初戦
サリエンツ・アレーナに詰め寄る満員の観客席を見渡す私。
このサクセサー・デュエルというのは所謂、御前試合みたいな催しだと考えた方が良いかもしれないな。
その証拠に観客席には、帝国のバルトヘルト皇帝陛下も来ているし、共和国からも議員や名だたる政治家達も数多く来ているのが目で確認できた。
お金持ち、貴族、政治家、有権者達が集うこの試合には色々な思惑が絡み合っているような気がしてどうにも気持ち悪い。
「……さて、じゃあ、お手柔らかに頼もうかな」
「ハハッ! 小娘がッ! 軽く捻り潰してくれる」
会場のど真ん中で対峙する私と巨大な戦斧とショットガンを背負っているランドルフ。
よく見ると体格差が二倍以上もあるな、あまり見下ろされるのは好きではないのだけれど。
私はバレッタを取り出すとメモリアを装填し、ホルスターにしまう、試合前だし、これくらいは問題無いだろう。
そして、私達二人は静かに睨み合いながら、試合開始の合図を待つ。
「第一試合! クロース・キネス対ランドルフ・ガーナード! 両者構え」
アナウンスと共に身構える私とランドルフ。
ランドルフという男、メイルを被っているから、表情が見えなくて不気味なんだよね。
そして、先程まで歓声に湧いていた会場は対峙する私達を見つめたままシーンと静まりかえった。
皆は理解しているのだ、いつ二人がぶつかり合うかわからないこの緊張感の中、声を上げるのが無粋であるという事を。
そして、その火蓋はアナウンスから流れてくる次の一言によって切って落とされる。
「はじめっ!」
次の瞬間、互いに駆け始める私とランドルフ。
だが、走る方向はそれぞれ違う、私は横へと駆けながらバレッタをすかさず構えるとメモリアを発射し、ランドルフはそれを読みながら一直線に私に駆けてくる。
あの体格差で正面からまともにぶつかるなんて馬鹿がやる事だ。
とはいえ、それも関係なしとは恐れ入ったね。
「release! (解放)」
私の声と共に撃ち込んだメモリアから植物のツルが一気にランドルフの動きを静止させるように絡まり付く。
身体の動きをこれで止めてしまえば、後はどうにでもなる、こちらの攻撃を積極的に叩き込むだけだ。
だが、そう事は上手くは運ばない、ランドルフを固定した筈のツルはミシミシと音を立てて引きちぎられていく。
なんて怪力をしてるんだろうな全く。
「ハッハッハー! そのくらいじゃ止まらんぞッ!」
「ちぃっ!」
振り下ろされるランドルフの右腕の軌道を読みすかさず脇を潜り抜けるように身体をローリングさせて躱す私。
殴りつけた地面には巨大なクレーターが出来上がり、その風圧が私の頬を掠める。
あんなのまともに食らったらペシャンコになってしまうよ、容赦ないな、本当にさ。
下手に接近戦を仕掛ければ返り討ちに合いそうだ、ここは中距離あたりに位置を取って牽制しつつ仕掛けていくのが無難だろう。
私はバレッタを装填しながら冷静にランドルフの行動を分析する。
「反撃もせずに逃げてばかりかぁ? 錬金術師ィ!」
大振りの拳が振るわれるが、私は難なくそれの軌道を読みとりランドルフの背後を取る。
うん、この人、確かにすごい怪力と爆発力はありそうだが、攻撃が大振りすぎるな。
それよりも、背負っている戦斧とショットガンが気がかりではある。
明らかに接近戦を好んでいるのがわかるので迂闊に間合いを詰められ無いしな。
「……まあ、戦いようは幾らでもあるけどね!」
私はバレッタからメモリアを発射し、ランドルフの目の前に着弾させる。
そこから一気にランドルフに向かって押し寄せるように大樹が発現し、彼に襲い掛かる。
二箇所からの同時攻撃、これなら流石に彼もそんな簡単に反応はできまい、どんなふうに対応するのかお手並み拝見だ。
「それくらいで調子に乗るなよっ!」
「……んなっ⁉︎」
すると、背に背負っていた戦斧を片手で掴むランドルフ。
そして、手につかんだ戦斧を軽く薙ぎ払うかのように振るうと、向かってくる私がメモリアで発現させた大樹に叩きつける。
大樹は物凄いバキバキと音を立てて、真っ二つに裂け、さらにランドルフはメイルの中から真っ直ぐに私を見据えてくる。
そして、大樹を戦斧で破壊しながら、彼は私に向かいそのまま猛進してきた。
とんでもない怪力だな、驚かされるばかりだよ。
「面倒だなッ! このッ!」
しかも、戦斧を振り回し、こちらに猛進しながら、彼はもう片方の手にショットガンを取り出し始める。
なるほど、これが彼の戦闘スタイルというわけか。
