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心の中で思うこと

 


 ミアとレナの試合から数日後。


 ミアとの試合を終えたレナは一人でバイエホルンの湖畔に居た。


 無様な試合を皆の前で晒して、自分はミアから情けをかけられ勝つことになり、決勝でキネスと戦えることができるが、胸の内は穏やかとはいかなかった。



「クソッ……」



 レナは拳を握りしめながら悔しそうにそう呟く。


 ナタリーから受け継いだ錬金術が通用しなかった事もそうだが、自分の未熟さを自覚させられた。


 アドルフォ・ミアという規格外の錬金術師を前にして、もっと戦い方も工夫すべきところはあったはずなのに。



「このままじゃ、ナタリーの仇討ちが……」



 もしかしたら出来ないかもしれない。


 そう口に出そうとして、レナは敢えて言葉にするのをやめた。


 かつて、自分の兄と呼んでいた人物がどれくらい強いのか、これまでの試合を見てもまだイマイチわかってはいない。


 ただ、カナエと戦った時に見せたあの黒い髪に変化した姿は度肝を抜かされたのは鮮明に覚えている。



「あの爆破の錬金術は脅威的だった……。警戒しておかないと」

「十中八九ぶっ飛ばされちまうだろうな」

「……⁉︎」



 背後から聞こえてきた声に咄嗟に振り返るレナ。


 そこには、木に寄りかかるように立つシドの姿があった。レナはその姿を見て思わず眼を丸くする。



「シド姉……」

「探したぜ、まあ、随分と手酷くやられたじゃねぇか」



 シドはそんなレナに肩を竦めながら軽く鼻で笑い告げる。


 いきなりのそのシドの言葉に表情を曇らせるレナ、そんな事は彼女から言われなくても自分が一番自覚している事だ。


 しかしながら、久しぶりに再開したシドの姿にレナはどう答えるべきか迷っていた。



「……大きくなったな、レナ」

「うん、色々……あったから」

「そうか」



 シドはレナの言葉に一言、そう答える。


 シドもまた、キネスを恨んでいるレナにどう話をすべきなのか迷っていた。


 キネスの事もそうだが、レナが帝国の軍人になっているのにもどう切り込んで話をすれば良いのかイマイチわからない。



「昔、子供の頃、よく湖に遊びに行ってたよな、覚えてるか?」

「うん、覚えてるよ。ずっと昔の話だけどね。シド姉はいつも僕に優しくしてくれたし」

「はは、まあ、あの頃はよくキネと喧嘩ばっかしてたからな。その腹いせに妹を奪ってやったんだよ」

「そうなんだ」

「そうさ、あの頃は私も尖ったしな。キネとレナはそんな私には唯一の遊び相手だったんだよ」



 そう言いながら懐かしそうに湖畔を見つめるシド。


 シドのその言葉にレナもふと、昔の事を思い出す。あの頃には優しい兄がいて、暖かい両親も居て、少なくとも幸せな日々を送れていた。


 人生の岐路は共和国と帝国の戦争が激化してからだろう、そして、レナは数奇な人生を歩む事になってしまった。



「……キネが憎いか?」

「憎い……いや、憎しみというより、決別したいのかな……。

僕はあの日、ナタリーから拾われた。本当は自分でもどうしたらいいかわからない。あの人の事を許して認めてあげるべきか迷ってる」



 レナはそう告げると、悲しげな表情を浮かべて湖畔を見つめていた。


 自分がここまで育ったのは間違いなくナタリーのおかげだ。彼女がいなければ自分は今頃、両親と同じように殺されていただろうと思う。


 そんな自分を育ててくれた恩人をキネスは戦争とはいえ殺した。


 本当なら、両親やナタリーを奪った戦争自体を憎むのが筋だと思う。だけど、それでもレナはどこか、納得できてない自分がいた。



「じゃあ、その思いをぶつけてこいよ」

「え?」

「ようは、兄妹喧嘩ってやつだろう? ……いや、この場合は姉妹喧嘩かな」



 シドは笑いながら、レナにそう告げる。


 正直、昔はキネスとは仲が良かったレナは一度も喧嘩なんてしたことはなかった。


 それは、キネスが優しい事もそうだし、尊敬できる兄だったからだ。


 だが、シドの言葉はレナの中でストンと心の中に落ちたような気がした。姉妹喧嘩と言われてみると、きっとそうかもしれない。



「姉妹喧嘩……」

「そうだろ? 憎しみというよりは怒り。別に話を聞く限りじゃお前はキネを心の底から殺したいという風には見えないしな」

「いや、そんな事は……」

「あるだろ? 現に迷ってんじゃねぇか」



 肩を竦めながら、否定しようとするレナにシドは間髪入れずにそう告げる。


 それは、シドが長らく戦場に居たからわかる勘というやつだ。本当に殺したい相手ならば、きっと、怒りをぶつける間もなく行動に移すはず。


 本当に憎い相手ならば、手段など厭わないはずなのだ。わざわざサクセサー・デュエルで戦わずに殺しに行けば良い。


 レナがそうしないのは、キネスと面と向かって何かぶつけたいものがあるからだろう。



「気が済むまでやりゃ良い、ミアの馬鹿もお膳立てしてくれたみたいだしな」

「……あんなの、納得できない」

「強くなったがまだ未熟って事だろうよ、納得をするしないじゃなくてあれが現実って奴だ」



 シドの言葉に悔しそうな表情を浮かべるレナ。


 確かにレナはまだ戦場に出た事もなければ、実際に人を殺した経験は皆無だ。


 それに比べて、対峙したミアは戦争でたくさんの帝国軍人を葬り、エンパイア・アンセムも討ち取ったり撃破したりしている。



「……言っておくが、お前が軍人なのは私は反対だぞ、お前が戦場で傷付いたり死んだりする姿なんて見たくないからな」

「それは、覚悟の上で兵士になったんですよ」

「それでもだ。私もミアもキネも、そして、お前が生きる道標を残してくれたナタリーって奴も戦場という場所で誰かの大事な人を殺しちまってるんだ。

 お前は背負えるのか? その十字架って奴を」



 シドは真剣な眼差しでレナにそう問いかけた。


 レナは自分の人生に踏ん切りをつけるためにサクセサー・デュエルという場でキネスを殺してナタリーへの復讐を完遂することを考えていた。


 だが、シドが言うように迷いが生まれてきているし、何より、キネスを慕う周りの人間達の顔を見ていると自分がしようとしているのはきっとその人達からキネスという存在を奪ってしまう事なんじゃ無いのかと思うようになった。


 それは、ナタリーを奪われたレナ自身の辛い思いを他の人にさせるという事になる。



「まぁ、良く考えな、お前自身の人生の選択だ。私が言えるのはこのくらいだしな。……じゃあもう行くよ」



 シドはそう告げると、踵を返して湖畔を静かに見つめるレナの元から去っていく。


 一人、残されたレナは静かに波打つ水面を見ながら、シドに言われた事も含めて、改めて考えてみる事にした。

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