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クロース・レナ

 





 クロース・レナはクロース家の次女として生まれた。


 レナは幸いにも恵まれた家庭で育てられる事になった。


 両親は非常に面倒見が良く、時に厳しく、そして、優しくレナに対して愛情を注いで育ててくれた。


 長男のキネスとの仲も非常に良好で彼女はいつも兄の後ろをついて回る明るい女の子であった。


 隣に住んでいるシドというキネスの幼馴染みからも可愛がられ、ずっとこんな幸せが続くと彼女は信じていた。


 だが、その日常は突如として崩れ去る事になる。



「レナを連れて逃げなさい!」

「早く行ってキネスッ!」



 帝国軍がレナの家族が住む街に攻めてきたのである。


 幸いにも、彼女の両親が機転を利かせてくれたおかげで彼女は裏口から姉と共に逃げ出す事に成功した。


 直後、彼女の家は爆撃を受け彼女達の両親は家が吹き飛び亡くなってしまう。


 その後、兄と共に必死に逃げていたレナであったが、倒壊した建物に遮られる形で戦場で離れ離れになってしまった。



「レナッ! 待ってろ! すぐにそっちに行く!」

「何をやっている! ここは危ない! 早く逃げるんだ!」

「妹がッ! 妹が向こうにいるんですッ! レナー!」

「もう無理だッ! 諦めなさいッ!」



 兄のキネスはレナを助けようと回り道をして彼女を助け出そうとしたが、同じように避難をしていた大人に見つかり、キネスは無理やり手を引かれ強制的にその場から連れて行かれた。


