キメラ
サクセサー・デュエル第二戦目。
第二戦目はクライス・アルフィズの代理人であり、エンパイア・アンセムの一人であるエンポリオ・マルタと製薬会社ライフブレインの社長であるリニア・アルフィズの謎の代理人との試合である。
既に会場にはマルタが入場しており、対戦相手が会場に入ってくるのを静かに待っているようであった。
私とラデンは静かにその光景を観客席から眺めながらマルタについての話をしていた。
「……彼女は確か、『嵐の錬金術師』って言っていたよね」
「えぇ、そうです。私も一度しか見た事は無いんですが基本的には風を操る錬金術の使い手ですね」
「風? 風って例えば……突風とかって事?」
私とラデンの会話に入ってくる様に首を傾げながらシルフィアが問いかけてくる。
確かに、風と聞いてもイマイチ、ピンと来ない。シルフィアが言うように突風とか、私も思いつくのはそのくらいだ。
ラデンは真っ直ぐ会場にいるマルタを見つめながらゆっくりと語りはじめる。
「ハリケーンや竜巻はもちろんですが。風圧や空気の質量なども調整できるのでその幅はかなり広いかと。
使い方によってはかなり強力な錬金術じゃ無いかと私は思いますね」
「……確かにね、それなら遠距離からも色んな攻撃が仕掛けられそうだし便利そうな錬金術だな」
私はラデンの話に納得した様に頷いた。
尚更、実際の彼女の実力というのをこの機会に見定めておきたいと感じる。
しばらくして、マルタの反対側のゲートから異様な声が聞こえてきた。それはおおよそ、人間のものとは思えない様な獣のような声である。
会場はざわざわと騒がしくなりはじめる。何やら、罵声のような声も聞こえてくる中でゆっくりとゲートから何やら二人の男が鎖を引いて会場の中へと入ってきた。
それを観客席から面白そうに笑みを浮かべたまま、眺めているリニア。
それから、私はゲートから現れたものを見て思わず顔を顰めた。
「グルォォォ‼︎ ガァァァ!」
「おら! 大人しく来いっ!」
そこに居たのは、頑丈な特殊な手錠と明らかに頑丈そうな首輪をつけられている人型の形をした何かであった。
体格は私が戦ったランドルフよりも巨大で、尚且つ、獰猛さというものを感じさせる。もはや、それは人間という枠ではなく化け物や怪物と呼ばれる類のものである。
あのリニアとかいう女、まさか、人間を使ってこいつを作ったのかッ!
私は思わず、怒りが心の底から湧いて出てきた。それは、隣にいるラデンも同じである。
「なんとむごい事を……。だからパーティーで紹介できなかったのか」
「……酷い」
ラデンもシルフィアもあの獣の人間がどうやって作られたのかすぐに理解した。
そう、あれは紛れもなく人間を使った人体実験により出来上がった戦闘用のキメラだ。
手の加え方からして、どっからどう見てもそうとしか思えない。
まさか、そんなものをリニアとかいう奴が持ち出してくるなんて、あいつには倫理観というものが無いのか?
だが、それでも試合を中断する気配は無さそうだ。
バルトヘルト皇帝の横に座っているリニアは笑みを浮かべたまま、こう問いかける。
「どうですか? 皇帝陛下。
我が社の遺伝子組み換えによって進化させて作り上げましたの。
キルレプターの遺伝子をベースに獰猛な魔獣の様々な遺伝子を入れ込み、強力な強化薬品を詰め込んで作り上げた我が社の最高傑作ですわ」
そう言いながら満面の笑みを浮かべているリニア・アルフィズ。
だが、一方でバルトヘルト皇帝陛下は不快感を露わにしていた。
それはそうだろう、何せ、こんな非人道的なやり方は彼が一番嫌っている旧帝国がずっとやり続けていた愚行と相違ない事だ。
人の命への冒涜、あのような姿に変えられてしまった人間のことを考えればこのような事は到底捨て置けない事だ。
静かな怒りを抑えながら、バルトヘルト皇帝陛下はリニアに問いかける。
「……どういうつもりですかな? 場合によっては私は部下に貴女を消す様に言わなくてはいけなくなりますが」
「あら? 見ての通りですわ。
……あぁ、ご安心ください、あれは元からそちらで改造されていた方をそのまま使わせて頂いただけのもの。元からキメラだったものを使わせて頂いたに過ぎませんわ」
だが、一方でリニアはなんの悪びれもなく帝国の皇帝陛下にそう告げる。
元から帝国で改造されていた人間を弄っただけだ、何が悪い?
