班長の散々な結末
ゴールデンウィークが明けた初日、定時で上がった高志は、とある工場にやってきた。
そこは、以前に清花が自分の勤め先だと言っていた場所だった。
高志がここへ来たのには訳があった。
それはみな子が出産した日、竜太がうっかり班長のセクハラの話をした後のことだった。
有希は、帰りの電車で清花に「ゴールデンウィーク明けに、班長に抗議しに行く」と、言っていたことが、高志は気にかかっていた。
若い女の子が抗議したところで聞き入れてもらえるとは到底思えない。
高志で役に立つかどうかはわからないが、何もないよりはましかもしれないと、そう考えたのだ。
工場まで来たものの、有希たちがどこにいるかまではわからない、と、高志は考えていたが、工場に入ってすぐに有希の声が聞こえた。
「姉から、班長さんがセクハラをすると聞きました」
「今まで誰からもセクハラで訴えられたことないですけど?」
「私の姉が言ってるんですから、間違いないです!」
「そんなこと言ったって、清花ちゃんの方からいつも僕に触ってほしそうに隣に来るんだから、仕方ないよ」
「姉は!他の子が犠牲にならないように守ってたんです!」
有希は声を荒げた。
「じゃあさ、今度は君が、お姉さんの代わりに、触らせてくれるってこと?」
班長は、反省するどころか有希の肩を抱いて、「正直、清花ちゃんより君の方がタイプなんだよね」と、言い出した。
我慢ならなくなった高志の隣をすり抜けて、何者かが有希から班長を引き剥がして、班長に抱きついた。
「あらー、班長さん、欲求不満なの?僕もだよー!みなちゃんが、妊娠してからすっかりご無沙汰だから!」
それは、竜太だった。
竜太は高志を振り返ると「神野君、僕を置いて帰ったらだめだぞ!」とウインクした。
どうやら、竜太は、一人で帰るのが寂しくて、定時で帰った高志をつけてきたようだ。
「いや、あの、そういう趣味は……」
班長は、突然の竜太の襲来に右往左往しているが、竜太はノリノリだ。
「二人で新しい扉開けちゃおうよー!」
「いや、遠慮します、そもそも、欲求不満じゃないです!」
「またまたー、照れちゃって!さっき、有希ちゃんにエッチなことしようとしてたじゃーん!」
「照れてないし、してない!」
「嘘だー!だってこんな感じで肩抱き寄せてたじゃん!」
竜太は班長の肩を抱き寄せると、顎をくいっとして見つめ合った。
高志と有希と清花は、少し遠巻きにその様子を見ていた。
正直なところ、むさ苦しい男性二人の絡みはあまり見ていてうれしいものではないなと三人ともが思っていた。
「おい、あんた、この人の恋人かなんかだろ?何とかしてくれよ!」
班長は高志を振り返って言った。
「いえ、ただの隣人です」
高志は素っ気なく返答した。
「なあ、あんた、奥さんいるんだろ!不倫とかダメだって!」
班長は竜太の顔に手を当てて引き剥がしながら竜太に言ったが、竜太に手を舐められて「ひいっ!」とのけ反った。
「いま、みな子さんからメッセージが来て不倫の件、承諾されました。お好きなだけどうぞ、とのことです」
追い打ちをかけるように有希が言った。
「承諾しちゃダメだろう!」
と、班長が言ったその刹那、竜太が班長に濃厚すぎるキスをした。
遠巻きに見ていた三人は思わず目をそらした。
三人が視線を戻すと、班長が泣きながら土下座していた。
「もうセクハラしないから許してください」
そう言いながら竜太にひれ伏していた。
「お姉ちゃん」
その様子を見た有希が言った。
「今度、班長さんがセクハラしたら、竜太さんを呼んであげて」
清花が力強く頷いた。
涙を流す班長をそのまま放置して、4人は帰路についた。
「有希ちゃんも、女の子なんだから、あんな無茶はしないほうがいい」
高志や、竜太が来なかったら、有希の力では男の班長にかなうはずもなく、あのまま手籠めにされていたかもしれないと、高志は有希を諭した。
清花と竜太は何やらアニメの話で盛り上がっている。
有希はうつむきながら「でも……」と話し始めた。
「お姉ちゃんは、疑うってことを知らないから。私が守らないといけないの」
そう言って高志を見つめた有希の目には確かな意思を感じた。
それを聞いて、高志は不意に思い出した。
居酒屋で、明らかに怪しい女性が現れても、清花は何の警戒感も抱くことなく、受け入れていた。
どんな人が現れても、高志が転校してきたあの頃のように笑顔で受け入れる清花の心は、小学校二年生の時と同じように純粋なんじゃないかと。
「きっと、心は小学校の頃のままなんだね」
ふと、高志の口をついてその言葉が出てきた。
それを聞いた有希が、少し驚いたように言った。
「そういえば、昔、お姉ちゃんの担当の看護師さんだった人から言われたことがあるわ」
有希の視線の先の清花は、竜太と楽しそうに話している。
「お姉ちゃんの頭は、けがの後遺症で、今のまま成長しないんだって」
そして、有希は再びうつむいた。
「僕には頭の成長云々はわからないけど、清花ちゃんが、あの頃みたいにきれいな心のまま大人になったのはわかるよ」
高志に言葉に有希は顔を上げた。
「それは、有希ちゃんが、一生懸命清花ちゃんを守ってきたからだよ」
そして、高志は有希の頭をポンポンと叩きながら、「でも、無茶はダメだよ」と付け足した。
その翌々日、竜太の携帯が鳴った。
皆から白い目で見られながら、携帯を見た竜太は、「課長!早退もしくは定時で上がらせてください!」と、言い出した。
定時まであと15分だったので、あと15分くらい我慢しろと課長に言われて竜太はデスクに戻った。
「お子さん、退院ですか?」
隣のデスクに座っていた高志が尋ねると、竜太は携帯の画面を見せてきた。
清花からのメールのようだ。
『班長がセクハラしました』
一昨日土下座したばかりなのに、懲りない男だな、と、思いながら、あと15分あるはずなのに、意気揚々と帰り支度をする竜太に携帯を返した。
その時、カバンの隙間から、何だかいかがわしいグッズが見えた気がした。
これは、見なかったことにしておこう、と、高志は視線をそらし、自業自得だと思いつつも、班長に少しだけ同情した。
ちなみに、NICU入院中の鈴村竜一郎君は、毎日誰かに告白して、そのたびにもれなく振られて、息が止まるほど泣くので、呼吸状態が落ち着かないとか何とか言われて、入院継続中です。




