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平臥問答

作者: 藤夏燦

「それから、それから?」

「アイリスとシャーロットは水鳥が棲む美しい湖畔で、いつまでも、いつまでも、幸せに暮らしました、とさ。めでたし、めでたし」


「……」

「…………」


「……それで、それから?」

「それからって、二人は幸せになって、物語はおしまい。さあ、僕らも眠りにつこうか」


「待って、白鳥のヘレンはどうなっちゃったの?」

「アイリスが、最後まで面倒をみたんじゃないかな」


「あの子は群れで爪弾きにされているから、人間のお友達が傍にいてあげないといけないわ。それとアイリスは不安神経症の薬を、ちゃんとオードリー先生から貰ってるのかしら?」

「貰っているとも、心配いらないよ」


「なんで、分かるの? 本には何も書いてないのに」

「アイリスは几帳面だから、薬を貰い忘れたりなんかしないよ」


「でもポピーの散歩の時間を、時より忘れてしまうじゃない。もしも、アイリスが薬を貰い忘れてしまったりなんてしたら、彼女は死の淵に逆戻りだし、シャーロットといつまでも幸せに暮らすなんて難しいわ」

「あのね、サラ。それは心配いらないよ。湖畔のウッドハウスで、アイリスはいつまでも平穏に暮らすんだ。シャーロットや、ヘレンとポピーもいるし、オードリー先生は毎週アイリスを気にかけて、家にまで来てくれる。そこでは穏やかな幸せが、いつまでも、いつまでも続くのさ。さあ、もういいだろう。いいから、おやすみ、サラ」


「どうして? どうして、いつまでもって言えるの? 来夏に大きな嵐が来て、ウッドハウスが吹き飛ばされてしまうかもしれないし、それに、それにオードリー先生だって、毎週、街から湖まで歩いているのよ、いつか馬車に轢かれてしまうかもしれないわ」

「そうだね、そうかもしれないし、そうならないかもしれない……。うん。いいかい、サラ。これはお話なんだ、すべて作り話さ。アイリスとシャーロットのそれからの日々は、僕たちには分からないし、本にも書かれていない。アイリスたちの、それからを知るには、僕やサラの頭の中で想像を巡らすことしか、術がないんだよ」


「それくらい、もう10歳なのだから、分かってるわ。私が言いたいのは、アイリスやシャーロットが、本当に、いつまでもいつまでも幸せなまま暮らしていけるのか? ってことよ。いくら虚構の物語だろうと、二人の未来が永遠に幸せのままだとは、到底思えないのよ。私は、嘘が、大嫌いだから」

「そうだよね、僕も嫌いさ。だからこそ、正直に話そう。きっと真実では、アイリスやシャーロットにも、これからも変わらずに試練が訪れるし、悲しい出来事も起こる。残酷なことだけどね。でもそれを伝えてしまうと、僕らがあまりにも虚しくなってしまうから、この本の小説家は、いつまでいつまでも幸せが続くなんて書いて、誤魔化してしまったのさ。大抵の読者は幸せなまま背表紙を閉じたほうが、ぐっすり眠れるからね」


「それってつまり、真実は虚しくて、虚構は幸せってこと? 私たちにも当てはまるの?」

「そうだね。そうかもしれないし、そうならないかもしれない。真実が幸せで、虚構が虚しい時だってある。それは全て、終わってみないと分からない」


「終わりって?」

「アイリスの物語のように、幕切れを迎えることさ」


「私たちにも……、私にも、来るのよね。その時に虚しいか、それとも幸せかは、どう決まってくるのかしら?」

「僕にも分からないよ。その時は、一生に一度しか来ないのだから」


「そうか、そうよね」

「でもね、サラ。僕たちはこの問題を、幸せか虚しいかの二者択一で考える必要は全くもってないんだ。なぜなら、物語の住人ではない僕たちは、綺麗に幕切れを迎えることは、ほとんどの場合、できないのだから」


「……」

「眠いのかい、サラ?」


「ママも」

「……」


「ママも、そうだったの?」

「……そうだね、うん。そうさ」


「そうなのね。ねえ、パパ。私、分かっちゃった。ママの、それからの日々は、虚しいものだったのよ。だから神様が、ママに虚しさを味合わせないために、唐突に幕切れを定めたんだわ。そうよ、きっと、そうに違いないわ」

「サラは慧敏だね。そうさ、きっと、そうだ。だから、ママは幸せなまま、幕切れを迎えた」


「ふふっ、なんか私、笑っちゃう。神様は、随分と、拙文の書き手なのね」

「どうしたんだい、急に?」


「だって、虚しくてつまらない日々の方が、真実めいているとしたら、真実を記している神様が、幸せのために虚構を真似たってことでしょ。それがなんだか、可笑しくて」

「たしかに可笑しいね、それは可笑しい」


「ねえ、パパ。私たちの問答は虚構? それとも真実?」

「今度は何だい? サラはここにいて、僕はサラの隣にいる。それは真実に決まっているじゃないか」


「でも、虚構でもあるわ。問答の幕切れを、探しているのだもの」

「そうか、そうなれば虚構だね。真実ならば、僕らの問答はどこで終わらせたっていい」


「でも、神様が劇的な幕切れ以外は許してくれない。私たちも、作り話みたい」

「……」


「パパ?」

「サラ、さあもう眠ろう。僕らが眠りについて、細やかながら虚構に抗うんだ」


「わかったわ、パパ。もう寝るわ。でも、最後に一つだけ約束してほしいことがあるの」

「なんだい?」


「私たちには、明日も、それからも、あるのよね」

「もちろん、そうさ、そうだとも。さあサラ、おやすみ」


「……」

「……サラ?」


「虚構に抗うために、おやすみを言わないでおくの」

「なんだ、そうかい。そうかい」


「………………」

「……………」


「…………」

「………」


「……」

「…」


「」

「」


「唐突な幕切れは真実の証。劇的な幕切れは……



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