妹との再会
試合会場に続く通路、私は静かにその場に着くと辺りを見渡す。
もしかしたら、もうここを後にして何処かへ行ってしまったんじゃないだろうか。
なら、周辺を探してみるべきだろうか、折角、会えるかもしれないチャンスを棒には振りたくない。
彼女の事情は知らないが、私にとっては唯一の家族だ。
「……そんなに急いで、一体誰を探してるの?」
そして、不意に私の背後からその声が聞こえてくる。
私は慌てて声がする方へと振り返る。そこには、通路の壁に寄り掛かるようにして腕を組みこちらを真っ直ぐに見つめてくるある人物が立っていた。
それは、冷たい眼差しだった。到底、家族に向けるような眼ではなく蔑んでいるような眼だ。
「レナ……。その……」
「僕をその名で呼ぶなッ!」
名前を呼び、声を掛けようとした私に怒号に近い言葉で叫ぶレナ。
やはり、その名前を知っているという事は彼女は紛れもなく私の知っているレナであることは間違いない。
だが、私に向けてくる彼女の視線は怒りが混じったものだった。何故、そんな目を向けてくるのか理解できない私はレナのその反応に戸惑ってしまう。
「な、なんで……? 折角、こうして再会できたのに」
「よく言うよ、僕を探しもしなかったのにさ!
……僕がどんな人生を送って来たか、知らない癖に!」
レナは強い口調ではっきりと私にそう告げた。
私は確かに生き別れたレナがどんな人生を歩んできたのかは全く知らない。
いや、もしかしたら、レナが言う通り私は彼女がどこか知らないところで幸せに生きているものだと思いたかっただけなのかもしれない。
私は軍に入り、戦争に行くことになった。
私が死ねばきっと、取り残されるレナを悲しませてしまうかもしれないとそう思ったからだ。
戦争が終わった後も、私は変わってしまったこの身体を妹に見せるのが怖くて、正直、逃げてしまっていた。
シルフィアの時のように拒絶されるのが怖かったからだ。
「……違うんだ……。私は……」
「違う? 何が違うって言うんだ? 僕はずっと貴女が迎えに来てくれるって信じてたのにさ……。
それだけじゃ無い、貴女は僕から大切な人を奪った」
拳を握りしめて身体を震わせながらそう告げるレナ。
彼女の経歴や何があったのか、私には全くわからない。
何故、彼女が帝国の軍人になっているのか、エンポリオ・マルタと名乗り、エンパイア・アンセムの一人になっているのかもまるで把握できてはいない。
だが、一つわかることは彼女は私に強い怒りを抱いているという事だけだ。
「……貴女を必ず地面に這い蹲らせて始末してやる」
「レナ、話をしよう……! 誤解があるはずなんだ!」
「知るかっ! 僕はお前を……もう家族だとは思わないッ!」
そう告げたレナは怒りに満ちた眼差しを真っ直ぐに向ける。
そして、彼女は踵を返すとこれ以上は何も話す事はないとばかりに私に向かって、まるで、他人を相手にするかのような冷たい口調のまま、こう言い放ってきた。
「決勝で貴女と戦えるのを楽しみにしてるよ」
「待ってくれっ! レナッ!」
私の呼び止める声を無視して、背を向けたまま歩き出すレナ。
取り残された私は彼女の背中を見つめながら、思わず胸を締め付けられるような気持ちになる。
こんな再会の仕方なんて、私は望んではいなかった。
クロース・レナという名前を捨て、故国を捨て、そして、帝国の選ばれた錬金術師の一人として軍人になった。
きっとそこには私が想像できないような何かがあったに違いない。
「……レナの事を、聞かないと」
レナの怒りの眼差しを見て私は咄嗟にそう思った。
私が知っている人間の中でレナの経歴や事情を知っていそうな人物は一人しか思い当たらない。
それは、帝国の皇帝であるバルトヘルトだけが知っているはずだ。
気は進まないが、彼からどうにかしてレナの事について話を聞かないと、彼女とちゃんと話す事さえできない。
「……家族か……」
だが、私は少しだけホッとしていた。
それは、さっきの試合で妹が死ななくて良かった事への安堵だ。元気に生きてくれていただけで、今はものすごく嬉しい。
それに、見ないうちに随分と綺麗で逞しい女の子に成長したなと心から思った。
私の母や父にもあの妹の姿をちゃんと見せてあげたかったと思う。
「……ひとまずバルトヘルト皇帝の所へ行こう。
話せるかどうかはわからないが、会って話を聞いてみないことにはレナについて何もわからないままだ」
私はそう呟くと、観客席にいるバルトヘルト皇帝の元へと駆ける。
エンパイア・アンセムにレナが入った経緯と何故、エンポリオ・マルタなどという偽名を使っているのかも、聞けることは出来るだけ彼から聞いておきたい。
そして、出来ることなら、レナを軍から辞めさせてあげたいとそう思った。
確かに彼女はすごく強くなった。あの凶悪なキメラを見事に倒しきるまでの錬金術師になった事は認めている。
だけど、軍に所属している以上は一歩間違えば命を落とすかもしれない環境に身を置く事になる。
妹には私みたいな思いはさせたくはない。
右腕を失ったり、左眼が見えなくなった彼女の姿なんて私には耐えられない。
「……今度はちゃんと私が護る!」
私は心の中で強くそう思った。
戦火で亡くなった父と母は私にその力がなくて守れはしなかったけれど、今の私ならきっと、妹を一人守る事くらいは出来るはずだ。
過去とちゃんと向き合って、清算しなくてはいけない。
きっと、シルフィアの事も再会したレナの事もただの偶然なんかじゃなくて、そういう事なんだと私は思う。
運命というものは信じたくは無いが、これが、必然というのであれば、きっと運命というものはもしかしたら存在するのかもしれない。
会場の廊下を駆ける私は静かにそんな事を心の中に抱いていた。