ショットガンを構えた彼はすぐさま私に向けて発砲しながら、それを回避した私にすかさず戦斧を振り下ろし何度も追撃を仕掛けてくる。
手強い、素直にそう感じた。とはいえ、私もこのまま黙ってやられるつもりは毛頭無い。
「ハッ! 右足がガラ空きだよッ! お兄さん!」
「何ィ!」
滑り込むようにしてランドルフの足元にスライディングをした私は彼の靴にメモリアの弾を投げ込むと、そのままバク転し、笑みを浮かべる。
そして、ランドルフの靴からは一気に根を張るように木が生えて彼の右足を封じた。
こうなれば、彼が取る手段は二つある。
一つは足を切り落とすか、二つ目は右足に生えた木の根を力づくて引き抜くかの二つだ。
「これしきィ!」
彼は後者を選んだ。すぐに戦斧とショットガンを構え直すランドルフ。
だが、それは私も予想していた事だ。ランドルフの身体を這うようにして樹木は成長をしはじめている。
私に対して接近戦をしすぎたのが仇になったな、メモリアというのは別にバレッタを通さなくても私が触れてさえいれば発現はいつでもできるんだよ。
とはいえ、これだけではもちろん、ランドルフは止まらない。
無理矢理、自身の身体に伸びてくる植物を引きちぎりながら私に向かってくる。
だが、先程よりも身体の身動きがとりづらいのか攻撃がさらに大振りになってしまっていた。
そんな攻撃では、私を捉えることは到底できない。
私はメモリアを二つ握りしめると、次は逆に一気にランドルフとの間合いを詰めて彼の腹部に向かって、両手で掌底をお見舞いする。
「ぐふぉっ⁉︎ ……ぐっ……まだまだぁ‼︎」
「君に私のとっておきを見せてやるよ」
ランドルフの懐に両手で掌底を撃ち込んだ私は静かな声色で彼にそう告げる。
この時点で私は勝ちを確信するに至った。彼の懐に飛び込みこの掌底を撃ち込んだ時点でね。
掌底を撃ち込まれたランドルフは驚愕した表情を浮かべ、声を荒げながら私にこう告げてくる。
「……な、何! こんな柔な掌底如きで俺がどうこうできるとでもッ!」
「あぁ、そうさ。できるとも」
私は身体が樹木に絡まり表情を曇らせてこちらを睨んでくるランドルフに笑みを浮かべながらそう告げる。
ただの掌底を叩き込むだけに、私がこうしてリスクを冒してまで彼との間合いを詰めたと思ったら大間違いだ。
私はそのまま、掌底の手のひらをねじ込むように両方とも捻ると目を見開く。
「……大樹の衝撃‼︎」
その瞬間、私が彼の腹部に撃ち込んだ二つの掌から一気に巨大な大樹が彼の身体を一気に吹き飛ばし、そのまま観客席に向かい飛んでいく。
怪力と巨漢、その彼を易々と吹き飛ばす巨大樹。
吹き飛ばされたランドルフは身体を巨大な大樹に吹き飛ばされながら、そのあまりにも衝撃的な出来事にただただ唖然とするしかなかった。
「な、何だとォ! ば、馬鹿なッ! こんな事がァァァ‼︎」
私の掌から出てきた巨大な木は何百トンという重量のある巨大な木だ。とてもじゃないが、幾ら怪力があろうともそんな衝撃が正面から押し寄せてくれば耐えれる筈がない。
そして、彼の身体はそのまま観客席の一箇所を吹き飛ばして完全に静止した。
観客席に居た観客達は咄嗟に避難をしていたので私の大樹に幸いにも巻き込まれる事はなかった。
吹き飛ばされたランドルフは被っていたメイルが完全に破壊され、白目を向いたまま吐血し、完全に気絶している。
あの様子じゃ、多分、何本か骨が逝ってるかもしれないね。
「……しょ、勝者! シルフィア・アルフィズの代理人! クロース・キネスッ!」
会場で起きたの出来事に気が動転しながらも、私の名前を慌てて読み上げるアナウンス。
瞬間、会場からは割れんばかりの歓声が一気に湧き上がる。
それから私は肩を竦めると、軽くそれに応えるように手を挙げながら踵を返して、会場の外に続くゲートまで歩いていく。
そして、私を待ち構えるようにして待っていたシルフィアが目の前に現れると肩を竦めながらこう告げた。
「今度から、観客席には頑丈な鉄の柵か網を張っておいた方が良いだろうね」
「みたいね、お疲れ様、キネ」
「おっと……」
笑みを浮かべながら私がそう告げると、シルフィアはにこりと笑みを浮かべ私に抱きついてくる。
私は少しばかり驚いた表情を浮かべるが、勢いよく抱きついてきたシルフィアを優しく抱き止めた。
サクセサー・デュエル一回戦
ラルフ・アルフィズの代理人、ランドルフ・ガーナードは私の放った錬金術により、再起不能となり敗退となった。




