乱入
そこに居たのは青い下着姿に紫色のネグリジェを身につけているミアの姿だった。
今の彼女の綺麗な身体を普通の男性が見れば悩殺されてしまう事は間違いないだろう。スラっとした美しい肢体に強調された胸元は凶暴という他なかった。
そんな彼女はワインを片手にテーブル席に座り、私が来るまで一人で晩酌を楽しんでいたようだ。
「ほら、とりあえず座れよ。シェフが部屋に料理持って来てくれるみたいだしな」
「う、うん……」
顔を赤くしている私はワザとミアから視線を逸らしながら頷き答える。
いや、どこに視線を向けたら良いか戸惑っていた。ミアの綺麗な身体をマジマジと見つめれる程、私には度胸は無い。
本来ならなんでそんな格好なんだと突っ込むところなんだけども、自然に振る舞うミアの姿にその気は全く失せてしまった。
しかし、私はともかくとして、ミアの部屋へ料理をわざわざ運搬する人は大変だろうな、こんな格好で出てこられたらびっくりするだろうしね。
「あのさ……ミア、なんでネグリジェなんだい?」
「そりゃお前、そういうつもりでお前を呼んだからに決まってるだろう? それとも今すぐやるか?」
「あ、う、……い、いや、まずは食事をしようよ、ね?」
私は思わず慌てて身を乗り出そうとしてくるミアを静止させるようにそう告げる。
なんでそうなる、決断が早すぎるだろう。
食事を取るか、さっさとそういう事をするのかという二択しか無いのか、とりあえずネグリジェの上から何か羽織って欲しい、目のやり場に困る。
元同僚が肉食系すぎるんだが、まあ、シドも似たようなものだけどね、けど、あちらは私のことを考えてくれてるだけまだ可愛げがある。
私が押しに弱いのがそもそも悪いんだけども。
しばらくすると、従業員が料理を持って来てくれた。案の定、ミアの姿を二度見している。
「あん? なんだよ」
「い、いえ、ごゆっくりどうぞ」
誰だってそうなるよね、私も目を疑ったもの。
原因はお前だよと言いたかったけど、ミアに突っ込んだらめんどくさそうだからやめておいた。
それから、テーブルに置かれた食事を二人でとりながらミアは私にこんな話をしてくる。
「んで? お前の妹、レナだっけか?」
「ん……? あぁ、そうだよ」
「わざわざ帝国にいる訳を聞こうじゃないか? なんで共和国の人間が帝国の軍人なんかになってんだ? ん?」
ミアはワインを呷りながら、首を傾げて私にそう問いかけてくる。
話すかどうか迷ったが、私は仕方ないといった具合にため息を吐くと、なぜ、レナが帝国のエンパイア・アンセムになったのかその経緯についてミアに詳しく話すことにした。
戦争での出来事、そして、ナタリーと呼ばれた錬金術師との出会い、私との複雑な経緯など、簡単にではあるが出来るだけミアにわかりやすく伝えた。
ミアは暫し考え込んだ後、深いため息を吐くと私にこう告げてくる。
「そりゃ、お前の妹がガキすぎるな、戦争で大事な人を失うなんざ当たり前の話だろ?
それをお前のせいにするなんて都合が良すぎるな、少なからずお前も私も大事な仲間を失ったし、その遺恨を引き摺るのは筋違いってもんだぜ?」
「それは……。そうだけど」
「甘いなぁ、キネ、これは普通、妹に対してお前が言うべき事なんじゃねーのか?」
そう言いながら、ミアは呆れたようにため息を吐くと肩を竦める。
言ってる事はもっともだし、実際、私もそう思う部分がある。だが、私にも落ち度はあるのだ。
レナが生きているかどうかの生存を確認するように動いて身柄を引き取れば良かったし、もっと早く対面する機会を自ら動いて作り出していればよかったと思う。
「わかってるんだ……。だけど、レナの事をもっと考えるべきだったって自分でも反省する部分があるんだよ、だから……」
「だから言えねぇってか? ……はぁ、だから今回、私の無茶振りにも乗ったのかよ?」
「ははは……。自覚はあったんだ」
ミアの言葉に私は苦笑いを浮かべながらそう答える。
というかミア自身、無茶振りっていう自覚はあったんだ、私なんて迫られてあたふたしていたというのに。
とはいえ、私はレナを救うためならそのことに関してはどんな条件であれ飲むつもりであった。
レナには悪いが、多分、力量や経験から見ても明らかにミアの方が上だという事は試合を通しで全て見た上でそう感じてしまった。
シドはワインを片手に笑みを浮かべ、可愛らしい八重歯を見せながら私にこう告げてくる。
「それで? お前はどうすんだ?」
「どうするって……」
「無茶振りとはいえ引き受けたんだ、覚悟はしてきたんだろう?」
そう言いながら、席から立ったミアは私の側に寄ってくると顔をグイッと近づけてくる。
綺麗な青い髪が窓から差し込む月に照らされ、彼女の色気を漂わせる姿をより引き立たせていた。
彼女は私の顎を手で掴むと、ジッと目を見つめてくる。
「悪いが、条件を呑んだ以上お前は今、私の物だ……」
「……恋人ではあるが、君の物になったつもりはないよ」
「一緒の事だろうがよ。……私は独占欲が強い女なもんでね」
そう言いながら、椅子に座る私の上に対面するように腰掛けてくるミア。
あぁ、いよいよこれはやられるのか、と私は半ば諦めかけていた。雰囲気ももう食事というよりはそんな感じになってしまっていたからね。
私の唇にスッと顔を近づけてこようとするミアの姿を見つめていた私はゆっくりと目蓋を閉じる。
そして、いよいよ、唇と唇が触れ合おうかとしたその瞬間だった。
「……ッ! チィッ‼︎」
「……‼︎」
咄嗟に何かに勘付いたミアはその場からすぐに後方に飛ぶ。
そして、それと同時に激しい銃撃と共に部屋の窓ガラスがバリンッ! という音を立てて打ち破られ、ある人物が銃を引っさげて私達の前に現れた。
窓ガラスを突き抜け、撃ち込まれたであろう銃弾は部屋のベットを穴だらけにしてしまっている。
いやいや、ここ30階なんだけども、どうやって窓からやってきたんだ。
ラデンが言っていた良い考えというのはもしや、これのことだったのか。
「テメェ……ミアぁ! 覚悟はできてんだろうなぁ! お前!」
「……あーあ、せっかく良い雰囲気だったのに台無しじゃねぇかよ」
見慣れた赤い髪に聞き覚えのある声を聞いて、私はその人物が誰なのかすぐに悟った。
鬼の形相で銃を容赦なくミアに対して向けているこの女性は本来ならシュヴァインブルグにある私の店にいるはずだからだ。
いつの間にバイエホルンまで来ていたのか、皆目検討もつかないが、ラデンが何かしらの手段を使って呼んだのだろう。
「キネに手ェ出して、テメェただで済むと思うなよ?」
「おうおう、怖い怖い。私の恋人の前で随分なこと言うじゃねぇか、シド」
そう、特徴的な真っ赤な髪にその声の主は間違いなくこのミアに会わせてはいけないであろう人物。
シド・カナロアの姿がその場にあった。
そして、見ての通りの状況である。
シドが言う今回の殺すという言葉は混じりっ気もなく本当に殺すつもりで言い放ったのだなと私はすぐに理解した。
そして、睨み合う二人は互いに殺意を包み隠そうとしない、
最悪な事態にこればかりは私も頭を抱える事しかできなかった。




