならないようにしなければ。
そう心に決めて、飛行機に搭乗した瞬間に不意に有希は思い出した。
日本に帰ってから住むところを探していない。
姉夫婦の世話にはなりたくないが、それ以上に、母の世話にはもっとなりたくない。
考えあぐねたうえ、有希は、昔住んでいた住所、すなわち雅之の現住所を入国カードに記載した。
まあ、雅之も、勝手に転がり込んできたのだから、それくらいは許されるだろう。
空港に着くと、姉夫婦と、雅之が待っていた。
「有希ちゃん!おかえり!」と、清花が抱き着いてきた。
「ただいま」有希も清花を抱きしめた。
「有希ちゃん、そういえば、帰国したらどこに住むのか聞いてないけれど、決まってないなら、うちに来るかい?」
高志が心配そうに言った。
「大丈夫です。僕、勤務地に近いところで、新居探したので、お姉さんたちの隣の家空きますし、それまでの間、同棲しますから」
雅之がしれっと言った。
「ちょ、同棲って……!」
「恋人同士だからいいんじゃない?」
清花の言葉に、雅之は、この二年間、遠距離恋愛中で通していたらしいことに有希は気づいた。
別れたことにしてしまえば、新しい彼女が出来ていたかもしれないのに、雅之の考えていることは有希にはわからなかった。
帰国してすぐ、以前のバイト先がバイトを募集していると聞き、有希は、しばらくバイトに明け暮れていた。
雅之とも、一週間ほど一緒に暮らしたが、宣言通り、一週間ほどで、新居へ引っ越していった。
それから数か月したころ、有希は、母校の高校で、夏休みが明けた後からの英語教師の育休代替の仕事を得ることができた。
同じ日に、姉夫婦が、話があると言っていたので、有希は、自分もうれしい報告ができるとわくわくしながら自室で待っていた。
インターホンが鳴り、勢いよく扉を開けると、そこには姉夫婦ではなく、雅之がいた。
「マサ?」
何となく元気がない雅之は、「ちょっと、忘れ物を思い出して……」と、急にごめんね、と部屋に入ってきた。
「マサが引っ越す時に確認したけど、忘れ物なんてなかったと思うけど……」
そう言いながら、雅之を見ると、明らかに元気がなさそうだった。
「あ、外、暑かったよね、冷たいお茶、用意するね」
有希は冷蔵庫から冷たい麦茶を出すと、二つのコップに注いだ。
雅之は、ちょうど喉が渇いていたのか、麦茶を一気に飲み干した。
こんなに雅之がおとなしいのは珍しいなと有希は思った。
それに、なんだか、ずっと思いつめたような顔をしている。
「何か、あったの?」
雅之は、黙ったままだ。
「あ、でも、お仕事のことだと、守秘義務とかあるもんね」
そう言った有希は「おかわり、持ってくるね」と立ち上がろうとした。
不意に、雅之が有希の腕をつかんだ。
体勢を崩した有希は、そのまま雅之に抱きしめられた。
「マサ?」
「少しの間だけでいから、このままでいさせて……」
その声がなんだか泣き出しそうに聞こえた有希は、思わず、雅之を抱きしめ返した。
ちょうどその時、ドアが開く音がして顔を上げると、驚いた顔をした清花が扉を勢いよく閉めた。
扉の向こうから「有希ちゃんがマサ君とラブラブしてたから、今入っちゃダメ!」と、清花が言っているのが聞こえた。
タイミングが……と思って、有希が呆然としていると、雅之がそのままの流れで有希にキスしようとしてきた。
「ちょ……ま……私たち、偽恋人でしょう?キスは禁止って言ったよね!」
「そうだっけ?このまま、本物の恋人に格上げしてもらえるかと思った」
そう言って、雅之が微笑んだところで、インターホンの音がした。
今度は、ちゃんとインターホンを押してから、姉夫婦がやってきた。
「ちょうどいいから、マサ君にも聞いてもらおうよ」と、清花が笑顔で言って、雅之もそのまま話を聞いていくことになった。
「そんな、大した話じゃないけど……」と、高志は若干困惑している。
「実は、今度、家を建てることにしました!」
二人からの報告はそれだったようだ。
新居は今の住まいからは少し離れたところになるらしい。
「あれ?そこ、僕の家と近いですよ」と、雅之が言った。
「そうなんだ!やったぁ!」
「みな子さんたちは、この近くで家を建てるんだって、なんか、同じ保育園に竜ちゃんを通わせたいんだって」
「そっかぁ」
有希も竜太の保育園のお友達を見たが、あれほど頼りになるお友達がいる保育園はなかなか離れられないだろうと感じた。
姉夫婦も、鈴村一家も出ていくと、だいぶ近所が寂しくなるなと有希は思った。
「私も、育休代替の仕事が決まったよ!」
「じゃあ、有希ちゃん、先生になるの!すごい!」
「正職員じゃないけどね」
「有希、念願の先生じゃん!やったね!」
雅之がそう言いながらさりげなく、有希の頭をなでた。
雅之の顔からは、有希の部屋に入ってきた時のような険しい表情は消えていた。
雅之君は、ちょうど、荘太君の虐待云々に関わったところで、もやもやしてて、有希ちゃんに癒されに来たんでしょうね。
忘れ物はいいわけでしょうね。
なぜなら!腹黒だから!
イケメンだからって軽々と有希ちゃんにハグをして許されると思うなよ!くそう、腹黒め!
げほっごほっ!
あ、みなさん、あけましておめでとうございます!
今年も、よい作品に巡り合ってくださいね!




