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とある居酒屋にて

 その居酒屋は、住宅街の中にひっそりとある、知る人ぞ知る居酒屋だ。

 通りかかって、その匂いにつられた者のなかでも、その、古ぼけたたたずまいにおののかなかった猛者のみが入ることを許される。

 そして今日も、猛者が店の暖簾をくぐってきた。

「有希ちゃん、ね!いいにおいするでしょう?」

 そう言いながら入ってきた女性に店主は見覚えがあった。

「ま、まあね」

 女性の連れの有希ちゃんと呼ばれた女性には見覚えがなかった。

「お邪魔します」

 二人の女性の後から入ってきた男性を見た時に、その男性と、最初に入ってきた女性が、先日、昼過ぎに店にやってきた客だと、店主は思い出していた。

 すごくいい雰囲気の二人連れで、思わず食事と飲み物をごちそうしたのだ。

 確か、女性の方の妹さんが体調を崩したとかで、妹さんの体調が回復したら三人できますと言っていたが、どうやら約束を果たしに来てくれたようだ。

「いらっしゃい」

「あ、こんにちは!有希ちゃん連れてきたよ!」

 前に来たことのある女性が、店主の顔を見て破顔した。

 その、人を引き付ける笑顔と、男性がさりげなく女性を気遣う様子が、とても雰囲気がいいと、気に入ったんだったと店主は思い出して微笑んだが、その隣の有希ちゃんの顔を見て、思わず気持ちを引き締めた。

 姉とは対照的に、妹の有希ちゃんは店主に対しても警戒感をあらわにしていた。

「本日のおすすめとか美味しそうだよ」

 男性が、有希ちゃんの警戒心を解くように男性が言った。

 この男性は、誰に対しても柔和に対応するようだ。

 有希ちゃんの警戒感がやや和らいだところで、三人は注文をした。


 注文がと、終わると同時に、「可愛いお姉ちゃんが二人も来て、嬉しいねえ、大将」真っ先に絡んできた常連は謹治(きんじ)だ。

 大体いつでも酔っぱらっていて、店内のありとあらゆる客に絡んでいくのがこの男だ。

「高志君もイケメンだよ!」

 姉の方は酔っ払いに臆すことなく、笑顔で話していて、謹治さんはその様子に調子に乗って、「おう、そうだなぁ、兄ちゃん、美人な姉ちゃん二人も連れて、どっちが本命だい?」と、今度は男性に方にも絡み始めた。

「お隣に住んでいる姉妹と、大将にご恩があってきましたので、どちらが本命とかではないですよ」

 温和な男性は、酔っ払いでも、丁寧に対応しているので、謹治さんはさらに機嫌をよくしていた。

 だが、大将は気づいていた。有希ちゃんは、再び警戒感が増していることに。

「ちょっと、謹治さん、こっちのお嬢さんがおびえているから行くよ」

 その謹治をいさめるのは鉄男(てつお)だ。

 すまないね、と、三人に頭を下げて鉄男は謹治をいつもの隅っこのテーブル席に連れ戻した。

 ちなみに、鉄男は、普段は、こうして、謹治を諫めて連れ戻すだけだが、態度の悪い客なんかには平気で毒を吐く。

 しかも、謹治も鉄男もおおむね毎日この居酒屋に通い詰めている。

 謹治に絡まれたことで、あまり構ってほしくない客はこの店の常連にならないし、鉄男の毒舌攻撃を受けた客も、この店の常連にはなりにくい。

 その代わり、常連になる客は、みんな、家族のように楽しく飲めるから、まあ、二人の存在も悪くはないのかな、と、店主は考えていた。


 この居酒屋の常連は、他にも、キャラクターの濃い常連がいるが、彼女は毎日来るわけではない。

「久しぶりね、マスター」

 と、思ってたら、来た。

「久しぶり、麗華れいかさん」

 麗華という女性は、占い師をしている。

 全身真っ黒で、差し色でたまに、暗い紫や暗い緑を入れていると本人は言っているが、ファッションに興味のない店主からすると、大体黒一色だ。

 謹治と鉄男のテーブルの対角線上のテーブルで、一人で飲むが、金を払えば、その場で占ってくれる。

 法外な値段を取ったりはしていないので、店内での商売にも店主は文句は言わないことにしている。

 それに、まあまあ占いが当たっているらしくて、結構評判なのだ。

 それは、あまり、麗華はどのようにも取れる言い方をしているからだとうと、よく占いの様子が聞こえている店主は考えていた。

 麗華が絡んでくる人ではないと判断した有希が、席を外してトイレに行った。

「あなたたち二人、結ばれるわよ」

 残った高志と清花に麗華がズバリと言った。

 珍しいこともあるものだなと、店主は思ったが、以前にも何だか似たようなことがあったような気もした。

 食事を終えた三人は、帰って行ったが、最後に、清花が「また、来ようね」と言ったときの有希の反応がいまいちだったため、来ることはない気がすると店主は少し思った。


 そんな三人が来店したことを忘れかけていたころ、別の常連がやってきた。

 徹と梨紗子だ。

 毎週金曜日に店のカウンターで待ち合わせては、二人で梨紗子の恋の進展について語っている。

 確か先週は食事の約束を取り付けたと、喜んでいたから、今日はデート報告なのだろう。

 それにしても、徹も、一緒に飲んだら気が合った同僚の恋によくそこまで親身になれたものだと、店主は感心した。

 徹という男は、もともと人の目を引く容姿である上に、実家の美容院で散々パーマやカラーの実験台にされているため、チャラく見られがちだが、本人はいたって真面目で、お人よしだ。

