第2話・邂逅、戦闘、食事
──パラパラパラ⋯⋯ッ
足元の小石が、地底の暗闇へと消えていく。
生きている感じがしなかった。もし自分があの時、少しだけ反応するのが遅れていたら──。
それ以上を想像するのをやめ、俺は大きく息を吐いた。
死ぬかと思った⋯⋯。本当の本当にやばかった⋯⋯。
物凄い速度で走れたものだから、調子に乗って速度を出し過ぎたか。
⋯⋯いや。そもそも走り出したきっかけというのが重要だ。
言い訳するわけではないが、こっちも必死だったし。
「「「ガルルル⋯⋯!!」」」
チッ、結局 追い付かれたようだ。
林から抜けて来た謎の生物四体は、こちらを包囲する様に散開する。
黒い狼の様に見えるが、サイズは目測でも虎より一回り程度は大きく感じる。
異常に長い三本の鉤爪と、30cmはあるだろう二本の鋭い牙。そして、金色の眼に黒く細い瞳孔──。
まぁここは異世界とやらだし、見知らぬ生き物がいる事自体は何ら不思議では無いか。
しかし問題は⋯⋯あいつら、獰猛そうな見た目の割に知能が高い。
獲物を多方向から囲み、敢えて一箇所だけ抜け穴を作った上で意図的に逃げさせる。
そして任意の場所に追い込み、それ以上の逃走を防ぐ、と。
一連の流れから推測するに、考え過ぎとは思えない。
「「「⋯⋯⋯⋯。」」
⋯⋯まだ動かないな。
此方を観察しているのか? 中々間合いを詰めて来ない。
だが、あくまで接近して来ないだけだ。奴らの体勢は今にも飛び掛れそうな程に低く、既に万全に見える。
俺も睨みを利かせてはいるが、この圧倒的な数の不利⋯⋯
正直、恐怖と緊張で気を失いそうだ。
──逃げたい──
これが俺の本心。
だが⋯⋯戦わねば恐らく死ぬ。
この群れの中を突っ切り運良く逃げれたとしても、その頃には俺はもう体力が残っていない。
そのうち追い付かれて、なにも抵抗できずに殺される。
それに、こいつらの包囲を突破出来る確信も無い。
下手に突っ込んだ挙句 抜け出す事に失敗すれば、俺は全方向から囲まれる事になる。
四体同時は、絶対に太刀打ちできない。
勇気をだして戦ったとしても、勝てるかどうかだ。そもそも戦いってなんだ⋯⋯?
この鉤爪や牙で引っ掻いたり噛み付いたりすればいいのだろうか。
──怖い──
あんな爪で腕を切り裂かれたら痛いだろうし、首や脇腹に牙を突き立てられたら泣き叫ぶだろう。
何より恐ろしいのは、襲われている身とはいえ生き物をこの手で殺す事だ。
そんなの嫌だ。普通に生きてきた人間なら、小鳥を殺すのだって全力拒否するものだろう。
⋯⋯いっその事、この崖から飛び降りてもいいかもな。
相手を殺すくらいなら、自分が死んだ方がマシな気がする。
そうだよ。世界をどうこうするのが俺である必要なんて──
「⋯⋯⋯⋯いや、」
不意に、奇妙な考えが浮かんでくる。
ここは大自然。俺は、その中に生きる一匹の竜の赤ん坊。
ただその中に、人間の感性が入っているだけだ。それなら、そもそもそこに人間性や理性は必要無いのではないか⋯⋯?
生きて、戦い、力を示して何者も近寄れなくする──。
それが弱肉強食。どんな世界にも共通する自然の摂理である筈だ。
──ズンッ!!
前脚を地面に叩き付け、大きく息を吸い込む。
目の前の“敵”を睨み、俺は全力で声を放った。
「グルオオォォーーーーーーーーオオッッッ!!!」
「「「!!?!?」」」
空に、大地に、響き渡る咆哮。
俺は死にたくない。なら、その死そのものを遠ざけてしまえばいい。
俺は戦う。生きる為ではなく、力を示す為でもない。
単純に、今のこの瞬間を死なない為に!!
