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有希と謎のイケメン

 高志が清花に告白し、清花がうなずき、二人は抱きしめあった。

 有希は、そんな二人の様子を謎のイケメンとバックヤードから見ていた。


 竜太にビンタを食らわせた有希は、急いで例のバーに向かっていた。

 バーに向かうエレベーターが見えた時にかなり前方に高志の姿が見えた。

 高志の後ろの男性が「待って!」と叫んでいたが、エレベーターの扉は無情に閉まっていた。

 走れば置いて行かれた男性と同じエレベーターには乗れそうだが、何となく気まずいなと思っていると、「最上階のバーに行きたいんですか?」とポンと肩をたたかれた。

 振り返ると、さわやかなイケメンが後ろにいた。

「あのエレベーター時間がかかるから、ちょっと、裏から行きませんか?」

 そう言うと、男性は、バックヤードの従業員用エレベーターに向かった。

「あの、私、従業員じゃないんですけど……」

「僕は従業員だから大丈夫です」

 涼しい顔をしてそう言うと、男性は有希とともに最上階に上がっていった。


 従業員用エレベーターは、乗り心地はさほど良くないが、スピードは速かった。

 エレベーターから降りて、バックヤードから覗くと、ちょうど、高志がバーの扉を開けたところだった。

 高志の告白を聞いて、何故か有希の目から涙がこぼれた。

「あれ?何でだろう?」

 そうこうしているうちに、高志と清花はバーから出て行って、エレベーターに乗って降りて行った。

「もうちょっとだけ待っててね」

 そう言って、有希にハンカチを渡すと、男性は、再び店内を覗いた。

 慌てて出てきたため、ハンカチを持っていなかった有希は、手渡されたハンカチで、あふれ出た涙をぬぐっていると、不意に、「ワン吉のバカー!」と、怒号が響き渡った。

 有希とは対照的に、男性は「あはは!翠先生、兄貴のこと、ワン吉って言ってるし、兄貴殴られてる!」と笑い出した。

 そして、笑いがおさまるとようやく、「待っててくれてありがとう、僕の用事も済んだから、降りようか」と、歩き出した。


 謎のさわやかイケメンは、マサ、と名乗った。

 本名なのか、偽名なのかはわからない。

 マサは、「もう少しだけ、付き合ってもらえますか?」と、言ってきた。

 普段の有希だったら、そんな素性の知れない男の誘いに乗ることはなかったのだが、今日だけは、姉と、隣人のいるマンションにまっすぐ帰る気になれなかった。

 有希は、白々しく、高志に、清花が見つかったかメッセージで尋ね、高志が、清花を見つけたから一緒に帰っていると返信を寄越すと、清花を探しに出かけて、見つかったなら帰ろうと思ったが、今しがた知り合いに出会ったので、今日は帰りが遅くなるので、清花のことをお願いしますとメッセージを送った。

 これで、清花のことは安心だ。

 有希がうなずくと、マサは、さわやかに微笑んだ。


「さっき、殴られてたのが、兄貴なんだけどさ」

 不意に、マサが話し始めた。

 確かに、バックヤードにいた時も、兄貴殴られてる、って言っていたな、と、有希は思い起こした。

 ただ、ちょうどその時、涙が止まらなかったので、残念ながら顔は見ていないが、きっと、マサに似たイケメンなのだろう。

 殴った女性はある意味相当つわものだと有希は思った。

「殴ったほうの女性に、少し前に、僕、告白したんだよね」

 フラれたけどね、と、マサは少し悲しげな顔になった。

 何だか少し、似た境遇なのかな、と、有希は思った。

「何か、兄貴が好きになって、いい感じになった女の人って、僕のこと見ると、大概僕のことを好きになっちゃうから、そう言う女は兄貴にふさわしくないって思ってて、今まで、そういう、ろくでもない女に告られては振ってたんだけどね」

