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行方知れずの父親は

 清花と有希の母親から怒り混じりの結婚の承諾を得た高志は、清花とともに母の家を出た。

 有希も少し遅れて出てきた。

「お父さんは、一緒に住んでいないんだっけ?」

「ずいぶん前に離婚しましたから」

 有希はそっけなく返事した。

 この広い家に、清花の母は一人で住んでいるのか、と高志は思った。

 娘が二人とも家を出て行ってしまっては、寂しいのではないだろうか、とも思ったが、有希は全く後ろ髪をひかれる様子もなく、すたすたと歩いて行ってしまったし、清花も、ずっと居心地が悪そうだった。


 高志の正月休みのうちに清花の両親と、高志の両親に挨拶しに行くつもりでいたが、清花の父親の居場所は有希ですら知らないようなので、高志の実家に行くことにした。

「高志くーん!来たよ!」

 インターホンの音に出ると、何だかいつもより一割増くらいでテンションの高い清花が入ってきた。

 何だか顔が赤い。

「清花ちゃん、お酒でも飲んだ?」

「飲んでないよ!えへへへへ、何か、さっきまで寒かったけど、ポカポカしてきた!」

 そう言って、部屋に入るなり、清花は上着を脱ぎだした。

「清花ちゃん、これから出かけるんだよね?」

 慌てて清花を制止しようと、清花に触れた高志は異変に気付いた。

「清花ちゃん、熱くない?」

 清花は発熱していた。


「あー、母に会うと、たいてい翌日に熱出すんですよ、今日は元気だからいいかなって油断してました。すみません」

 バイト中の有希に電話して確認すると、よくあることらしく、暖かくしていたら大丈夫と言われた。

 電話を終えた高志は自分の寝室に向かった。

 清花は高志のベッドで眠っていた。

 高志はベッドの傍らに腰かけた。

「お父さんはどうしているんだろうね?」と、ふと考えたことが高志の口をついて出た。

「お父さんは、頭がおかしくなった私はいらない子だから、遠くに行っちゃった……」

 清花が小さい声で言った。


 正月休みが明け、出勤すると、徹が、部長の所に来ていた。

「坂下君、何かあったのかい?」と、思わず高志は徹に尋ねた。

「あ、神野あけおめ!いや、部長のお嬢さんが実家の美容院で来週成人式の着付けとヘアセットの予約してて、あいさつしに行ったら、何が必要かとかついでに色々聞かれてたとこ」

「そっか、ご実家は美容院だったっけ」

 そこで、不意に、高志は思い立って徹に聞いてみた。

「ところで、清花ちゃんのお父さんって、どこに行ったか聞いてる?」

 徹も地元の人間だったと思い、高志は聞いてみた。

「あー、こっちに住んでた時は常連だったから、わかるかも、調べてみるよ」

 そう言うと、そろそろ上司にどやされる、と、徹は自分の部署に戻っていった。

 翌日に、徹から連絡が入ったが、清花の父親は、離婚してしばらくは近くに住んでいて、徹の実家の美容院に通っていたそうだが、その後、再婚して遠くに移り住むと言って以来、消息は分からないらしい。

 消息が分からないものはどうしようもない。

 高志は、これ以上踏み込んで、清花の父親を探すべきかどうか、思い悩んだ。


 そうしているうちに、数日が過ぎた。

 高志は清花とともに、高志の実家に向かっていた。

 高志の車を車検に出していたため、新幹線と特急電車を乗り継いで実家まで向かった。

「あら、高志、お帰り、あなたが、清花さん?」

「高志君のお母さん、及川清花です!」

 清花の屈託のない笑顔を、母は気に入ったらしく、かいがいしく部屋まで案内していった。

 あらかじめ、両親には清花に知的障害があることを話していたのが、両親はそれを気にするそぶりは見られなかった。

 その日は泊っていくことになり、清花がお風呂に入っているときに、母親が高志に言った。

「知的障害があるって言われて、どんな子が来るかと思ったけど、ちゃんとしてるし、できることはお手伝いしてくれるし、お父さんよりよっぽど働き者よ」

「なっ!」

 父親が思わず反論しようとしたが、母ににらまれて、「俺も、いいお嬢さんだと思うよ」と、言ったきり黙り込んだ。


 一泊したのち、高志と清花は帰路についた。

「高志君のお父さんもお母さんも優しい人で、大好き!」

 清花も、両親が気に入ったようで、たいそう喜んでいた。

 特急電車を降りて、二人で新幹線のホームに向かって歩いているときだった。

「お父さん?」

 歩いている男性に不意に清花が話しかけて、腕をつかんだ。

「っ!」

 男性は、少し驚いた顔をした後、清花の腕を振りほどいた。

「あなた?どうしたの?」

「パパ?」

 男性の妻らしい女性と、小学生くらいの女児が振り返った。

「あ、あの、すみません、彼女の勘違いみたいです。あの、私、彼女の婚約者のこういうものです。怪しいものではありませんので、それでは、失礼します。清花ちゃん、行こう」

 高志はそう言うと、とっさに名刺を男性に渡すと、清花の手を掴んで歩き出した。

 妻と、娘と歩き始めた男性が、清花の方を振り返っていたことには気づいていなかった。


 高志の仕事用の携帯が、休日に不意に鳴ったのは、それから一カ月ほど経った頃だった。

 登録されていない番号だったが、そうであっても高志は一応電話に出ることにしていた。

「もしもし」と、高志が電話に応じると、「あの、神野高志さんの電話で合っていますか?」と、落ち着いた男性の声が聞こえた。

「そうです」と言いながら、この声にあまり聞き覚えがないけれど、誰だろう、と高志は思案を巡らせていた。

「あの、清花の父です」と、男性は言った。

 どこで、清花の父親が自分の仕事用の携帯の番号を手に入れたのだろうと考えていた時に、高志の脳裏を実家に挨拶に行った帰りの光景が浮かんだ。

 清花が「お父さん」と言った男性に、名刺を渡した。

 本当に父親だったら、連絡をくれるかもしれないと淡い期待を抱きながら。

「あの時は、妻も子もいるところだったので、思わずその手を振りほどいてしまった」と清花の父は言った。

 今の幸せを壊されたくなかったのだと。

 今日はたまたま妻と娘が出かけているから電話をしたらしい。

 奥さんには再婚であることは伝えているが、娘は自分が再婚であることも、前妻との間に子供がいることも伝えていないから、どうか内密にしてほしいと。

「もし、ご都合が良ければ、僕達の結婚式に出席していただきたいと思ったのですが」

「とんでもない!私には出る資格などないし、今の家族がいる、今度は幸せに暮らしたいんだ」

 高志の提案は、早々に突っぱねられてしまった。

「来られないかもしれないですが、一応、式の詳細が決まったら、日時と場所を知らせます」と、言うのが精いっぱいだった。

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