決勝の数日前
身体の調子も治療の甲斐があって、無事に完治に近い状態にまで戻す事ができた。
その間、熱を出したり、傷口が開いたりしたんだが、それでもなんとかここまで回復できたのは優秀な医療錬金術師やアルフィズ家の名医のおかげだろう。
「はい、この調子なら多分大丈夫かと」
「本当ですか!」
「えぇ、でもあまり無理は禁物ですよ?」
私に釘を刺すように忠告してくる医療錬金術師さん。
とはいえ、無理をするなと言われても数日後には私はレナと決勝で戦わなくてはならなくなる。
きっと、そうなれば何事もなく終わるという訳にはいかなくなるはずだ。
「とはいえ、貴方の立場じゃそれも難しいかしらね」
「……はい、そうですね」
医療錬金術師さんは苦笑いを浮かべたまま私にそう告げた。
サクセサー・デュエルで戦う事になるのだから、怪我をするなというのは無茶な注文だろう。
私も彼女の言葉に苦笑いで返すしかなかった。
その後、病院を後にした私は肩を竦めながら隣にいるシルフィアに笑みを浮かべながらこう告げる。
「何にしても、これで後は心置きなくレナと向き合えるかな」
「あまり姉妹でってのは良い気はしないでしょう?」
「まぁ……ね」
私はシルフィアの言葉に歯切れの悪い言葉を返す。
確かにシルフィアの言う通り、良い気はしない。私としても笑顔で和解できるのであればこれ以上ないし、むしろそうあって欲しいくらいだ。
だが、レナはきっとそうはいかないだろう。大事な人の命を奪った上に迎えにいかなかった私の事を恨んでいるに違いない。
彼女をそうさせてしまっているのは私に責任がある。
「ミアがお膳立てしてくれたみたいだからね、気を使うなんて彼女らしくはないけれど、今回はそれに甘えさせてもらう事にするよ」
「まあ……、あのバカがお膳立てなんて器用な事ができるなんて思ってもみなかったけどな」
ミアの事に関して毒を吐くシドに私は顔を引きつらせる。
それに関しては、同感な部分は確かにある。てっきり、彼女の事だから完膚なきまでにレナの事を負かすんだろうなとばかり思っていたからね。
「なんにしても、気になんのはラデンの事なんだが……」
「ん? 私がどうかしました?」
「うぉ⁉︎ いつの間に帰って来たんだお前!」
ひょこっとシドと私の間から顔を覗かせるようにして現れるラデン。
急な彼女の登場に驚いたように声を上げるシドだが、ラデンはそんなシドの顔を見ながらいつもと変わらない笑みを浮かべている。
すると、シドと反対側にいたシルフィアはため息を吐くとラデンにこう告げはじめた。
「どうもこうも……。貴女、キネにカナエの事について黙っていたでしょう。どういうつもり?」
「……ん? あぁ、それは彼女がエンパイア・アンセムだって事ですか?」
「そうよ、それと彼女の錬金術やその経歴についてもよ」
シルフィアは真っ直ぐにラデンの瞳を見つめながら、問い詰めるように訪ねる。
だが、ラデンはそんなシルフィアに対して、視線を逸らし、大きなため息を吐くと肩を竦めながら話をし始めた。
「私にも色々あるんですよ、こう見えて帝国の諜報部隊を率いているのでね。
……自国の錬金術師の情報を易々と他人に話すような事はできないんですよ、例外を除いてはね」
ラデンはシルフィアの眼を見つめ直し、そう告げる。
確かにエンパイア・アンセムでそれなりのポジションにいる帝国の人間の情報を共和国の人間にポンポンと話せる訳では無い事は理解できなくも無い。
しかも、カナエに関しては将軍であるグロスキン・デスドラドの娘で死の十字架部隊の副隊長という立場だ。
「今、帝国内は色々とピリピリしてましてね、ニュースにもなっていたでしょう?
そういうわけで、私が貴女方に情報を話さないという事に関してはどうか察してください。お願いします」
「…………」
そう言いながら、私達の前で頭を下げてくるラデン。
隠し事をするけど信用して欲しい、彼女が言っているのはそういう事だ。普通なら、隠し事をしている相手を信用なんてできないと突っぱねるのが当たり前だろう。
だが、ラデンは私達にその事を敢えて話し、下げなくても良い頭まで下げてくれている。
「顔、上げなよ」
「おい、キネ……」
「別に私達だって軍にいた時は諜報部隊を率いたり、一員になった事だってあっただろう?
その時の事を思い返せば、ラデンの立場だって理解できるじゃないか、シド」
私はシドに笑みを浮かべながらそう告げる。
同じ経験があるからこそ、わかる事だってある。特にラデンに関しては一緒に過ごした時期もあるからよくわかるのだが、根は本当に優しい娘なのだ。
きっと、私達に話せない事もたくさんあるだろう事は理解できるし、むしろ、こうして話してくれるだけマシだと思う。
「……私は信用しねぇぞ? もしキネに何かしたらお前を草の根嗅ぎ分けてでも探し出して殺すからな」
「……えぇ、もちろんです」
シドの言葉に迷わず答えるラデン。
きっと彼女なら、私達がどうしたら巻き込まれないようになるだろうと考えてくれる。そういう優しい心の持ち主だ。
だからこそ、私としても彼女が帝国の軍人で諜報部隊にいる事にはなんとも言えない感情になる。
何故なら、戦場で人殺しをしている彼女の姿を想像できないからだ。
「とりあえず、皆で美味しい料理でも食べよう。そうすれば少しは気も晴れるさ」
「まあ、お腹は減ったわね、確かに」
「アルフィズ邸にネロちゃん達も待たせてるからね、ラデン、今日の晩ご飯作り手伝ってよね」
「…………。えぇ構いませんよ」
私の言葉に眼を丸くした後に、間を置いて笑顔で答えるラデン。
別に彼女が何か隠し事をしていても、私はきっと彼女との接し方が変わる事はこれからもないだろうと思う。
それは、帝国軍人でも、彼女の本当の姿は私達の側にいる時のものだと信じているからだ。
願わくば、彼女がいつか自分の望む人生を歩めるようになって欲しいと私は心からそう思っている。




