過去を知る
確か、皇帝はこのVIP席のどれかにいるはずだ。
さて、どう探したものか、すぐに見つかると思い込んでいたけれど、これは時間がかかりそうな気がする。
とりあえず聞き込みか何かして、バルトヘルト陛下のいる場所を見つけないといけない。
「とはいえ、誰に聞けば良いものか」
彼がいる場所を聞き込むにしても誰に聞けば一番わかるのかが思いつかないな。
そこら辺にいる人に聞いたところで、望んだ回答が返ってくるかはわからないし。
うーん、困ったな、どうするべきだろう。
「何か困り事ですか? キネス殿」
「あぁ、ちょっと人探しを……ってなんで私の名前を」
そう言って、名前を呼ばれ思わず振り返る私。
そこに居たのは綺麗な黒髪に刀を携えた変わった制服を着たカナエ・アルフィズの姿があった。
まさか、次の対戦相手とここで出会す事になるなんて思いもよらなかったよ。彼女は真っ直ぐ私の顔を見つめたまま、小さく首を傾げている。
「いえ、たまたま見かけたものですから、先程の戦いはお見事でしたよ」
「いや、大したことは無いよ……。ありがとう」
「謙虚なのですね、……それで何か困り事でも?」
「……えっと実は」
私は苦笑いを浮かべながら言いづらそうに視線を逸らしつつ、カナエにある程度の事情を話した。
私の話を聞いたカナエは暫く考え込むように顎に手を置き、皇帝がおそらく居るかもしれないであろう場所に心当たりがあるのか、私に話し始めた。
「場所はわかりますが。なんせVIP席におられますからね、周りを固めているボディガードも厳重ですし」
「だよね」
「しかしながら、まあ、キネス殿なら大丈夫かとは思いますよ。
シルフィア様の代理人ですからね、私が話を通してみましょう、後からついてきてください」
そう告げるカナエな後ろにとりあえずついていく事にする私。
本当ならシルフィアを同行させてきた方が手っ取り早かったんだけどね、本人があまりアルフィズ家の人間の近くにいる事を好まないから無理強いはできなかったし仕方ない。
暫く、アリーナの階段を登るとそこは個室になっている部屋が広がっており、窓からはアリーナ全体が見渡せる。
黒服のボディガード達が何人も部屋に立っている中、個室の奥の部屋をカナエが開けると、そこには何人もの人間がお酒を片手に持ち椅子に腰掛けていた。
見る限り高そうな腕時計や装飾品を身につけているその人達を目の当たりにすれば、彼らがすぐにお金持ちである事はわかるだろう。
私はというと、カナエの後ろを歩きつつ金持ちである彼らを見渡しながら、目的であるバルトヘルト皇帝を探していた。
「あ、あそこにいらっしゃいますね。……それでは私はこれで」
「わざわざありがとう、カナエさん」
「いえいえ、貴女の武人としての戦いを見せていただいた小さなお礼です。それでは次は次戦でお会いしましょう」
私に軽くお辞儀をしてくるカナエはそう告げると踵を返して立ち去っていく。
アルフィズ家の中では珍しく、礼儀正しい人だな、何というか彼女は本当にアルフィズ家の遺産を欲しがっているのだろうか。
何はともあれ、ここまで案内してくれた彼女には感謝しかない、次戦で戦う事にはなるが、できれば別の形で会いたかったなと素直にそう思った。
さて、残された私はというと、ワインの入ったグラスを片手に持っているバルトヘルト陛下の所へゆっくりと近づいていった。
すると、黒服の二人が私の目の前に立ち塞がると呼び止めるように肩を掴む。
「なんだお前、皇帝陛下に何か用事でもあるのか?」
「……あぁ、だから離してくれないかい?」
「それは無理な話だ。ちゃんとアポイントは取っていないだろう」
私に迫るようにそう告げてくる二人。
悪いが私はこんな事に構ってはいられない、とりあえず、この二人をどうにかしない事には皇帝とまともに話もできないだろう。
私は真っ直ぐに黒服の目を見ながら、ゆっくりと自分の拳に力を入れて握りしめはじめる。
二人くらいなら、ここは手っ取り早く気絶させてしまえば……。
「二人とも離してくれ、彼女は私の想い人なんだ」
「え……で、ですが」
「私は二度は言わないよ、早く離すんだ」
私に気がついたバルトヘルト陛下が私が動く前に二人を下がらせてくれた。
思わずホッと胸を撫で下ろしてしまう、後もう少し遅ければきっと私は二人に向けて拳を振り抜いて、手刀を首元に叩きつけていた事だろう。
そうしなくても良くなったのはバルトヘルト陛下のおかげだ、感謝しないとね。
「キネス、それで私に何か用事とは一体……」
「エンパイア・アンセムのエンポリオ・マルタの事です」
私がはっきりそう言うとバルトヘルト陛下は表情を曇らせた。
すぐに彼はその場から人払いをすると改めて私に向き合いこう問いかけてくる。
「どこまでご存知で?」
「……先程、顔を合わせてきました。何故黙っていたのですか」
「それは君の妹だということかな?」
バルトヘルト陛下は私を真っ直ぐに見据えながらそう問いかけてくる。
私は思わずその目を見て黙ってしまった。そう、彼がその事を私に話す理由なんて無い、彼女が何者であろうと今はエンパイア・アンセムの一人であり優秀な帝国の錬金術師というだけだ。
その事は理解している。だが、私にとっては唯一の血の繋がった兄妹だ。
「……確かに、話す必要は無かったとは思います。ですが」
「私は、いずれこのサクセサー・デュエルの場で君らが再会すると思っていたからね、どんな形であれ」
「確かにそれはそうですが……」
「君が私に聞きたい事はそういう事じゃ無いんだろう?」
バルトヘルト陛下ははっきりと私に向かいそう告げる。
そう、私が本当にバルトヘルト陛下から聞きたいのはなんでレナの事を黙っていたのかでは無い、彼女がどうして今、帝国に居て偽名を名乗りエンパイア・アンセムの一人になっているのかが知りたいのだ。
バルトヘルト陛下はその事を既に察していた。それから彼はゆっくりと私にこう語りだす。
「そうだな、あれは大体……七年くらい前だったか」
「七年?」
「あぁ、そうだ、七年前だな、彼女がエンポリオ家に引き取られたのは」
バルトヘルト陛下は思い出すようにレナとあった時のことを思い出しはじめる。
七年前、それは丁度、帝国と共和国との戦争が激化し、私の街が戦火に巻き込まれた時期であった。
その日、私は父と母を失い、レナと離れ離れになった事を鮮明に覚えている。
帝国の兵士が共和国の無抵抗な民衆を銃で撃ち殺す光景、あれはいつまで経っても忘れられない。
「……何故?」
「それは、共和国の人間を帝国の人間が引き取ったのか、だろう?
良いだろう、全て話そう彼女の事を」
私の質問に笑みを浮かべながら告げるバルトヘルト陛下。
私が知らないレナが歩んできた人生、彼女を理解するには帝国で彼女がどう過ごしていたかを知る必要があった。
それは、レナとどうにかわかり合いたいと思う一心でだ、何故、私にあれほど怒りを抱いているのかも私は知らなくてはいけない。
それから、彼の口から語られたのはレナが辿った壮絶な帝国での生活についてだった。




