決着
駆け出したローエンを迎え撃たんとするミア。
地面に叩きつけたバレッタからは大量の水が吹き出し、ローエンに向かって押し寄せてくる。
だが、ローエンはそれでも足を止める気配がなかった。
「貴様の水如きでやられはせんわ!」
「へぇ、水如き……ね」
すると、ミアはニヤリと笑みを浮かべ構えた拳をさらにもう一撃地面に叩きつける。
叩きつけた地面から一気に溢れ出すように飛び出た水は防御壁のようにミアの周りを取り囲み始め、そして、その形状はどんどんと変化していく。
戦況を見つめていた観客達もこの光景には目を見開いて驚いていた。
そして、ミアが錬金術で出した水は次第にその形をあらわにした。
「な、なんだとッ‼︎」
出てきたのは水で出来た巨大な鮫だ。
しかもその大きさは体長18mもする巨大な身体である。それを目の当たりにするローエンもそのサメの出現に思わず不気味さを感じる。
そして、気がつけば、彼がミラージュで出現させた分身達は水で出来た子鮫達が喉元を掻っ切るように次々と倒している。
「……わ、私の分身が⁉︎」
「まあ、そういう訳だ。今、降参すれば死なずに済むぜ?」
「ふざけた事を! 誰が貴様に降参などするかっ!」
そう言い切ったローエンは剣を構えて水の防御壁に護られているミアに突進していく。
だが、対面しているミアは既にローエンに対して興味が失せたような眼差しを向けていた。
それは、ローエンにはこれ以上は恐らくない何も無いだろうという確信を得ているからだ。
それなのに、今の状況が見えず、命を捨てるような突進を仕掛けるのは愚者がやる事。
「はぁ……。殺れ、ひと思いにバックリな」
「グルルォル」
水で形成された巨大な鮫は真っ直ぐに突進してくるローエンに狙いを定める。
もはや、ミアは腕を頭に組んだまま欠伸までしていた。
そして、剣を構えたローエンは次の瞬間、ミアに飛びかかるようにそれを力一杯に振り下ろさんとする。
「死ねい!」
振り下ろされた剣はミアに向かっていくが、防御壁がある以上、それが通らない事は側から見れば明らかだ。
だが、あの気迫があれば、もしかすると破れるかもしれない。
そんな淡い期待を観客達もローエンも抱いでいた。
だが、現実というのは残酷である。それよりも早く、彼の身体は……。
「……がっ!」
下半身が消えるように無くなってしまっていた。
いや、無くなったというよりも切り裂かれたと表現すべきだろうか? ミアが出現させた水の巨大な鮫により、ローエンの体半分が一瞬にして喰いちぎられてしまっていた。
そして、次にミアを取り囲む水の防御壁の中から、小さな鮫がわんさか出現し、ローエンの残った上半身を食いちぎるように次々と喰らい付いていく。
先程まで、透き通っていたミアの防御壁の水が真っ赤に染まっていく。
そして、しばらくして、先程までミアと戦っていたローエンという男は跡形もなくこの世から消え去ってしまった。
「だから言ったんだ。降参すれば命は助けてやるとな。
死を選んだのはお前だぞ、リドリー・ローエン」
会場からはあちらこちらから悲鳴が上がるが、ミアは跡形も無くなったローエンに向けて冷静な口調でそう告げる。
だが、その声はローエンにはもう聞こえてないだろう。
しばらく回遊する様に動き回っていた水の巨大鮫は姿を消し、そして、ミアは自分の錬金術を解いた。
「終わりだ。私の勝ちだな?
いやぁ、腕の一本や二本って思ってたが身体ごと無くなっちまうとはね、ちとやりすぎた」
つまらなさそうに会場を見渡しながら肩を竦めつつ独り言のようにとそう呟くミア。
そして、彼女はアナウンスが勝者を述べる前に踵を返すと、早々に会場から立ち去っていく。
会場にはただ、ズタズタに切り裂かれたローエンの服だけが取り残されていた。
あまりの残虐な光景に会場の観客達もシンっと静まりかえってしまっている。
「わ、私のローエンが……」
「なんてこと……」
確かにサクセサー・デュエルでは生死を問わないがそれにしてもあまりにも衝撃的すぎる。
これにはドルフ・アルフィスも絶望したようにその場で地面に膝を突き、隣で見ていたクライス・アルフィスも言葉を失ってしまっていた。
人があんなにあっさりと殺されてしまう。
これには、ミアの戦いを見つめていた私やラデンもなんと言えば良いのかわからなかった。
確かにミアは強い、強いが、これはあまりにもやりすぎではないかとも思う。
そして、この次、ミアと戦うのは私の妹であるレナだ。
もし、次もローエンのように跡形もなくミアからレナが殺されてしまうと考えただけで、私は不安で仕方なかった。
「……キネ」
「あぁ、わかってるよ」
不安げな表情を浮かべている私を心配そうに見つめてくるシルフィア。
どうにかしないと、何かあってからだと遅い、確かに私はレナから憎まれてはいるだろうとは思う。だけど彼女のことは家族として大切に思っている。
だから、こんなものをミアから見せつけられて黙っているわけにもいかない。
なんとかして、話をつけないといけないなと思った。
「私から後でミアに話をしてみる」
「……! キネさんっ」
「わかってるよ、あいつが素直に聞いてくれるかどうかはわからない。
だけど……レナがあんな風に殺されるところなんて私は見たくないんだ」
私に考え直すように進言しようとしたラデンはその言葉を聞いて静かに黙る。
これは、私の償いでもあるんだ。戦争でたくさん人を殺しておいて人の為に家を作る前に清算しなければならない罪を清算出来ていなかった私への罰。
その事は充分に理解しているし、私はこれから、それと向き合う『覚悟』も決めているつもりだ。
その為ならアドルフォ・ミアという錬金術師と刺し違える事だってきっと厭わない。