 取り残された妹のレナは目の前に広がる燃える建物に恐怖を抱きながら、その場で尻餅をついていた。


 向こうから兄の声は聞こえる。だが、その声は次第に自分から離れていくのがわかった。


 もしかして、自分は見捨てられたのではないか? その恐怖が戦火に巻き込まれた街で孤立した彼女を不安にさせた。



「お兄ちゃん! 助けて! お兄ちゃーん!」



 慌てて声を張り上げてはみるが、返ってきたのは静寂だけであった。


 燃え盛る建物を眺めながらレナは悟った。きっと兄は私を置いて大人達から連れて行かれてしまったのだと。


 そう考えるのは怖かったが、兄から返事がかえってこない現実を見ればそれは明らかな事だった。



「に、逃げないと……! このままじゃ僕……僕も……!」



 震える足に力を込めてレナはその場から立ち上がった。


 このままでは、両親のように自分も殺されてしまう。それだけは避けなくてはいけない。


 なんとしてもこの場から逃げなければ、自分はきっと帝国兵から殺されてしまうとレナは思った。


 街の裏路地を抜けて、なんとか身を隠しながら逃げようと試みたレナであったが、運命は時に残酷な現実を突きつけるものだ。



「おい、ここに女の子が居るぞ!」

「生存者か? あの攻撃の中で生きてやがったとはな」



 彼女の前に立ち塞がったのは銃を持った帝国の兵隊だった。


 彼女には兵士達から銃口が向けられた。きっともう、自分は殺されてしまうのだろうと彼女は素直にそう思った。


 だが、彼女の運命はここで一変する事となる。



「……やめろ、まだ子供ではないか」

「しかし、中佐、上からは皆殺しにせよと……」

「ダメだ、私が許可しない。彼女の身柄は私が預かろう」



 中佐と呼ばれる女性からレナは命を救われた。


 彼女の名はエンポリオ・ナタリー、当時、エンパイア・アンセムの一人としてこの街の攻撃に参加した錬金術師の一人である。


 別名『嵐の錬金術師』、レナの命をこの時救ってくれたのは奇しくも帝国の錬金術師であった。


 ナタリーは怖がるレナに優しく微笑みかけながらこう告げる。



「もう大丈夫だ、私と共に来い。暖かいシチューもある」

「中佐ぁ……困りますよ、デスドラド大佐になんと言えば」

「しらばっくれておけば良いさ、小さい命まで奪うような外道に私はなりたくないのでね」



 ナタリーは幼いレナを抱き抱えながら兵士達にそう告げた。


 確かに戦場では上官の命令は絶対である。だが、このナタリーという錬金術師は人として正しい生き方をしたいと常日頃から心がけていた。


 特に、未来ある若い子供の命を奪うなど、ナタリーには考えられない事だ。


 だからこそ、彼女はレナを助ける事にした。



「よし行こう、もう安心だぞ」



 レナを抱き抱えたナタリーは言い聞かせるように優しく微笑みながらそう告げた。


 肩までかかるくらいのオレンジ色の髪をした綺麗な女性の腕の中はレナには安心できるくらいにとても暖かった。


 それから、ナタリーと出会ったレナは帝国へと連れて行かれる事になった。


 エンポリオ家は代々、錬金術師を輩出している帝国内でも有数の名家だ。


 戦場から連れ帰られたレナはナタリーの配慮でその家の養子として迎え入れられた。


 ナタリーはレナを自分の娘のように可愛がったが、レナは共和国の人間、もちろん、帝国国内での風当たりは非常に強かった。



「テメェ、共和国の人間の癖になんでここに住んでんだよっ!」

「それは……!」

「敵国のスパイがッ! 早く死ねッ!」



 帝国の学校では毎日のように虐められた。


 敵国のスパイ、共和国の犬、戦火に巻き込まれて死ねばよかったのに。


 心ない子供達は残酷にもレナに毎日のようにそんな言葉を浴びせ、レナはいつも一人、部屋の寝室で涙を流していた。


 そんなレナを唯一支えてくれたのは、養子として迎えてくれたナタリーだけであった。


 慈しむように、彼女はいつもレナの側に寄り添ってくれた。



「僕、生きていても良いのかな……」

「何?」

「皆、僕を共和国のスパイだ、敵国の人間の癖にって……。

 僕の生きてる価値って……あるのかな」



 それは、レナの心からの叫びであった。


 不安げな表情を浮かべるレナにナタリーは静かに側によるとゆっくりと頭を撫でてあげた。そうする事が、いまの彼女には必要な事だと思ったからだ。


 ナタリーにとって、レナはすでに掛けがえのない娘のようなものになっていた。


 そんな彼女が苦しんでいれば力になりたいと思うのはナタリーには当たり前の事だ。



「……周りの奴らがなんて言おうとね、私にはレナは大切な娘だよ」

「……本当?」

「あぁ、本当さ。だから見返してやろう! 私がその仕方をあんたに教えてやるよ」



 綺麗な赤い眼を向けながら、手を握ってくるナタリーにレナは力強く頷いた。


 その日からレナの人生は大きく変わった、胸を張れるナタリーのような生き方ができる女性になると心に決め、周りがなんと言おうと気に留めず、学問に真剣に励み錬金術を学んだ。


 ナタリーからも、錬金術の手ほどきを受け、レナはどんどん優秀な人材として成長していったのである。


 それから、学問に励んだレナは軍の錬金術学校に入学し、来年には優秀な錬金術師として帝国軍の錬金術師部隊に配属される事がほぼ決まっていた。


 軍に配属される事になれば、ナタリーの部隊で働きたいとずっとレナは考えていたのだ。


 ナタリーに命を救われ、彼女のおかげで成長できた。だからこそ、恩返しをしたいとずっと思っていた。


 だが、そんな日々も長くは続かなかった。


 ある雨の日、ナタリーの元に一人の兵士がやってきた。



「こんな……夜分に申し訳ありません……」

「いえ、それよりどうしたんですか?」

「……これを」



 震える声で兵士は懐からあるものを取り出すと、レナへとスッと差し出してきた。


 彼女が手渡されたのは一通の手紙である。


 こんな時間に手紙なんて、なんだろうと思いそれをレナは開いた。


 だが、そこに書いてあったのは、とても受け止められない衝撃の事実であった。



『エンパイア・アンセム。エンポリオ・ナタリー大佐。

 東部戦線にて共和国軍イージス・ハンド、クロース・キネスと交戦。

 戦闘の末、戦場にて殉職。享年28歳』



 その手紙を見た途端、レナは目の前が真っ白になった。


 手紙に書かれている事実が本当だと受け止められないでいた。


 何故、兄が錬金術師に? しかも、共和国のイージス・ハンドなんかになっているんだと戸惑いもあった。


 だが、それ以上にその兄がナタリーと交戦した事が一番のショックであった。


 ナタリーは私を救ってくれた大切な人だ。


 なんで、そんなナタリーが死ななくてはいけないんだ。



「な、なんだよこれ……! 嘘だよね? だってナタリーは強いんだよ」

「…………」

「なんとか言ってよっ! ……それにキネスって……」



 沈黙する兵の服を掴み、動揺した表情で訴えるレナ。


 レナの中でどうしようもない感情がぐるぐると渦巻いていた。


 これが、本当なら自分の兄がナタリーを殺した事になる。何故、兄が自分から大切な人を奪うのか、レナには理解できないでいた。


 涙を流しながら、手紙を届けてくれた帝国兵士は声を震わせてナタリーの最後の勇姿をレナに語り始める。



「大佐は……っ! 最後まで立派に戦われましたッ! 私達を守るために必死に……!」

「あ、あぁ……、うああああああぁぁ‼︎」



 手紙をクシャリと握りしめて、レナはその場で泣き崩れた。


 自分に生き方を示してくれた人でさえも残酷にこの世界は奪ってしまう。


 そして、レナは思った。


 あの時、戦火の中で助けてくれなかった兄は自分の大切な人を奪ったのだ、必ず、この報いを受けさせなければならないと。


 共和国も許せない、ナタリーを理不尽に奪い、帝国で自分が迫害を受けるきっかけになった国を許せはしない。



「……必ず殺してやる、クロース・キネスッ!」



 血の涙を流し、レナはそう心に誓った。


 この時から彼女はナタリーが名乗っていたエンポリオという名を受け継ぎ、クロース・レナという名前を捨てた。


 かつて、敬愛していた兄であろうと関係ない。


 自分を見捨て、軍人として帝国に立ち塞がるのであれば敵だ。


 兄、キネスへナタリーの復讐を誓ったレナはこうして、彼女の死をきっかけにエンポリオ・マルタという名前を名乗る事にしたのだった。


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