君が好き
その日の朝、高志が、いつものように鈴村家の前に行くと、いつも待っている清花がそこにはいなかった。
一瞬、清花を呼びに行こうかと思ったが、結構時間がギリギリだったので、一人で鈴村家のインターホンを押した。
鈴村家の寝室まで行くと、みな子が仁王立ちで腕を組んで立っていた。
「やっぱり一人ね、いいから、アレ起こして連れて行きなさい」
なんだか、みな子の機嫌が悪いなと思いながら、逆なでするのはよくないと思い、高志は、みな子の指示に従った。
清花抜きでの鈴村家の朝はなかなか大変で、高志は、朝食にもありつけずに、何とか遅刻ギリギリで竜太を職場まで連行した。
帰りに、いつもの癖で、清花の職場に寄ると、「あれ?今日は休むって連絡あったけど?」と言われ、そういえば、朝から清花の姿を見ていなかったんだった、と、帰宅した。
それから一時間くらいしたころ、インターホンが鳴って、高志が出ると、そこに、有希がいた。
「姉、見てないですか?」
「見てないけど?」
「ちょっと出かけるって言って、ずっと帰ってこないんです」
念のため、鈴村家の人にも聞いてみようと、鈴村家のインターホンを押した。
「はーい!あ、有希ちゃん、今日もかわいいね」
出たのは、竜太だった。
高志も有希も少しがっかりしたが、まあ、何もないよりは、と思い、清花を見ていないか聞いてみた。
「あ、清花ちゃん、マンションの玄関ですれ違ったよ!どこに行ったら彼氏ができるか聞いたから、僕がみなちゃんにプロポーズしたみたいなおしゃれなバーで一人で飲んでたら、清花ちゃん可愛いから、男がほっとかないよって……」
それを聞いて、ピンときた高志は駆け出した。
竜太がその話をしたときにその場に居合わせていなかった有希は高志を追いかけようとしたが、既にエレベーターの扉が閉まってしまったので、竜太を振り返った。
そして、竜太の胸ぐらをつかんだ。
「どこですか?それは」
そして、竜太から場所を聞き出すと、胸ぐらをつかんだまま、竜太にビンタを見舞った。
「今後一切、お姉ちゃんに余計なこと言わないでください。お姉ちゃんに何かあったら、ただじゃ済まさないから!」
そう言うと、有希も駆け出して行った。
竜太は、呆然とその後ろ姿を見つめながら「有希ちゃん、怒っても可愛い」と、呟いた。
清花の明るい笑顔も、優しい心も、ひたむきな頑張りも、全部見てきたのに、他の誰かのものになってほしくないと強く願った。
そして、この時初めて強く自覚した。
高志は、清花のことが好きだと。
電車でも行けるが、通りにタクシーが走っていたので、捕まえて飛び乗った。
行き先を告げ、なるべく急いでもらったが、駅前が混雑していたので、そこで降りて駆け出した。
バーに行くエレベーターに飛び乗ると、後ろから「待って!」と聞こえた気がするが、構わずに閉ボタンを押した。
バーにつくと、高志は、扉を勢い良く開けた。
少し見まわして、「清花ちゃん!」と、カウンターに座る清花に声をかけた。
「高志君……」と、清花は、驚いたような表情で、高志を見た。
清花に伝えるためには、わかりやすい言葉で伝えるんだ。
高志は自分にそう言い聞かせて口を開いた。
「僕は、清花ちゃんのことが、好きだよ」
そして、清花を見た。
清花はうなずいて、高志に歩み寄った。
リハビリを頑張っているおかげでわかりにくいが、わずかに左足が歩きにくそうだ。
清花には知的障害もあるし、細かい作業も上手にできないし、左の腕と足に麻痺も残っている。
でも、それもすべてひっくるめて好きになったのだ。
高志は清花を抱きしめた。
清花の手が、高志の背中にぎこちなく回った。
周りからは、祝福の拍手が聞こえた。
あの時の、サヤカちゃんとタカシくんは、清花ちゃんと高志君だったということです。
最後の場面で、ワン吉こと笹岡がボケっと後ろに立ってます。
そんな立ち位置です。