 あ、そんなに似てない境遇だな、と、有希は思いなおした。

「あの人だけが、僕よりも、兄貴を選んだんだ」

 そう言ったマサは柔らかく微笑んでいた。

「何か、嬉しくてさ、二人には幸せになってほしいなって思ったよ」

 途中で邪魔ものが現れてヒヤヒヤしたけど、あの様子なら大丈夫そうだ、と、マサは加えていった。

 殴られて大丈夫な関係性が、有希にはよくわからなかった。

 それでも、有希は、何となくマサの話には共感できる部分がある気がした。


「有希は、エレベーター降りた時に、告白してたカップルの知り合い?」

 マサに問われて、有希はうなずいた。

 確かに、あの告白を聞いて泣いているのだから、全く関係ないわけはないと気づくはずだ。

 だが、有希自身、何故あの時涙が出たのかわからなかった。

 マサは実に聞き上手で、有希は、ここまで来た経緯をすべて話してしまった。

「思ったんだけどさ、有希は、お姉さんのことが大好きだから、ご近所のおじさんにビンタしたり、お隣さんが告白したのを聞いて涙が出たんじゃない?」

 マサが有希の不可解な行動を分析して話したが、有希にはその仮説はしっくりこなかった。

 有希にとって、姉は、守らなければならない対象なのだ。

 そこに、大好き何て感情は、とっくの昔に失われている。


「この辺りなら大丈夫かな?」と、マサは言って、有希とともに駅に降りた。

 マサの住んでいるところとも、有希の住んでいるところとも違うこの辺りなら、そんなに互いに知り合いに出会うことはないだろうと、マサなりに気を使ったチョイスだった。

 有希も、駅の景色には見覚えがなかった。

 だから、少し油断してしまったのだろう。

 駅前の店はどこもピンとこないと、マサは住宅街の方に歩き出した。

 有希は、マサの隣を歩きながら、何だかこの住宅街の景色に見覚えがある気がした。

 それが気のせいでないと気づいたのは、マサが、「いい匂いがする」と、その居酒屋の扉を開けた時だった。

 そこは、以前に、姉の清花と、高志とともにやってきた居酒屋だった。

「いらっしゃい!」

 店主が有希をみて、格別の笑顔になったが、一緒にいる人物が前回と違うのを見て、敢えて声をかけずにいてくれた。

「あれ?お嬢さん、前に、別の人と来てなかったっけ?」

 前に来た時に、姉に絡んできた酔っ払いが話しかけてきて、店主の気遣いが無駄になった。

「この店が美味しいって有希が教えてくれたんです!」と、すかさず、マサがフォローした。

「そうかぁ、ありがとうね」

 店主が割って入って言った。

 有希たちが入って席を決める前に、カウンターにいた男性客と、続いて男性客の隣に座っていた女性客で出て行った。

 店主が、出てきて、二人が座っていたカウンターのテーブルを拭いた。

「どうぞ、この店で一番暖かくて、料理も飲み物も取りに来なくていい特等席だよ!」と、テーブルを拭き終えた店主が朗らかに言った。

 二人がわざと席を譲ってくれたのなら申し訳ないなと思いながらも、有希とマサはせっかくなのでその席に座った。


 家ではもちろんのこと、外食でも、自分がしっかりしていなければならないと思って、有希は成人してから一度も飲酒したことはなかった。

 今日は、清花を見てくれる人がいる安心感で、初めて少し気が緩んだ。

 周りの客も美味しそうに酌み交わすお酒を少し飲んでみてもいいのかもしれない、と、思い、有希は生まれて初めて酒を口にした。

「そういえば、お姉さんは、いいのかい?ヘルプマーク付けてたから、障害があるんだろう?」

 有希がほろ酔いになったころ、前に絡んできた酔っ払いと同じテーブルの男性が不意に言った。

「そうなの?お姉さんと二人暮らしって言ってなかった?」

 マサもその言葉に反応していった。

「そうよ、私はね、お姉ちゃんを守らなきゃいけなかったの、お母さんが出来損ないって、怒るから、お姉ちゃんが何度もごめんねって言うの見てられなかったから」

 有希は声を荒げて立ち上がった。

「ずっと、私が守ってきたの!これからもずっと、守っていかなきゃいけないと思ってた」

 そこまで言うと、有希は静かに座った。

「お母さんが、お姉ちゃんは、絶対に幸せになんてなれないって、結婚なんてできないって、そう言ってたから、じゃあ、私が一生守っていこうって……そう思ってたの」

 そして、有希の目から涙があふれてきた。

「そうか、私、お姉ちゃんが幸せになれるのが、嬉しかったんだ」

 マサが、有希の頭を撫でて言った。

「答え、出たね」

 前回すっかり書き忘れていましたが、鈴村父は、有希ちゃんにビンタされた後、事のあらましを奥さんに話して、ボッコボコにされました。

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