決着
レナとミアの攻防は更に激しさを増した。
互いに退かない紙一重の攻防、一見すれば互角に戦っているようにも見える。
だが、それでも私はミアとレナとの間にある実力差というものを外から見て感じていた。
「……経験の差かな」
「レナか?」
「あぁ……、明らかに疲れが見える」
レナが疲れた表情を見せる一方で、ミアはかなり涼しげな顔を浮かべながら戦っている。
私はそれをみて、レナがかなり部が悪くなっている事を悟った。このまま戦っていれば、いずれ勝敗はつくだろう。
確かにレナは強い、いや、驚くほど強くなった。
幼少期の頃に比べたら見違えるほどだ。私の背後をついて回っていた彼女からは考えられないほどに成長したと思う。
だが、それでも、ミアとの間には絶対的な差というものがあった。
「ミアの錬金術に押されているところを見ると、決着は近いな」
「そうだね」
「問題はどのタイミングで決着が着くかだが」
そう言いながら、レイはチラリと私の方を見る。
決着、そう、問題はその決着の仕方である。私が危惧しているのはローエンのようにミアがレナを殺してしまわないかというところだ。
多少なりだが、張り合えて戦えているレナにミアが果たして手心を加えてくれるだろうか?
私との約束は果たしてくれると信じてはいるが、彼女がどのくらいその事について考えているのかはよくわからない。
「どうした? 息が上がって来てるぞ?」
「うるさいッ!」
意地というべきか、レナは声を荒げながらミアに疾風を使った攻撃を連射するが、ミアは涼しい顔でその攻撃を軽々と避ける。
また、避けれない攻撃は水の化け物が盾になる形で完全にシャットダウンしており、ミアにとってはレナの攻撃は既に脅威とは言い難かった。
もちろん、レナの側には巨大な嵐の鷹は三頭控えてはいるのだが、それに対してもミアには対応はさほど難しく無いといった具合である。
そして、ミアは息切れをしているレナに対してその問題点をつきつけた。
「お前、錬装の長時間使用に慣れてないんだろ?」
「ハァ……ハァ……。な、なんでそんな事……」
「見りゃわかる。錬装はかなりの集中力が必要になる技だからな。
戦場で長時間戦わないかしないとなかなか長時間の錬装は身につくもんじゃねぇ」
「ぐっ……」
ミアの指摘に表情を曇らせるレナ。
確かにミアの指摘した通り、正直、レナはこれほど長時間の錬装を発動した戦いを経験した事はほぼ無いに等しい。
その理由としては、強力な錬装での早期決着が主だったからだ。
レナの錬金術はかなり強力な錬金術である事は間違い無いが、それ故に、長時間戦う同じような錬金術師と戦った経験も無く、また、ミアのようにあらゆる戦場にも出た経験は無い。
「戦争を経験した事ないルーキーと錬金術師を何人もぶっ倒して来た私とじゃ年季が違うって事だな」
「ハァ……ハァ……。な、何を言ってるんですか……私はまだ」
「戦えるってか? ……やめとけ、命を無駄に散らす必要はねぇよ」
そう言いながら、ミアは肩を竦める。
だが、レナはそれでも諦めるという選択肢は選ぶつもりはなかった。
なんとしても、このアドルフォ・ミアを倒してナタリーの仇であるキネスの前に立つのだと覚悟を決めていた。
例え、万策尽きたとしても自分が今まで学んできたものをぶつけるつもりでやり切らなきゃならない。
「なら、私の全力を受けきってみせろォ!」
そう告げたレナは空高く跳び、脚を構える。
そして、思い切りミアに向かって振り切ると側に控えていた三頭の巨大な鷹達が声を上げて一気にミアに襲い掛かっていった。
それを目の当たりにしたミアも顔色を変え、水の化け物を盾にし、さらに、地面に向かって拳を振り下ろす。
すると、ミアの周りを取り囲むように水の防壁ができ、完全にレナの攻撃に対する防御を済ませた。
だが、それでも、三頭の嵐の鷹が一点に水の化け物の身体に直撃した途端、ミアはその衝撃に思わず驚きの声を上げた。
「チィ……ッ! なんつー風圧だッ!」
まるで、巨大な風船が炸裂した様な爆発音と共に水の化け物の身体がみるみるうちに削れていく。
確かに持続性に関しては甘いところはあるが、その錬金術自体の破壊力はかなりのものである。吹き飛ばされる自分の錬金術を前にミアもその事だけは認めざる得なかった。
吹き飛ばされるミアの錬金術、だが、それでもミアは自分の有利が依然変わらぬものである事を確信していた。