帝国が元からやっていたものを拾ってそのまま実験に使ったに過ぎないと彼女は言い切ってのけた。
確かに元からキメラにされていた人間をそのまま使用したと言われてしまえばバルトヘルト皇帝も何も言うことはできない。
キメラにしたのが前の帝国であったならば尚更だ。
生物兵器、人体実験と人体兵器の推進は前帝国の皇帝、つまり、バルトヘルト皇帝の父が進んで行ってきた政策だ。
貴方の親が推進してきた政策のせいでキメラになってしまったものを有効に使わせて頂いたに過ぎないとリニアはそう言っているのである。
バルトヘルト皇帝はゆっくりと席に座ると拳を握りしめて静かに怒りを抱え込んだまま沈黙した。
はらわたが煮えくり返りそうな気分ではあるが、何も言う権利は自分には無いと悟ったからだろう。
そんな皇帝の様子を会場で対峙していたマルタは仮面越しからでも察していた。
「……仕方ない、やるしか無さそうだね」
ため息を吐くマルタは対峙するキメラをジッと見据える。
凶暴なキメラが相手だが、全く動じてないようだ。
観客席はキメラの出現に未だに騒ついている。だが、試合の進行を進めるように指示があったのか、何事もないかのように会場にアナウンスを流し始めた。
「えー……、だ、第二試合。
クライス・アルフィズの代理人、エンポリオ・マルタとリニア・アルフィズの代理人、ウェポンズ・キメラ、との試合を開始します」
ウェポンズ・キメラ、それがアレの正式名称か。
人間としての知性をまるで感じられない、ただただ生物兵器としてのキメラ。
それを代理人とするリニア・アルフィズという令嬢は人間としての大事なネジが外れとんでしまっているな。
エンポリオ・アルフィズはそのまま腰を低くして体勢を作り、いつでも迎え撃つよう身構えている。
キメラを連れてきた者達は急いで準備を済ませると逃げるように会場の外へと逃れていく。
「はじめッ!」
アナウンスから声が聞こえてきた瞬間に、キメラを縛りつけていた拘束具が一気に解かれた。
キメラは凄まじい咆哮を上げると、真っ直ぐマルタに向かって凶悪な腕を振り下ろした。
だが、マルタはそれを軽く躱すとキメラの側頭部に向かって膝蹴りを炸裂させる。
「うぉ⁉︎ なんて奴だッ!」
「すげぇな、あの仮面の奴!」
会場にいる観客は始まった瞬間にいきなり巻き起こるキメラとマルタとの激しい攻防に思わず声を上げる。
側頭部に膝蹴りを受けたキメラは薙ぎ払うかのように左手を振るうが、それを冷静に見極めてヒラリと躱すマルタ。
キメラの攻撃を一撃でも当たろうものなら、凄まじいダメージになることは間違いないだろう。
そんな緊張感がある試合の中、マルタは至って冷静なように見える。
実際には仮面に隠れて表情を見ることはできないのだが、キメラと対峙している彼女の立ち回り方を見ればそれが、よくわかる。
「僕の錬金術は他の連中にあまり見せたくはなかったんだけどね」
そう言うと彼女は何やら懐から何か取り出すとそれを靴の窪みがある場所に嵌め込む。
すると、彼女の靴は奇妙な光を放ちはじめ、先程とは異なった靴に変形した。
なるほど、エンポリオ・マルタ、彼女のバレッタは靴型のバレッタなのか。
そして、身構えた彼女は真っ直ぐキメラを見据えると力強く駆け、その間合いを詰めていった。