「──グルオオォォーーーーッッ!!」
「「「「!!?」」」」
俺の宣戦布告に、四体は一斉に戦闘態勢に入る。
直後に体が、長い鉤爪を振りかざしながら大きく飛び掛って来た。第一印象としては、かなり遅い。
ひらりと交わし、その背中を後ろ足で強く蹴っ飛ばす。
俺の背後は断崖絶壁。言うまでもなく、蹴りの衝撃でそいつは頭から落ちていった。
空中で藻掻きつつ悲鳴を上げていたが、次第にその声は小さくなり、最終的には聞こえなくなった。
さて、残りはあと三体⋯⋯
「「「ガルルルルッッ!!」」」
“よくも仲間を”といった表情で、三体は俺を睨み付ける。
しかし今ので学習したらしく、大きく飛び掛っては来ない。
その代わり、左右に揺れる様に歩き回り、間合いを窺っている様子だ。
俺は全ての脚に力を込めて姿勢を低くし、正面の一匹だけを見つめる。
刹那。後ろ脚の踏み込みで、足元の地面が抉り取られる。
舞い上がる砂煙や石。それらが落ち切る前に相手の首根っこを鷲掴みにした。
そして勢いそのままに、そいつを背後にあった木に叩き付ける。
ごきりと鈍い音がして、一瞬だけ痙攣したそいつはが動かなくなった。
「「⋯⋯ッッ!?」」
一瞬の出来事に理解が追い付かなかったのか、残りの二体は驚愕した表情を見せる。
しかしすくざま立て直し、鉤爪を構えて大きく飛び掛ってきた。
成程。俺の立ち位置が変わったので、崖に突き落とされる心配は無いと判断したのか。
バックステップで距離を取り、一匹目の引っ掻き攻撃を躱す。
もう一匹も間合いの外まで離れたので、俺はすぐに反撃の用意に動いた。
──しかし、それが失敗だった。
驚いた事に、未だ空中にいた一匹が既に着地していた一匹を踏み台にして俺の目の前まで肉薄してきたのだ。
反射的に片腕で鉤爪の引っ掻き攻撃を防ぐ事には成功した。
だが、俺の視界には真っ赤なものが映り込んでいた。
「あ、うあ⋯⋯」
激痛──。そんな言葉が甘ったるく感じる程の痛みが身体全体を駆け巡る。
ざっくりと、奴の鉤爪が俺の右腕に深く食い込んでいた。
左の拳を握り締め、振り払う様にそいつの顔面を殴り付ける。
だが、血を吹きながら大きく吹っ飛んだものの、着地は問題なく済ませて俺を睨んで唸った。
俺は、目の前が真っ暗になった。
激しい心臓の鼓動音が鮮明に聞こえ、異常なまでに荒ぐ呼吸で肩が揺れる。
しかし、意外なまでに俺の意識は激痛を無視していた。
その代わりに──身体の淵から這い上がってくる感情が、俺の脳を再起動するに至った。
傷付けられた事への〖怒り〗。そして、抑え切れない程の「殺意」だ。
「フーーッ!! フヴーーッ!!」
地面を鉤爪で抉り、拳を固く握り締める。
牙を剥き出しにしたまま荒い呼吸をして、尻尾を何度も地面に打ち付けた。
露になった感情に歯止めが効かない。今はとう目の前の敵を⋯⋯“獲物”を殺す事しか考えられない。
自分の感情に負けそうだ。今の俺は人間なのだろうか⋯⋯? 一体、どっちだ⋯⋯!?
