悲劇は突然に
レイプ犯が捕まったニュースを見て、徹は驚愕した。
一つは、やはり、あの時捕まえられそうになっていた男性だったこと。
二つ目は、あの男だったということは、きっと、しばらくの間、その男は梨紗子に狙いを定めていたであろうこと。
あの日、梨紗子の家まで送って言ってよかったと、徹は感じた。
そして、三つ目は、麗華の言葉通り、徹たちの居住区域から北東の方角の、大学病院の近くだったことだ。
麗華の占いは、あまり、核心をつかずに、間違っていないことを言うことが多いのだが、たまにこうして、ズバッとあててくるときがある。
徹と梨紗子が結ばれる、とも言っていたが、あれだけ気立てが良く美人の梨紗子を高志が振るとは考えにくいし、梨紗子本人も否定していたので、それは気にしないことにした。
梨紗子もそのことは気にしていないようで、毎週金曜日の梨紗子の恋愛状況報告会は変わらず開催されていた。
金曜日に梨紗子に会うと、やはり、先日捕まったレイプ犯の話になった。
「あの時捕まえられそうになってた人が、やっぱり悪い奴だったんだね!」
「俺もちょっとびっくりしたよ」
「でもさ、徹ちゃんは、何か悪い奴かもみたいなこと言ってたじゃん!」
「うん、まあ、怪しいかなとは思ってた」
その男がしばらくの間梨紗子に狙いを定めていたことは、黙っておこうと徹は心に決めた。
「何だか、私、ただお食事をするだけのお友達になってる気がする」
「え?俺たちマブダチじゃん?」
「徹ちゃんじゃなくて、神野さん!何だか、デートの誘いも私からばっかしてる気がするし、いくら真面目とはいえ、最初の水族館デートから一カ月半たつのに、手すら繋がないんだよ?」
「あいつ真面目そうだから、付き合ってからじゃなきゃ手とか繋がないんじゃない?」
徹は、ここ1カ月ほど、高志が毎日清花と手をつないで帰っていることを知らない。
「そっかぁ、これって、女性から告白とかされたら引かれちゃうよね……」
「梨紗ちゃんだったらいいような気もするけど、ここ最近ずっと毎週誘ってるなら、ちょっと、押してダメなら引いてみてもいいかもしれないね」
「そっかぁ、じゃあ、今日はお誘いメールやめとこうかな?」
「あ、じゃあ、週末、冬服見に行こうぜ!」
「そうだった!約束したのに全然行けてなかったね!」
この約束が、梨紗子にとって悲劇の引き金になることに、二人とも気づいていなかった。
その日の帰り、いつもの癖で、二人は、まず、梨紗子の家の方へと歩き始めた。
少し歩き始めたところで、後ろを誰かが歩いていることに、徹が気づいた。
「徹ちゃん、悪い人は捕まったから、家まで送らなくても大丈夫じゃない?」
「いや、念のため、家まで送るよ」
徹は、いつも、梨紗子を送る時に、マンションの敷地内まで一緒に行って、梨紗子がエントランスに入るまで見送ることにしている。
二人がマンションの敷地内に入った時、後ろを歩いていたものが不意に出てきた。
「鷲野さん!真面目な人が好きなはずのあなたが、あんな店に行ったり、こんな男と一緒にいるのはおかしい!僕とよりを戻そう!」
きっちり七三分けにした紙に、黒縁眼鏡で、びしっとスーツを着込んだ、まさに真面目が服を着て歩いているような風貌の男が不意に現れて言った。
「ずいぶん前にお付き合いすることはお断りしたはずですが……」
梨紗子は驚くを通り越しておびえている様子だった。
そりゃあ、家まで付きまとわれたらいい気はしないだろう。
「あんたさ、勘違いしてるみたいだけど、梨紗ちゃんは、本当は、クソ真面目よりも、俺みたいなのがタイプだから」
そう言うと、徹は梨紗子に、小さな声で「ごめん」と言って梨紗子を抱きしめた。
徹が、梨紗子と男の間に入る形になっていたため、男からは、二人がキスしているようにも見えたかもしれない。
「行こうぜ」
このまま、立ち去るのは危険だと感じた徹は、今日は、梨紗子の家の玄関まで送っていこうと心に決め、梨紗子を連れてエントランスに入っていった。
「鷲野さん……」
うなだれる男のさらに後ろで、ハンカチをかみしめるお局がいたことには、徹も梨紗子も気づいていなかった。
少し怖い思いをしたものの、その場の徹の機転で事なきを得たことと、翌日に、徹とお買い物に行ったことでリフレッシュできた梨紗子は、普段通りに出勤した。
悲劇は昼前に起きた。
その日は幸か不幸か、仕事があまり繁忙ではなかった。
「鷲野さん、ちょっと、いいかしら」
同じ部署とはいえ、あまり仕事では関わることのない倉田に呼ばれ、何事だろうかと、梨紗子は倉田についていって、エントランス脇の自販機スペースにやってきた。
「あなた、徹君、坂下君と、付き合っているの?」
「へ?」
突然の突拍子もない発言に、梨紗子は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「だって、あなた、金曜日の夜に、坂下君とマンションに入っていったでしょう?」
「いえ、それは、ちょっと、付きまとっている人がいたから……」
と、言いながら、そういえば、あの男は、倉田さんの甥っ子とか何かだったなと、梨紗子は不意に思い出した。
もしも、倉田が甥っ子に、梨紗子の住所などの個人情報を教えていたとしたら、それはそれで問題なんだけどな、と、思ったが、それは言わないことにした。
「それに、土曜日だって商店街でデートしてたじゃない!」
「それは、友達として、一緒に服を見に行っていただけです!」
確かに、金曜日の様子を見た後では誤解を招きかねなかったかもしれないが、本当に、マブダチとして買い物をしに行っただけだ。
「じゃあ、あなたは坂下君と付き合っていないって言うの?」
「付き合ってません!」
「そんなこと言って、本当は、坂下君のことが好きなんでしょう?」
「違います!私が好きなのは、神野さんです!」
その時、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、梨紗子が振り返ると、そこには、赤ちゃんを連れたみな子と、高志張本人がいた。
「えっと、何か、ごめん」
高志が申し訳なさそうに言うのを聞きながら、梨紗子は、崩れ落ちた。
みな子は、竜太が忘れたお弁当を届けに来てて、竜太が怒られるのが嫌だから代わりに高志に取りに行かせて、ああなりました。