 徹の見た目が好みだと言った女性や、徹に親切にされてその気になった女性が、幾度となく店の常連になって徹に近づこうとしたことがあったが、誰一人として、徹の隣にい続けることはできなかった。

 多くの女性が、初めて店にやってきたときに、常連に絡まれてこなくなったり、徹に振られたのか、いい人を見つけたのか、少しすると店に来なくなったりした。

 それに引き換え、梨紗子は、恐らく徹目当てで来たどの女性よりも一番長く徹の隣で飲んでいる気がする。

 徹の恋人になりたいのではなく、マブダチという立ち位置が、徹にとっては心地いいのかもしれない。

 そうは思いつつも、浮いた話一つ聞かない徹を、店主は少し案じていた。


「で、どうだったの?」

 満面の笑みの梨紗子に、徹が尋ねた。

「うん、この前の時に、帰っちゃったのは、隣のうちの子の妹さんが熱出しちゃったって言ってたのよ、隣の家の子に気を使ってあげられるなんて、優しいよね!」

 ご機嫌で話す梨紗子は、一番最初に店に来た時のように、ノーメイクでジャージで来ることはなくなった。

 いわゆるカジュアルな服装は、梨紗子によく似合っており、最初からそう言う服装できたらよかったのにな、と、店主は考えていた。

「ところで、寒くなってきたから、冬用のたろうに来ていく服を買いに行きたいんだけど、また、徹ちゃん、一緒に行ってくれる?」

「おうよ!こないだ商店街に行ったときに、梨紗ちゃんに似合いそうな服、いくつか目星付けといた!」

「さすが徹ちゃん!」

 どうやら、この店に来ていく服は徹が選んだようだ。

 普段はジャージなのだろうか、着飾ったら美人だろうに、と、店主は少し梨紗子のことが心配になった。


「こんばんは!」

 聞き覚えのある声に振り返ると、見覚えのある二人が入ってきた。

「あれ?沙希ちゃんに義隆君、久しぶりじゃない?」

「ちょっと、色々あって……」

「おやおや、久しぶりじゃないか!」

 謹治さんが、嬉しそうに二人のもとにやってきた。

「色々って、離婚でもしたのかい?」

「違いますよ!とにかく、今日はたろうの美味しい料理が食べたくて来たんです!」

 そういえば、この夫婦は、この居酒屋で出会って、結婚したんだったな、と、店主は思い出していた。

 確か、結婚式の三次会を店でやってくれたな、とも思いだしていたが、きっかけは何だっただろうか?

 そう思っているとき、再び、扉が開く音がした。

 その、魔女のような姿を見て、店主は、そのきっかけを思い出した。

 たまたま店が混んでて、二人がカウンターで横並びになった時に、麗華が珍しくズバッと言ったのだった。

「あなたたち、結ばれるわよ」

 その時、不意に、店主は、ある二人を思い出した。

 妹さんを病院に連れてきたという女性と一緒に来た男性を。

 そして、店主は何となく思った。

 梨紗子の想い人が、高志という男性ではないと良いなと。

 だって、あまりにも、二人の雰囲気が良くて、引き裂くのは気が引けると感じたのだ。


「ちょっと、トイレ行ってくるね!」

 梨紗子はそう言って席を立つと、謹治や鉄男や他の常連に一声かけながらトイレに行った。

 初回に来た時に、いつもの二人が絡んでいく前に、徹が来たから、かえって、常連たちになじみやすかったのかもしれない。

 ふと、徹を見ると、徹は、ちょっと険しい顔をしていた。

「徹ちゃんどうしたんだい?」

「いや、隣の家の子って言ってたけど、神野の家の隣の家って、妹がいるのは姉妹で暮らしている大人だと思って……」

 自分の嫌な予感が当たらないと良いなと思いながら、店主は徹に尋ねた。

「もしかして、梨紗ちゃんの好きな人って、高志君?」

「あ、下の名前はそんなだった気がする、大将、会ったことある?」

「いや、人違いかもしれない」

「ちなみに、隣の家の子は、姉が及川清花で妹は有希だよ」

 やっぱり高志が梨紗子の想い人だったか、と、店主は心ひそかに打ちひしがれた。

 恋にひたむきな梨紗子の恋が願ってほしいと思うものの、高志と清花のあの何とも言えない良い雰囲気を壊すのもいかがなものなのだろう、と考えた。

 どうなっていくのが正解なのか、店主にはわからなかった。

「ところでさ」

 徹が真剣なまなざしになって店主に話しかけてきた。

「大将、ちゃんと女性客に、帰り道気を付けてって言ってくれてる?」

「ああ、もちろんだよ、なるべくみんなで帰ったり、すごいときには、謹治さんと鉄男さんに送ってもらったりしてるんだから」

「ありがとう、先週、梨紗ちゃんと帰ってるときに、後ろをずっと怪しい男がつけてて、さりげなく顔を見たら、前に商店街で捕まえられそうになってたやつだから、今は、この辺りの女性を狙っているのかもしれない」

「そうか、物騒だね」

「麗華さんも気を付けてね」と、徹は、いつもの調子で麗華にも声をかけた。

「大丈夫よ」と、麗華は言うと、付け加えた。「この辺りにいた怪しい影は、北東の方に行ったわ」

 北東の方と言うと、大学病院のあたりだろうか、と、店主は思った。

 それが、レイプ犯のことであるのなら、病院で働く、看護師さんが危険だな、とも思った。

「ただいま!」

 その時、梨紗子が戻ってきた。

 麗華が雷に打たれたような顔をした。

「徹ちゃんとそこの女性、結ばれるわよ」

「それは困ります!私、他に好きな人がいますから!」

 麗華の占いにここまで反論した人間は、後にも先にも梨紗子一人だった。

 しまった、登場人物が増えた……。

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