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呪縛

 寒いけれど良く晴れた日だった。

 清花と有希を乗せて、高志の車は水族館を目指していた。

「有希ちゃんの彼氏、楽しみだな!」

 助手席で、清花はうきうきした様子だ。

 有希は、清花にダブルデートをせがまれた翌朝に、マサに、ニセ恋人の件をお願いできるかメッセージを送ったところ、快諾された。

 もともとマサから言い出した話だったし、本人はもともと乗り気だったのだろう。

 マサとは現地集合になっていた。

 一緒に車に乗り込もうものなら、話題がすぐに尽きそうだし、馴れ初めなどを聞かれても困ると有希は思っていたので、ちょうどよかった。

 車内ではクリスマスソングが流れているし、時には個人宅でイルミネーションを飾っている家もあったりと、クリスマスが近い様子が街にあふれていた。

 水族館にも大きなクリスマスツリーが飾られていた。

 そして、その目の前に、マサが待っていた。

「有希!」と、さわやかな笑顔で手を振るマサは、はた目には、彼女を見つけて喜んで手を振る彼氏に見えるだろう。

「初めまして!有希ちゃんのお姉ちゃんの及川清花です!」

「初めまして、有希ちゃんとお付き合いしている笹岡雅之ささおかまさゆきです。気軽にマサって呼んでください」

 この時初めて、有希はマサのフルネームを知った。

「じゃあ、マサ君って呼ぶね!マサ君イケメンだね!」

「うん、お似合いだね」

 清花と高志の視線がまぶしい。

 ごめんなさい、本当はニセ恋人です、と言いそうなのをぐっとこらえながら、有希は「じゃあ、全員そろったし、行きましょう」と言った。

 清花が意気揚々と高志と歩いていく後ろをマサこと雅之と有希は歩いて行った。

 不意に、雅之が有希の手を掴んだ。

「なっ!」

 振りほどこうとしたが、雅之の力は案外強くて振りほどけない。

「だって、お姉さんたちも手、繋いでるよ」と、雅之は前を歩く二人と指さした。

「いや、うん、そうだけど、そうじゃなくて……」

 今まで、清花第一で生きてきた有希は彼氏などいたことはなく、男性と手をつなぐのは、小学校のフォークダンス以来だ。


 4人で水族館をひとしきり巡り、閉館時間が近づいてきた。

 清花とともに高志の車に乗ろうとした有希の肩を雅之がぐっとつかんで引き寄せた。

「僕達、ここから別行動しますね」

「わかりました。じゃあ、有希ちゃんが帰ってくるまで、清花ちゃんと家で待ってるね」

 高志はそう言うと、清花を乗せて行ってしまった。

「帰りまで三人じゃ、不自然かなって思ったんだよ、そんなに睨まないで」

 雅之は、睨みつける有希に弁解した。

「それに、有希も、高志さんになら任せて大丈夫って思ってるってことだろう?」

「ま、まあ、そうだけど」

「じゃあさ、兄貴に晩御飯いらないって言っちゃったから、付き合ってよ」

 そう言って、雅之は再び有希の手を取った。

「も、もう二人はいないから、手はいいんじゃない?」

「そう?」と、とぼけながらも、その手を離すことはなく、雅之は、近くのレストランに入っていった。


 ウェイターが、二人のもとに水を置いて行った。

「思ったんだけどさ」と、不意に雅之が話し始めた。

「今日一日、ずっと、お姉さんが行きたいところに、高志さんも、有希も合わせてあげてたよね」

「そりゃあ、お姉ちゃんが一番楽しみにしてたし……」

「高志さんは、楽しんでるお姉さんを楽しそうに見てたからよかったけど、有希は、本当にそれでよかったの?」

「私も、お姉ちゃんが幸せなら……」

「そう言って、自分の幸せを全部諦めるの?」

「え?」

 ウェイターが「ご注文、お決まりですか?」と言ったので、有希は慌てて「決まったら呼びます」と答えた。

「メニュー見ようよ」と、有希は雅之にメニューを差し出した。

 メニューを決めて、話は完全に逸れたと有希は思っていた。

 だが、「でさ、さっきの話だけど……」

 雅之は忘れていなかった。

「何か、有希は、お姉さんのために、自分の幸せを大事にしていない気がする、本当は、やりたいこととかあるんじゃないの?」

「私、私は……」

 なりたいものも、やりたいことも、夢に描いたことがないわけじゃない。

 姉が病院に連れていかれたあの日、担任の先生といっぱい話したことは、有希にとって特別な経験だった。

 海外留学した時の話が特に面白かった。

 担任の先生みたいな先生になりたいと、思った。

 でも、姉を守って生きていくためには、そんなこと言っていられないとわかっていた。

 だから抱いた希望に蓋をした。そして、厳重に鍵をかけた。

「高志さんになら、お姉さん、任せられると思うよ」雅之が後押しするように言った。

 それはまるで、有希を呪縛から解くように。

「有希は、有希の生きたいように生きていいと思うよ」

 有希の目から涙が零れ落ちた。

 高志が清花に告白したあの日と言い、有希は雅之に涙を見られてばかりだ、と思ったが、とめどなく涙があふれてきた。

「私、自由になっていいのかなぁ?」

「いいと思うよ」と、雅之は微笑みながらハンカチを取り出した。

「大丈夫、今日は持ってるから」と、有希は自分のハンカチで涙をぬぐった。


 その頃、高志と清花も、近所のカフェにご飯を食べに来ていた。

「なんかさ、有希ちゃんとマサ君、有希、マサって呼び捨てで呼びあってて、恋人っぽかったね」

「じゃあ、やってみる?」

「タカシー!」

「サヤカー!……なんか違うね」

「やっぱ、今まで通り高志君にする」

「そうだね、清花ちゃん」

 とても和やかな空気でいつも通りに過ごしていた。

「あ、でも、結婚したり、子供ができたりすると、呼び名が変わるのかな?」

 高志がそう言うその時までは。

 その言葉に反応して清花は、はっと目を丸くした。

 そして、目を閉じて、首を振った。

「ダメ」

「え?」

「ダメなの」

「え?何が?」

「私は結婚しちゃ、ダメなの」


「私は、頭がおかしいから、結婚しちゃ、ダメなの」

 そう言ったきり、清花はうつむいて、黙り込んでしまった。

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