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消せぬ傷

 


 レナの過去を聞いた私は驚愕した。


 それが本当であるなら、私はレナを悲しませた張本人という事になる。


 胸を締め付けるような罪悪感を感じた。


 戦争だから仕方ないと言えばその通りだ、だけど、私はレナの大切な人を奪ってしまった事には変わりはない。



「……わ、私が……。そんな……」

「君も覚えはあった筈だ、東部戦線での戦いを」



 そう告げるバルトヘルト陛下はポンと優しく私の肩を叩く。


 もちろん、覚えている。あの戦いは帝国の激しい攻撃をひたすら耐えなくてはならなかった。


 そんな最中、私は多くの帝国の錬金術師と戦闘を行い、必死に生き残る為に戦った。


 地獄のような絵図だった。私もあの時は生き残る事に必死で誰を殺したかなんてよく覚えてはいない。


 だが、確かにその中にオレンジの髪をした凄腕の錬金術師がいた事はうっすらと覚えている。互いに血塗れになりながら、それでも護るべき者の為に戦った。



「知らぬ間に……。レナに辛い思いをさせてしまっていたのか……」

「キネス……」

「いや、自業自得だな……。馬鹿だな私は、軍人になった以上、因果応報なんて覚悟していた事なのに」



 私は自嘲気味に笑みを溢しながら暗い表情を浮かべそう呟く。


 早く平和になって、いつか妹を迎えに行く、そんな幻想を抱いていたのは私だけだった。いや、そう言いつつも私はレナと向き合う事を恐れて逃げていたに過ぎない。


 だからこそ、今、向き合う機会ができたのだ。


 きっとこれは私に対する試練だ。妹と向き合って、軍人として戦った自分との過去を清算しなくてはいけない。



「ありがとう、バルトヘルト陛下。お時間を頂き感謝します」

「お安い御用さ、好きな人には尽くしたい。当然の欲求だろう? 私はそれを満たしたに過ぎないさ」



 そう告げるバルトヘルト陛下は私に軽くウインクし笑みを溢す。


 そう言って貰えると嬉しい限りだね、ちょっとその気持ちを利用したという点で罪悪感というのを多少なり感じていたから助かる。


 後は妹のレナとどう和解するかだな、やはり、戦いを通じて伝えなくちゃいけないかもしれない。



「では、私はこれで……」

「あぁ、また何かあれば喜んで力になるよキネス」



 私は軽くバルトヘルト陛下に頭を下げると踵を返してその場から立ち去る。


 今までわからなかったレナが抱えていた生い立ちと私を恨む理由、今回、そのことが聞けただけでもかなりの収穫があったと言っていい。


 私も腹を括らないといけないかもしれないな。


 これは、家族の問題だ。だからこそ、レナには軍をできれば辞めてもらいたい。


 私は肉親が死ぬのはもう見たくないし、身近な誰かを失う悲しみをレナには背負って欲しくは無い。


 改めて、覚悟が固まった。私は絶対、この勝ち抜き戦で決勝まで残り優勝してみせる。例え、相手がレナであっても、私は手加減せずに対峙しようと心に決めた。




 ーーーーーーーーー




 試合が終わり、小休止に公園のベンチで寝ていたレナはふと目を開けた。


 あの後、兄、いや、今は姉になったキネスと対面し、改めてナタリーの事を思い出したレナの心の底からはどうしようもない怒りが湧いてきた。


 それに、キネスは自分が知っている尊敬していた兄でなく義手を付けて、左眼に眼帯を付けた見知らぬ女になっていた。


 再会した時に湧いて出てきたのは懐かしさよりも怒りだ。


 もはや兄でもないあの人物に自分はナタリーを殺された怒りしか湧かなかった。



「……随分と懐かしい夢を見ちゃったな」



 それは、ナタリーとの思い出だった。


 エンポリオ家の事とナタリーとの思い出だけが今のレナの全てだ。


 復讐は何も生まないと何も知らない奴は言うだろう。だが、そうではない、復讐を誓うのはそういう事を求めているわけではないのだ。


 それに、復讐などしても憎しみの連鎖は止まらないなどという事は二の次。


 復讐というのはいわば、自分の人生における区切りであるとレナはそう思っていた。


 自分の精神が成長するのに必要な事、自分の人生を納得して歩む為にはその復讐というものが壁になっているのだ。


 だからこそ、同じ親から産まれたキネスを殺す殺さないにしてもこれにはちゃんとした決着を付けなくてはいけない。


 レナは懐から一枚の写真を取り出し、静かに見つめる。



「……ナタリー、この決着は必ずつけるよ」



 そこには、幼き日のレナとナタリーが二人並んで写っている写真があった。


 決別した兄妹として、必ずキネスには報いを受けてもらう。


 その為に皇帝に頼み、わざわざこの大会にレナは名乗りを上げたのだ。


 すると、その写真を見つめているレナの元に白銀の髪をした少女が後ろから声をかける。



「マルタ、ここに居たのですか」

「……ラデン先輩ですか」



 レナは名前を呼ばれ、取り出していた写真を素早く懐に仕舞う。


 そこまで深い仲というわけではないが、一応、同じエンパイア・アンセムのラデンとはレナは面識がある。


 とはいえ、いつも仮面を着けていたのでレナの素顔を目の当たりにしたのはラデンも初めての事ではあった。


 ラデンが背後からレナに声を掛けた目的は、もちろん、キネスとの事である。



「貴女、キネさんの妹で……」

「僕はもう、あれを兄とは思っていませんがね。あの人の話をするなら僕は聞くつもりはないですよ」



 そう言いながらベンチから立ち上がるレナ。


 その言葉にラデンもそれ以上は何も聞く事ができないなとすぐに察した。


 根本的にレナは純粋なのか、最早、今のキネスに対しては憎しみしか抱いていないようなそんな雰囲気だ。


 自分の事を避けてこうなる前に姿を見せなかったキネスには失望しかしていない、レナにはそれ以上でもそれ以下でもなかった。



「お見苦しい試合を見せてしまいましたね。……次はもっとちゃんとした試合を見せますよ」

「おい、マルタ!」

「あの人の側にいる貴女と今は言葉を交わす気にはなれません。それでは」



 厳しい視線を向けて、そそくさとラデンの前から立ち去っていくレナ。


 呼び止めようと後を追うラデンだったが、レナの周りに突風が吹き荒れる。


 ラデンは思わずその突風に目を瞑るが、突風が吹き止み目を開いた瞬間には彼女の姿は綺麗に消えていた。


 ラデンは頭を押さえたまま、大きなため息を吐く。


 物事というのは何事も上手くいかないものだ。


 レナとキネスとの複雑な家族関係を目の当たりにして、改めてそう思わざる得なかった。


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