三戦目
サクセサー・デュエル第三回戦。
ドルフ・アルフィズの執事、リドリー・ローエンと共和国が誇るイージス・ハンドの一人、アドルフォ・ミアとの試合。
元暗殺部隊を率いていた実績のあるローエンは普通に考えれば強敵だろう。
だが、対峙するのは共和国の中でも最強に近い錬金術師のミアだ。
「おい、おっさん。引き返すなら今のうちだぞ?」
「いやはや、お嬢さん。そうもいかないのですよなんせ私はドルフ様の執事ですからね」
「ほーん、まぁ、別に良いがね。
腕の一、二本くらい無くなるかもしれねーが、それは仕方ないと割り切って覚悟しておくこったな」
ミアは余裕のある笑みを浮かべながらローエンにそう告げる。
ミアは口ではああ言っているものの、別に相手を過小評価しているわけではない、側から見ても不遜な様に見える態度は敢えて敵から仕掛けさせる為のブラフだ。
ミアは取り出したナックルダスターを手につけはじめる。
あれが、ミアのバレッタ、拳につけるタイプだ。ナックルダスターの先端にメモリアが仕込んであり、ラデンと同じように装填しなくとも発動できる。
もちろん、メモリアをさらに加えれば威力を増す事ができるし武器としてはかなり使い勝手が良いミアの特注品だ。
「あたしとタメ張れるのはシドとキネ、レイくらいだが、あんたはどうだろうね?」
「さあ、それは戦ってみないことには……」
「はっはー! なるほどなぁ……」
ローエンの言葉にミアは笑みを浮かべる。
ローエンの言う通り、戦ってみなければその強さを測ることはできない。
元暗殺部隊という肩書きがある彼の戦闘スタイルがまだ未知数ということもあり、普通なら無闇に仕掛けたくないところ。
そう、常人ならばそう考えるのが普通だ。
「第三回戦! ドルフ・アルフィズの代理……」
「しゃらくせぇ!」
「なっ!?」
アナウンスが読み上げる前に仕掛けたのはミアからだった。
しかしながら、ローエンはそれを予期していたかのようにすぐに身構えると身体を反転させて、ミアの攻撃を流すようにして回避する。
敢えてミアは奇襲を仕掛けることにした。それは、不意を突くためもあるが、こうした状況になった時にローエンがどう対応するのかを見定めるためだ。
「まどろっこしい戦闘開始の合図なんざ待ってられるかよっ! なぁ! おっさん!」
「はっはっは! 元気の良いお嬢さんだ!」
そこからはミアとローエンとのゼロ距離での乱打戦が始まった。
だが、凄いのは互いに一歩も引かず、全ての攻撃を捌き切っていることだろう。交わしきれない蹴りや拳がくれば威力を殺すようにして互いに受けきる。
一流の格闘戦というやつだ、目にも止まらぬ速さで飛び交うそれを戦闘開始から真っ先に繰り広げる両者の姿に会場のボルテージは上がっていく。
「ミアって女もとんでもないが……」
「あの爺さん何者だよ! バケモンじゃねーか!」
観客席から見ている客達もその異常な乱打戦には度肝を抜かされるばかりだ。
高速の中でやり取りされるそれは、どちらかが気を抜けばすぐにでも致命的なダメージになりかねない。
だが、そんな攻防もずっと続くというわけではない。
「ぐぉ!」
「へっ!」
ミアの拳がガード越しから着実にローエンにダメージを与えていた。
かろうじて防いではいるが、ガードの上からでもミアの攻撃は身体に響く、通常なら筋肉量では男性の方が女性よりも勝っているものだが、ミアはその部分を圧倒的な戦闘センスと培った技術でカバーしている。
ローエンも並の兵士ではない、ミアの攻撃を読み切り、確実に返しているが、それでもミアの持つ全ての経験が上回っていた。
「おらっ! どうしたぁ!」
「ちぃ! 頭に乗るなよ小娘がっ!」
そう言って、ローエンは腰から剣を抜き、拳銃を構えると容赦なくミアに発砲する。
だが、ミアはそれをスルスルと難なく躱すと逆にローエンの側頭部に回し蹴りをお見舞いした。
ローエンの身体は吹き飛ばされるが、すぐに受け身をとると身構える。
「ハァ……ハァ……」
「おいおい、おっさん、息切らしてる上に口元血塗れじゃねーかよ? そんなんであたしとやれんのか? え?」
煽るようにして、不敵な笑みを浮かべるミア。
最初こそ、警戒はしていたが、もはや、力量は大体わかったとばかりに彼女は肩を竦める。
確かに、あれだけみればミアの方が圧倒的な技量がある。暗殺部隊を率いていたという肩書きがどんなものかと思いきや拍子抜けだと言わんばかりであった。
だが、ローエンは笑みを浮かべながらそんなミアに対してこう告げはじめる。
「それはもちろん……。甘く見過ぎでございますよ、私の実力を」
「へぇ、そうかい?」
「そうですとも。……では、見せてあげましょう!