「グルルルルル⋯⋯!!」
感情の収拾を付けようと、額を傷付いた片腕で押さえる。
だが、湧き上がってくるとのが強過ぎる。血が出るまで牙を食いしばっているというのに、収まる気配が無い。
漏れ出る放つ殺気に気が付いたのか、二体は少しづつ後退り始めた。
「ガアアアアッ!!」
あぁ、駄目だ、逃がさない、殺してやる。
怒りをそのまま動力に、先程とは比べ物にならない速度で駆け出す。
地面を踏み締めるたび、衝撃が傷口に響いて激痛が全身に走った。
しかし、そんな事はどうでもいい。今は、こいつらの息の根を止めてやる。
「ガアッ!!」
身体を大きく曲げ、グルンと縦に一回転する。
加速の勢いを全て尻尾に乗せて、一番近くに居た奴の脳天に叩き込んだ。
頭蓋が粉砕する音が聴こえ、痛快な手応えが尻尾から伝わって来る。
奇妙な高揚感に口角が上がり、そのまま最後の一匹へと首を動かした。
そこから叩き付けた尻尾をバネの要領で弾き、大きく空中に飛び出す。
ついに最後の一匹。俺に傷を付けた奴だ、絶対殺してやる。
無空間を蹴り、勢いを付ける。
しかし、相手とて自然界を生き延びてきた者らしく、そう簡単には終わらない様だ。
鉤爪を振り上げ、迎撃の構えを取って俺を見上げている。
──もしも俺が鉤爪での攻撃を仕掛けていたのなら、完璧なタイミングでの最善の行動だっただろう。
あいつの誤算だった点は、俺が「そう行動する」と思い込んだ事だ。
──────⋯⋯
先程まで目の前にいた、竜の子どもの姿が消える。
衝撃より困惑の方が先に来ていた。だが、次の思考をする前に事態は収束していた。
「⋯⋯⋯⋯ガッ、」
前触れもなく、急に口から何かが吐き出される。
地面に飛び散ったそれは、血の塊であった。
未だに理解が追い付かない。何故、自分は血を吐いたのか? 一体、先程の竜の子は何処に消えたのか?
──気付いたのは、自分の視界の位置の違和感であった。
やけに高い。というよりも、思えば脚が地に着いていない。
視線を足元へ移動させる。そして目撃する、疑わしき光景。
紅い竜が、そこにはいた。
──────⋯⋯
「──終わったか」
⋯⋯最後の瞬間、こいつが反応を間違えてくれてよかった。
あの時、俺は攻撃を食らう寸前でもう一度無空間を蹴り、身体を横に捻る事でこいつの真横に移動した。
その時点で俺を見失い困惑。そしてその隙を突き、俺は腹へ二本の角を突き立てた。
額を流れる生温い感触に不快感があったが、勝利した事実への優越感の方が大きい。
──ドスン
獲物を地面に降ろし、角を引き抜く。
思ったより、戦闘行為自体には抵抗を感じなかったな。
竜になり、感性も竜に近い物になったのだろうか? 身体中に降り掛かった返り血を眺め、まじまじと考えた。
「⋯⋯つッて、」
右腕に付けられた切り傷が痛む。
鋭い物が自分の肉を通っていくあの感覚⋯⋯。思い出すだけでも身の毛がよだつ。
しっかし⋯⋯アイツらの長い鉤爪、かなり鋭いな。これは何かに利用出来るかもしれない。
折角だし、一本くらいは剥ぎ取って持っておこう。
流石に死体を放置するのは気分が悪いので、崖へ突き落とした。
落とした死体が見えなくなると、俺は深く溜息を吐いた。
精神的に疲れた。体力的には全くと言っていい程に消耗を感じないがな。ははっ。
⋯⋯はぁ。兎に角、疲れた。
「さて、この後どうしようか」
迷子、って言われたら別に家とか無いし行き先も無いんで、そうでも無いが⋯⋯。
取り敢えずは、血の匂いが酷いから身体を洗いたいな。
血の匂いは他の肉食獣を引き寄せる可能性があるし、早めに済ませたいところだが⋯⋯
しかし、あの水溜まりは使いたくない。綺麗なので飲み水として確保しておきたいし。
場所については大体の位置は特定できる。耳を澄ませば水滴の音が聞こえるから見失う心配はないだろう。
少なくとも、半径300mぐらいなら水の音が聞こえるから大丈夫だと思う。
