疾風怒涛
風を纏う脚を振るい、ミアに連撃を浴びせるレナ。
だが、ミアはそれを一歩もその場から動かず、出現させた水の八頭の大蛇に処理させるように防いでいた。
ミアの周りにはさらに高水圧の水の防壁まであるため、レナの攻撃が仮に通過してきたとしても身体に触れる事はない。
「厄介ですね、その水の壁」
「そりゃそうさ、私の自慢の技だしな」
鼻で笑うように攻撃を仕掛けてくるレナにそう告げるミア。
風を使っての連撃をこのまま繰り出し続けても目に見えて状況が好転しないのは明らかだ。
それじゃどうするべきなのか、攻撃の仕方を変えるしかない。
「じゃあ、僕はそれを破らせてもらおうかッ!」
そう告げるレナは何を思ったのか、ミアに向かって駆けた。
ミアの周りには水の防壁、そして、八頭の水の大蛇がそばに居る。ただ、突っ込めば返り討ちに遭うのは目に見えて明らかだ。
だが、それでもミアは敢えて突っ込むことを選択した。
「……疾風螺旋双脚!」
それは、足に装着したバレッタから発動する風を全身に纏い発動する技。
自らの身体を回転させ、加速することで更なる攻撃力をバレッタに加えることができる。
螺旋状に回転しながら繰り出す飛び蹴りは、まさしく、ドリルのような突破力を発揮する。
「ミアの出した水の大蛇の攻撃が弾かれてるッ!」
「水を弾き飛ばす為に風を加えて更に威力を上げたのか、考えたな」
水の大蛇の頭が弾き飛ばされている光景を前に私とレイはそれぞれ声を上げる。
あれではレナの攻撃は止まらないだろう、そして、ミアが作り出した高水圧の壁に疾風を身に纏った飛び蹴りが接触する。
だが、その水の壁にレナが接触した途端、ミアの表情が変わった。
「チッ!」
すぐにそれが破られるであろうことを察したミアはその場から身を退け、水の壁の外へと逃れた。
だが、それを目で追いかけていたレナはその追撃をやめようとはせず、水の壁を簡単にぶち破るとミアを追いかけるように再び、疾風螺旋双脚を繰り出した。
「怖気づきましたか! アドルフォ・ミア!」
「言うじゃねぇか! クソ女!」
その瞬間、ミアはまるでカウンターを合わせるかのように自分のバレッタの拳を飛んできた飛び蹴りに合わせて放つ。
ガツンッという鈍い音と同時にミアと拳とレナの飛び蹴りの間に大きな火花が散る。
だが、やはり、疾風を纏っているレナの蹴りの方が威力が高く、ミアの腕からは風で切られたように切り傷ができていく。
すると、拳を飛び蹴りに叩きつけたミアは声高に錬金術を発動した。
「水撃烈衝!」
「何ッ!」
その瞬間、パァンっと何か弾ける音と共にレナの身体が後方へと吹き飛ばされる。
だが、空中で体勢を整えた彼女は地面に手をつくと、素早く受け身を取って何事もなかったように着地する。
そして、ミアは頬から血を流しながらも自分の手首を軽く確認するように開いたり閉じたりしながら真っ直ぐにレナを見つめた。
「なかなかの威力だったぜ、チビ女。いやはや、流石に錬金術を使った蹴りってなるとなかなかきやがる」
「……チビっ……! 僕はチビじゃ……!」
「なんだよ、でけーのは胸だけじゃねーか。間違ってねぇだろ」
そう言いながら、煽るようにレナに告げるミア。
いや、確かにレナは身長はどちらかというと小さい方だし、胸も大きいとは思ってはいたが、挑発する為にわざわざそんな風に煽らずとも良いんじゃないかな。
すると、ミアから挑発されたレナは顔を引きつらせながら、脚を構える。
「絶対地面に這いつくばせてやるよ、あんた!」
「そうこなくちゃな、面白くねぇ」
レナは地面を蹴り上げ、再び、ミアとの間合いを詰める。
連発するように鋭い蹴りを何発も放つが、ミアはそれを見極めながら、蹴りに合わせてカウンターを振るう。
拳が自分の目前に迫る中、更にレナも脚でそれを弾き飛ばし、回し蹴りで返す。
「おっと!」
「チッ!」
だが、ミアは身体を反るようにしてそれを軽く避けると間合いを取るようにバク転し、レナと距離を取った。
接近戦では互いに一進一退の攻防。
すると、距離を取ったミアに向かって、レナは右脚を向けるとすかさず追撃のために錬金術を発動させた。
「爆風の高速斬撃波!」
「ぐっ!」
凄まじい突風と切り刻むような斬撃がミアの身体に襲い掛かってくる。
だが、ミアも黙ってそれを受けるつもりはない、すかさず、地面に向かい拳を振るうと、それを遮断する様に水の壁がレナの前に立ち塞がった。
