頼み
私は試合を終えたミアが会場から出てくるのを静かに待っていた。
私がレナの兄……、いや、姉として今できる事と言えば、出来るだけ彼女が無事でこのサクセサー・デュエルという戦いを終える事ができるようサポートしてあげる事だ。
しばらくすると、見慣れた青く綺麗な髪を揺らしながら会場から出てくるミアの姿が見えた。
私はすかさず、彼女の前に立ち塞がるようにして真っ直ぐに見据える。
「何も殺す必要なんてなかっただろ」
「はん、何かと思えば……」
「彼はあくまで代理人として使命を果たそうとしただけだ! なんで殺す必要があった!」
私は迫るようにミアにそう問いかける。
ローエンという執事は軍を辞めて執事として、アルフィズ家に仕えていたに過ぎない。
きっと理由はどうあれ、軍人から足を洗い、彼は彼なりに人の為に自分の人生を費やそうと足掻いていた人間だ。
ミアは容赦なくそれを奪った、彼の命と共に。
だが、先程まで飄々としていたミアは私のこの言葉に対して大きなため息を吐くとゆっくりとこう述べ始める。
「はぁ……。軍を抜けてから随分と甘っちょろくなったもんだなぁ、え? キネ」
「……なんだって?」
「甘っちょろくなったっつったんだよ」
ミアはそう告げると、先程とは一変して氷のように冷たい眼差しを私に向ける。
その目は寒気がするほどに吸い込まれそうな瞳だった。それは、かつて私も戦場でしていた事がある深く黒い眼差しだ。
ツカツカと間合いを詰めるようにして歩いて来たミアは私の襟元を掴み上げると頭を突き合わせるようにしながら話をし始めた。
「ぬるいこと言ってんじゃねーぞ。
あそこはな、いわば小さな戦場だ。戦場である以上は命のやり取りをするのは当たり前の話だ、決闘って言ってる以上はな」
「それは……」
「私は奴の『決意』を評して殺してやったんだ。
選択肢を与えた上で奴はそれを選んだ、だから殺したに過ぎねぇし、私は戦場で敵とみなした奴には容赦はしねー、どんな奴だろうがな……」
そう告げるミアに私は何も言い返す言葉が思いつかなかった。
確かに決闘と言っている以上は生死に関しても当たり前のように左右されて当然だし、ミアが言うように戦場で敵を前に油断や甘えが生じればそれは自分の死にも繋がる。
軍人らしい考え方だし、実際、そうすることで味方も守ることがある事も事実だ。
「……ミア、だけど私は」
「キネ……。お前は優しすぎんだよ、私もレイもシドもそうだが場合によっては人を殺す『覚悟』ってやつが出来てる。
確かに相手はもう軍人じゃないかもしれねーが、それでも私と敵対する以上は殺す事だってある、それが私だからな」
そう言って、私の襟からゆっくりと手を離すミア。
だが、だからといってこのまま彼女を帰すわけにはいかない、そうすればきっとレナも次の試合でもしかしたら殺されてしまうかもしれないからだ。
私は縋るような思いで、ミアに震えた声でこう話し始める。
「……次の君の試合」
「あん?」
「次、君が戦う相手は……私の……妹なんだ」
私は絞り出すような声で、ミアにそう告げた。
だが、一方でミアはそんな言葉に対して、冷めたような眼差しを私に向けてくる。
そして、彼女は私に突き放すような口調でこう告げた。
「へー……。でも関係ないね、むしろそれならやりごたえがありそうだな。
もしかしたら、今日みたいに死ぬかもしれねーがそりゃ戦場に出てきたお前の妹の責任だ」
「……そんな」
「当たり前だろう、帝国軍人なんだろ? 尚更、私は容赦するつもりは無いね」
ミアは左右に首を振りながら笑みを浮かべ、そう言い切ってしまった。
言動からして、それは本気だろう。きっとミアはレナに対して慈悲をかけるなんて事は微塵もない。むしろ、今日のように殺してしまってもやもなし程にしか考えてないだろう。
だが、このままではせっかく生きているとわかったレナが殺されてしまうかもしれない。
私は眼に涙を浮かべながら、ミアの肩を掴み訴えかけるようにこう告げる。
「な、なんでもする! なんでもするからっ! お願いだから私の妹は……!」
「へぇ……なんでもね」
「そうだ、私にできる事ならなんだってする! だからレナの命だけは奪わないで欲しいっ! お願いだっ!」
みっともないだろうが、私にできる事と言えばこのくらいだ。
縋り付くように頭を下げて、何度も何度もミアにお願いするしかない、私の妹の命を奪うまではしないで欲しいと。
私にはそれくらいしか出来ないが、少なくとも命を助けてあげる事くらいはできるはずだ。
「なら、そうだな。共和国軍に戻れ……と言いたいところだが、それじゃ面白くねぇしなぁ」
「……何が望みなんだ」
意地悪な笑みを浮かべながら、私の身体をじっくりと見つめてくる。
てっきり、軍に戻る事を強制させられるかと思ったんだけど、違うのか。
その覚悟も固めているつもりだったが、ミアには別の考えがあるようだった。
一体何を考えているのか、私にもわからないが変なことを考えているのはなんとなくわかる。
すると、ミアは思いついたように間合いを詰めて顔を私に近づけると耳元で囁くようにこう告げてくる。
「……じゃあ、私の恋人になれ、キネ」
「は?」
私はミアの言葉に間の抜けた言葉を溢すしかなかった。