後は、あの場所を中心に休憩できる家──いや巣か?──が欲しい。
安心して過ごせて、戦闘で傷を負った際には回復に専念できる所の確保が急いでしたいな。
まぁ兎に角、今はあの大きな湖を目指そう。
身体を流すついでに、この辺りを散策してみようかな。
来た道を戻って湖へと向かうおう。足跡が残っているお陰で道を誤る事は無さそうだ。
NOW LOADING⋯
──ジャバ ジャバ ジャバ⋯⋯ザバァッ⋯⋯
あ〜、やあっと血の匂いが取れた。
血の匂いって、案外残るものなんだなあ。どれだけ身体を洗っても血の匂いだけは全く取れなかったぜ。
俺の鼻が利くのもあるのだろうが、染み付いた匂いはずっと消えなくて苦労したなホント。
お陰で、転生して来た時は正午ぐらいだったのに、もうすぐ日が暮れそうだ。
この後もやりたい事は多かったが、日が暮れてはどうしようもないか。
夜行性の生き物が活発になるだろうし、暗闇で襲撃を受けたく無い。夜間の行動は現状は避けるべきだな。
しかし、最優先事項として、寝床の確保だけはどうしてもしておきたいところだ。
最悪、安全であれば何処でもいいが⋯⋯。さてどうするか。
「ブルルル⋯⋯っと、」
高速で身震いをして、身体の水滴を飛ばす。
なんか犬か猫になった気分だ。⋯⋯いや、まぁ竜なんだが。
取り敢えずは、あの水場に戻ろう。此処からは流石に水の音は聴こえないが⋯⋯
通った道の木々を引っ掻いて、ちゃんと目印をつけておいたからな。
それを辿って歩けば、ここからあそこまでノープロブレムって寸法よ。
「ふう、帰るか」
身体を乾かし終え、俺は帰路に着く。
ふと見ると、昼間に受けた右腕の大怪我は既に塞がりかけ、乾いた傷痕になっていた。
大きく腕を降ってみても痛みは対して感じず、動作に支障はなかった。
怪我しても早く治るのなら、傷を負う事はそれ程脅威では無いかもしれないな。ただ、ムカつくが。
そもそも俺は戦闘自体に抵抗は無かったし、大量の血液を見ても冷静でいられた。
感性が竜に近くなっている可能性があるが、この大自然を生き抜く為には必要な変化かもしれないな。
そんなこんなで、俺はあの水場へ戻って来た。
既に日が落ち、辺りは漆黒の暗闇に満ちていた。⋯⋯が、どういう訳か視界は確保できている。
辺りの木々の位置や、地面の僅かな凹凸までハッキリと。
もしや、俺のこの肉体も夜行性とかか⋯⋯?
キョロキョロと周囲を見渡してみる。不意に、暗闇の中に二つの碧色の光を見つけた。
驚いた拍子に慌てて飛び退く。
俺を追ってくるその光は、よく見れば目の様に見える。じっと此方を眺めている様だ。
ここは静かに身構えて⋯⋯って、アレ??
よく見ると、それは昼間の生き物でもなければ、未知の生物でもなかった。
何を隠そう、それは水で湿った岩肌に映った、俺の瞳だったのだ。これは恥ずかしい。
警戒を解いた俺は、岩肌に移った自身を観察してみた。
自分で言うのもなんだが、綺麗な目の色をしている。
──グゥゥ〜⋯⋯
⋯⋯恥ずかしさの連続で顔から火が出そう。
自分観察に勤しみたいところだが、今は腹を満たすとしようかな。
食料については問題無い。湖で採ってきた魚が数匹に、帰る道中で採取しておいた木の実やらキノコやらがある。
一応、木の実を少し弄ってみておこうかな。潰してみたり、少し齧ってみたり⋯⋯。
酸味の強い実や、異常に硬い種のような実もあったが、その中に数個だけ気になる実を発見した。
ピリッとした辛さの胡椒に近いものや、鼻を抜けて行く爽やかな⋯⋯山椒に近いものだ。
そしてもう一つ、真っ赤な色の長細い形をした緑のヘタがある──まだ口にしていない木の実だ。
うう、めっちゃ辛そうなビジュアルだ。出来れば食いたくないな⋯⋯。
いや、もしかするとトンデモなく美味いって可能性もある。
物は試しか⋯⋯? ハイリスク覚悟でハイリターンを狙うか⋯⋯!?