「どうだ! 私の錬金術はッ! これで終わり……!」
「それはどうだろうなッ!」
「なっ!」
次の瞬間、バシュンという音と共にミアの身体が凄まじい速度でレナの元へと飛んでいった。
脚の下から噴射した高水圧による超加速、このタイミングで防御で構えていたミアが一気に攻撃に転じたのである。
その不意を突かれた奇襲にレナは反応できなかった。そして、一気に間合いを詰めたミアはレナの腹部に思い切りボディブローを打ち込む。
「ぐへぇ……!」
「まだまだいくぞッ! オラッ!」
二発、三発と連続で拳をレナに叩き込むミア。
そして、レナの身体を蹴り上げ宙に浮かすと拳のバレッタに術式を施し、容赦なくその拳を振り抜いた。
「水撃龍追波ッ!」
拳を振り抜いた瞬間、先程まで暴風によって削られていた水の化け物が地面を割ってレナの目の前に現れる。
そして、その身体を飲み込むと会場の壁に思い切りレナの身体を叩きつける様にして爆散した。
水が霧散すると共に会場の壁は大きくひび割れており、その中心には血だらけで張りつけになっているレナの姿があった。
「レナッ‼︎」
「……クソッ!」
私の表情とレナの様子を見てすぐにレナとミアの間に仲裁に入ろうとするシドだったが、その時、シドを制するようにレイが肩を掴んだ。
そして、肩を掴まれたシドはレイの方を振り返ると声を荒げる。
「離しやがれッ! 手遅れになる……!」
「いや、その心配はない」
「どの口でそんな事を‼︎」
「冷静にミアの奴を見てみろ」
そう告げるレイは取り乱す私とシドにミアの方を見るように促してくる。
言われた通りに私達はミアの方へと視線を向けるとある事に気がついた。
それは、彼女が発動していた錬装が既に解除されているという事だ。
ミアはゆっくりと壁から地面へと力なく伏すレナの方に歩を進めながらこう告げる。
「もうわかったろ、終わりだ」
「…………」
冷たく、地面に伏すレナに告げるミア。
それは、周りの観客達から見ても勝敗は明らかだった。あれだけ血だらけで身体にダメージを受けていれば再起はできない。
どう頑張っても、ここからレナの逆転は難しいだろう。それが会場に来ていた皆が思っていた事だ。
だが、地べたを這いずるようにもがくレナはミアを見上げながら口を開きこう告げ始めた。
「……まだ……勝負は……」
「もう着いたろ、お前の……」
「……嫌だっ‼︎」
そう言いながら、ミアの言葉を遮るレナ。
別に負けを宣言するのは簡単だ。だけど、今回は譲れないものがある。
自分で決めた復讐をここで終わらす事なんてできない、自分は必ず決勝でクロース・キネスという者と対峙しなくてはいけない。
その使命感が彼女の身体を突き動かしていた。
ミアはそんなレナの真っ直ぐな瞳を見つめる。正直、ミアはここで、無理矢理レナを気絶させて勝負を終わらせる事もできた。
しかし、彼女は何を思ったのか、笑みを浮かべながらレナにこう告げはじめる。
「まぁ、私が言っても、お前は納得しないんだろうなとは思っていたよ」
「……うっ……ぐっ……」
呆れたようにため息を吐いたミアはレナの目の前にあるものを投げる。
それは、ミアが身につけていた綺麗なサファイアのついた指輪だった。
いきなりの出来事に目を丸くするレナ、するとミアは笑みを浮かべながら彼女にこう告げはじめる。
「なら、決勝でお前自身の決着をつけてこい。……まあ、その体たらくでどこまでやれるかわからねーがな
そいつは餞別だ。取っとけ」
そう言うと、その場から踵を返すミア。
どういうつもりなのか、観客達も私達にも彼女が取った行動が理解できずに首を傾げていた。何故、わざわざ瀕死の相手に自分の付けていた指輪を外し投げ渡したのか。
だが、ミアはそんな私達の方を見渡しながら、次の瞬間、信じられないような言葉を発した。
「この試合、私は棄権するッ。勝者はそこにいる死にかけの馬鹿だ!」
「……なっ⁉︎」
「何ィィィィ‼︎」
突然のミアの宣言に思わず声を張り上げるレイ。
このままもう一撃でも殴れば、間違いなくミアの勝利であったにも関わらずそれを敢えて捨てて勝利自体をレナに譲るという前代未聞の行為。
だが、ミアはそれでも勝利を捨てる事を選択してみせた。
そのミアの宣言を聞いた会場にはどよめきが広がりはじめていた。