思わず表情を曇らせるレナ、だが、もちろん、ミアはそれだけでは終わらない。
「……反射水弾!」
「……⁉︎」
水の壁から高速の水の弾丸がレナに向かって飛来する。
すかさず、風のバレッタを使ってそれらを避けながら回避するレナ。
そして、水の弾丸が地面や壁にめり込み炸裂する様子を見て思わず冷や汗を流す。たかだか水の弾丸だと思っていたが、予想を超えた威力だ。
「超高速で放たれた水ってのは、切る、削る、砕くなんて当たり前の様にできるんだぜ、今更驚く事でもねーだろ」
「……油断して当たってたら、大怪我じゃ済みませんね」
「あたりめーだ、そんなつまらねぇ事言う暇があるならとっととかかってきなよ」
そう言いながら、欠伸をしてレナを挑発するミア。
いかにもつまらない試合だと言わんばかりの挑発、だが、試合の流れから見てもどちらかというと押しているのはミアの方だ。
レナは思わず拳を握りしめる。出し惜しみして勝てる様な相手じゃない事は鼻からわかっていた事だ。
「……じゃあ、貴女を本気にさせてあげますよ」
「あん?」
「退屈なんでしょう? 僕との試合が、なら、面白くしてあげると言ったんです」
次の瞬間、ゴゥッという音と共に凄まじい風がレナの身体を中心に渦巻いていく。
そして、脚に装着していたバレッタが形を変えていくのが遠目で見てもわかった。まるで、レナの太腿をカバーしていく様に展開している。
風はまるで意思を持った様に形を変えて、レナの周りに竜巻を巻き起こし、巨大な3頭の鷲と成った。
「嵐装、嵐鷲の死の行進」
「へぇ……、それがあんたの錬装かい」
興味深そうに笑みを浮かべるミア。
錬装は錬金術師にとっては奥の手、その奥の手をこのタイミングでレナが出してくるとは私も思っていなかった。
だが、ミアはそれでも余裕のある笑みを浮かべながらそれを眺めていた。
「まあ、退屈しないってんなら見せてもらおうかね?
戦場にも出た事がないおチビさんがどこまでやれるのかってのをさ」
「……ッ! 性懲りもなくまたチビとッ!」
「おっと!」
嵐装で出現した鷲がミアに襲い掛かってくるが、ミアはそれを難なく避ける。
だが、油断していたミアはその鷲にどんな威力があるのかまでは把握ができていなかった。
その鷲を軽々と避けたミアはその鷲が地面に直撃した瞬間に直感的に嫌な予感が頭を過り、咄嗟に拳を交差させ防御の体勢を取る。
地面に直撃した嵐の鷲は一気に爆発し、同時に地面から巻き起こるように竜巻が出現する。
そして、それと同時に辺りのあらゆるものを吹き飛ばすような暴風がミアの身体に襲い掛かってきた。
「……ぐぅ‼︎」
ミアの身体が軽々と宙に舞い、身体には至る所に大きな切り傷のようなものができていた。
そして、ミアはそのまま凄まじい勢いで風圧と共に会場の壁に叩きつけられた。
ガードはしっかりとして攻撃自体は防いでいる。だが、そのガードの上からでもお構いなしに凄まじい風圧が何度も連続で襲い掛かってくるのだ。
「……こりゃ確かに、すげぇ錬装だ」
たった一頭の巨大な鷲でこの威力の暴風。
その鷲が後ニ頭もレナの周りに控えている。そして、レナ自身もまだ本格的な攻撃を仕掛けてきてはいない。
ミアが出した水で出来た八頭の大蛇はあっという間に跡形もなく暴風によって消し飛ばされてしまった。
ミアは冷静に今の状況を整理しながら、これからどう立ち回るのかを考えていた。
観客席に居たシドはレナの錬装を見て、思わず目を見開く。
「凄い威力だな、あれがレナの錬装か……」
「あぁ……、正直、私も驚いてるよ。あんなものを連続で浴びせられたらひとたまりもない」
「下手をすれば細切れになるだろうな」
ただの暴風というだけというわけではない、暴風の中ではいくつもの風の刃も襲い掛かってくる。
現にガードしているミアの身体にはザックリと刃物で斬られたような傷がいくつも身体にできていた。
あのままだと、そのうち大きく身体が切り裂かれ、多量の出血で試合が続行出来なくなってしまうだろう。
「ここから、ミアがどう立て直すか」
「あぁ」
レイの言葉に私も静かに頷く、そう、その状況をミアがわかっていないはずがない。
そうなると、彼女が動き出すのも時間の問題だろう。きっと、防御をしながらひたすら今、どうやって現状を打破するか思考を巡らせているはずだ。
私達は荒れ狂う暴風が舞う会場を見つめながら、静かにその瞬間を見守っていた。