素早く口に放り込み、俺は固く目を瞑った。
完全に勢いで口に突っ込んだので、もう後戻りは出来きないが⋯⋯
「──ん? これは⋯⋯!!」
食感からして、奇妙なものだった。
ガリッという、飴を噛み砕いた時の食感に似ている。
特に“辛い!”と感じる様な刺激感は無く、どちらかと言うと⋯⋯しょっぱい? 風味だ。
塩辛いという表現がピッタリだな。キツめの塩味が来た後、じんわりと舌に広がる程良い辛み⋯⋯。
まるで、岩塩と唐辛子を合わせた様な味わいだ。これは使える。間違いなく大当たりだろう。
大きな葉っぱをまな板代わりに地面に敷き、木の実を粉々に砕いておいて⋯⋯っと。
昼間の黒い獣から剥ぎ取った鉤爪も、ここで活用しておこうか。
適当に枯れ枝や葉っぱを集め、その上で自分の鉤爪と黒い鉤爪を素早く擦り合わせて⋯⋯
──ギャリンッ!!
おっ! 意外といけるもんだな⋯⋯!!
一発で火花が出た上に、しっかりと引火して焚き火が出来たぞ。
よしよし。そしたら、大雑把に石ころで焚き火を囲んで土台を作ってと。
丁寧に洗っておいた平たい岩を土台にセットすれば、焼き石プレートの完成だ! むふん!
さてさて、ではでは。早速調理の方に入っていこうじゃないのよ。
黒い鉤爪を包丁代わりにして、採っておいた魚を三枚におろ⋯⋯三枚におろし⋯⋯
三っ! 枚っ! にっ! くそっ! おろせない!!
中々上手くいかないものだな。テレビとかでは簡単そうに見えたんだけどな⋯⋯。
あとはハラワタを取ればいいんだっけか? そもそもハラワタってどれだよ⋯⋯。コレか? いやコッチか⋯⋯?
ああもう、面倒だからいっか。適当に頭を落として小骨を取り除いておけばいいや。
「⋯⋯ふふふ、」
──正直な所、料理を作ったのは人生では数えられる程だ。
学生の頃の調理実習や、仕事で忙しい友人に娘の看病を任された際、顆粒だしと玉子でつくったお粥。
不意打ちで遊びに来た佐々木に『何か作ってくれ!』って言われた時に作った一品⋯⋯。
あの時は確か──あぁ、思い出した。確か、母から教わった『肉じゃが』を作った気がする。
唯一、俺が作れたマトモな料理がそれだったからな。
しかし、今こうして自己流で料理をしてみると、意外と楽しく感じるものだ。
前世じゃ、外食かコンビニ弁当で食事を済ませる日々が続いていたからなあ⋯⋯。
──ジュウウウウ〜ッ!!
乱雑に切り分けた魚の身に、適当に手で割いたキノコを加えて炒める。
カラフルな見た目では無いので毒キノコではない、という謎理論の元に採ったワケだが⋯⋯
なんか、火が入るにつれて赤い色に変化しだしたな。大丈夫だろうか。
うーむ⋯⋯。しかし、空腹が高まっていく現状、多少の事はどうでもよく感じるな。
取り敢えず、先程の粉末にした唐辛子モドキと胡椒風味の実を全体に振りかけて、っと。
あっ!! すっごい良い香り!! 腹が減る!!
あらかた火は通ったみたいだし、早めに食べるとしよう!!
「さてと、ぐふふ⋯⋯」
手を擦り合わせ、俺は完成した料理を眺める。
背景の焚き火と相まって、醸し出される雰囲気が実に良い。
名付けて、茸と魚のピリ辛炒め、シェフの気まぐれ風ってトコだな。
それでは早速、頂きます。
美味い⋯⋯っ!! 俺、才能あるかも⋯⋯!?
唐辛子モドキのパンチが良く効いているし、胡椒の風味も馴染んでる!
ホロホロとした食感の淡白な魚肉に、各種スパイスの風味がビッタだ!! キノコの旨みと香りも良く出てる!!
白米が無いのがツラいところだが、今日はこれだけでも十分満足だ!!