本領という奴をねっ!」
そう言うと、ローエンは剣を構えたまま、拳銃をミアに向ける。
少しばかり、ローエンの纏う空気が先程よりも異なっている。そして、彼は足に力を入れて一気に加速するとそのままミアに突進しはじめる。
だが、ミアの馬鹿正直に真正面からはあまりにも自殺行為だ。
当然、ミアもその事を理解しているので突っ込んで来るローエンに向かい自分の拳を振り上げ迎え撃つ。
「……っ!」
だが、その瞬間、ミアは直感的に危機を感じた。
拳を振り上げて迎え撃とうとしたミアは、瞬間的に背後に向けてそれを振り下ろし、バレッタを使い地面に向けて錬金術を発動させた。
ミアを護るように地面から吹き上げるように水の壁が立ち塞がるが、先程まで真正面から切り掛かっていた筈のローエンが背後からもう一人現れ、ミアに斬りかかっていた。
幸いにも水の壁に弾き飛ばされたもう一人のローエンは距離を取るようにバク転し、一方で正面からミアに突進を仕掛けてきたローエンもすぐに距離を取るようにして離れる。
ミアは冷や汗を掻いたように笑みを浮かべるとゆっくりと口を開いた。
「そいつが奥の手ってヤツか……。正直焦ったぜ」
「まさか……、私のミラージュに反応するとは思いませんでしたね……ですが」
冷や汗を流すミアに笑みを浮かべたまま口を開くローエン。
すると、次の瞬間、ミアのいる真下の地面を破るように剣を持ったローエンが出現すると油断していたミアの肩を剣で貫いた。
これにはミアも思わず目を見開く、まさか、増えたと思ったらもう一人、しかも、地面から現れるなんて思いもしなかった。
「がぁああっ!」
「二人だけとは言ってませんがね、お嬢さん」
剣でミアの肩を貫いたローエンは笑みを浮かべながらそう告げる。
これには流石にミアも反応ができなかった。増える事にも気を取られていたし、何よりも、地面からの奇襲を想定していなかったからだ。
そして、ミアを貫いたローエンはそのまま串刺しにしたミアの身体を容赦なく蹴りで追撃し、吹き飛ばした。
三人に増えた彼はゆっくりと一つに集まると肩を竦めたままこう告げる。
「慢心は時にこういう結果になるものです。少しばかり勉強になりましたかな?」
まさかの展開に会場に戻っていた私も言葉を失った。
あのローエンが使うミラージュという技、錬金術の類か何かはわからないが、かなり未知数の技だ。
さっきまで、押していた筈のミアの戦況を一気にひっくり返してしまった。
どういう原理かわからないが、これは、もしかするとミアもかなり厳しい戦いになるんじゃないだろうか。
私は吹き飛ばされたミアの姿を見ながら、私は改めてそう感じた。