「──ふう、食った食った」
ものの数分で完食し、水を飲んでホッと溜息を着く。
パチパチと燃える焚き火を眺めながら、俺は今日1日の事を思い浮かべた。
良く考えれば、出勤から退社、佐々木に誘われて飲み会に行き、その帰り道で誰かに刺された。
老人に転生させられ、生まれて数十分で戦闘、身体を洗って、料理を作って──。ブラック企業か、今日の俺の一日は。
⋯⋯そう考えると、凄く眠くなってきたな。
だが、流石にこのまま寝るのは不味い。就寝中に襲撃をされたら、いくらなんでも対処が出来ないだろうし。
俺は焚き火の中からいくつか火種を掴み──素手だが熱さはあまり感じない──自身を囲うように円を作った。
いくら気性の荒い生物でも、流石に炎には近寄って来ないだろう。
沢山の葉っぱを敷いた地面に寝そべり、就寝の準備をする。
何度か寝返りを打ってみると、身体を丸めた体勢が最も落ち着く事に気が付いた。これでは猫のようだ。
ふと、目の前に来た尻尾が気になり、地面に波打つ様に動かしてしてみる。
思ったより正確に動かせるらしく、ぺちぺちと地面を叩く様子に愛おしさを覚えた。
そんな事をしている内に、瞼が重くなってくる。
焚き火が揺らぐ音や、耳を済すと聴こえてくる鈴虫の鳴き声が心地良い。
静かに首をもたげて空を見上げると、満天の星空が広がっている。
天の川⋯⋯ではないだろうが、似た様な星々の群団が眺められた。
「──あ、流れ星」
夜空に、一筋の閃光が横切った。
それを先頭として無数の流れ星が流れる。流星群だ。
どんどん瞼が重くなってきた。もう意識が半分程しか無い。
しかし、流星群をどうしても見ていたいので、目を擦って眺め続ける。
──真っ白な光が空を横切ったのは、不意の事だった。
いや、横切ってはいない。丁度、頭上で停止した。⋯⋯俺は寝惚けているのか?
その時、急激な睡魔に襲われた俺は、頭を地面に降ろして瞳を閉じた。
急に瞼の裏が明るくなる。が、それで目を覚ます程の気力は残っていない。
今日は疲れ過ぎたのだ。足音が近付いてきたが、動くに動けない。
辛うじて、片目を半分だけ開いた。
「──やぁ♪ お休みの所悪いね」
その声は小声で、眠い此方を気遣っている様だった。
少なくとも女性──いや少女の声だということは分かる。
視界にぎりぎり捉えたのは、白い光に包まれた人物だった。
彼女の素顔は下がった瞼の所為で見えかったが、服装や格好程度なら分かった。
真っ白いワンピースを身に付け、裸足で仁王立ちをして腕を組んでいる。
⋯⋯と、そこまでは記憶する事ができたが、直後に目を閉じてしまい、声だけが記憶に残る結果となった。
「燗筒 紅志君だね? ウンウン、面白い子だ♪」
「⋯⋯⋯⋯。」
「実はね、君に折り入って頼みたい事があるんだ。勿論、今すぐで無くてもいいし、十分に力を付けてからでいいからね♪」
あぁ⋯⋯奇妙な夢だな⋯⋯。
自分より小さな子に⋯⋯『君』と呼ばれるだなんて⋯⋯
「その頼みたい事何だけどね? まずは此処から80km東にある、錬金術で有名な『ベルトンの街』に向かってくれ。東は、今私が立っている方向だよ♪」
錬金術⋯⋯? 異世界みたいだな⋯⋯そんな⋯⋯話⋯⋯⋯⋯
「あ、そうそう。道の途中に大規模なオークの群れの縄張りがあるけど、それは君の実力に任せて、迂回するのも一直線に突っ切るのも自由だよ♪ ただ、君に死なれては困るから、出来れば危険は避けて欲しいな♪」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
──────⋯⋯
「⋯⋯あれっ、完全に寝ちゃったかな? ふふっ、可愛い寝顔♪」
少女はしゃがみこみ、銀色の幼竜の頭をそっと持ち上げる。
額に口付けをした彼女は、ゆっくりと立ち上がって振り返った。
長い純白の髪を夜風に靡かせながら、その真紅の瞳を閉じた。
「──君は、私が絶対に死なせはしない。⋯⋯だけど、自分の力で乗り越えなければならない壁も必ず存在する。だから私は、君がどんな困難に行く手を阻まれようと、決して手出しはしない。燗筒 紅志、君のその心を忘れないでね。
きっと、君の心が『力』を、『強さ』を、そして何より『仲間』をもたらしてくれる筈だから。──信じてるよ♪」
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