青狼
イージス・ハンドの『青狼』、アドルフォ・ミア。
その圧倒的な強さから、共和国内の錬金術師の中では最強はないかと言われている女性だ。
彼女とは何度か軽くやり合った仲ではあるんだけどね、本当に強い、私もレイも彼女の破天荒な強さにはよく手を焼かされたものだ。
シドとは水と油、事あるごとによく喧嘩をしていた犬猿の仲である。互いに同じような性格の癖にウマが合わない、多分、同族嫌悪というやつかもしれないけどね。
「イージス・ハンドだと……!」
「エンパイア・アンセムだけじゃなくて、イージス・ハンドもこの大会に出るのか」
イージス・ハンドという名前を聞いてざわざわと騒ぎ始める来客者達。
せめて出すならレイにしといて欲しかったな、なんでよりにもよって癖のあるこいつに頼んだんだシルフィアの奴は。
すると、しばらくして、名前を呼ばれた上に紹介のためスポットライトに照らされているミアは欠伸をしながら、話をし始めた。
「あーあ、グチグチうっせーなぁ。
ここでおっぱじめりゃ片が付く話だろうがよぉ、長々と話しやがって、退屈過ぎて寝ちまいそうだったぜ、おい」
そう言いながら、骨付き肉の骨をプラプラさせながら告げるミア。
この場でそんな事を堂々と言える奴は本当、お前くらいなもんだぞ。
帝国の皇帝まで来ているパーティーでも関係ないみたいな立ち振る舞い方をしている彼女の姿に私は胃が痛くなるような感覚に陥る。
しかも、話しているのお前の依頼主だからな? よくもあんな緊張してる可愛いシルフィアの妹に対してそんな事が言えたものである。
「次いけ次! 雑魚どもの紹介はとっとと終わらせやがれ、私は適当に飯食ってるからよ! カッカッカ」
ミアは適当に話を切り上げるとまたテーブルに向かい、皆にお辞儀などは一切せずに食事を食べはじめた。
この度胸と破天荒振りがあるから、あんだけ戦果を戦場でも出せたんだろうなと改めて感心する。
戦争中に帝国最強の将軍デスドラドへの最終兵器とされていたのはシドとミアの二人だ、この二人掛かりならデスドラドでも倒せると共和国軍内でも信じられていた。
実際、シドとミアが組んだらそれも可能じゃないかなと私も思う。
とはいえ、彼女がサクセサー・デュエルに出るという事は私がミアとやり合わないといけないって事になるんだろう。
「き、キネさん……! あ、あれ……!」
「あぁ、そうだったね。ラデンにはトラウマだったよねミアは」
顔を真っ青にして、ミアを指差しながら震えているラデンに苦笑いを浮かべながら告げる私。
うん、気持ちは凄くわかる。戦場での彼女はかなりおっかないからね、黙っていれば本当に綺麗で美人なんだけどさ。
本当ならモデルのような体型に時折り見える八重歯が可愛いらしいんだけど、口を開けばあんな感じだ。
ミアのあまりの態度にマイクを握っているレイナは何度も小さい身体を折りながら会場にいる来客者達に謝罪をしていた。
仕方ないので、その場で助け船を出すようにしてシルフィアがレイナからマイクを取ると優しく彼女の頭を撫でて下がるように促す。
「申し訳ありません、皆様、気を取り直して進行させて頂きます。
とはいえ、これが最後となるのですが、まずは私の自己紹介をさせていただきたいと思います」
レイナからマイクを受け取ったシルフィアは仕切り直すように会場にいる来客者に向かいそう告げる。
すると、先程までミアの破天荒な態度に動揺していた来客者達は気がつけば一斉にシルフィアの方に視線を向けていた。
流石だ、やはり、シルフィアはこういう場に関してかなり慣れている。人を注目させる技術がかなり長けていると言えるだろう。
ドルフやクライスなどの癖のある身内に対してこれまで張り合って来たのだから、このくらいは彼女にとってみれば朝飯前か。
来客者達が自分に注目してきたところでシルフィアは自分の自己紹介をし始める。
「私はシルフィア・アルフィズと申します。
フリード・アルフィズの娘であり、レイナの姉でもあります。私が今回、サクセサー・デュエルに出場させる代理人はこちらになります」
そして、スポットライトは私にパッと当たる。
皆の注目が一気に私に集まり、会場はざわつき始めた。それはそうだ、さっき、ミアを見たばかりだというのに次に紹介されたのもイージス・ハンドの私なんだからね。
このバイエホルンで私とミアを知らない者はほぼいないと言っても良いだろう。
そんな二人が揃ってこのサクセサー・デュエルに参加する事を表明したというのは会場に来ている皆の度肝を見事に抜いた。
「皆様はご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、改めて紹介させて頂きます。
こちら、私の代理人のイージス・ハンドの一人、クロース・キネスと申します」
シルフィアの言葉と同時に軽く会釈する様に頭を下げる私。
会場は異様なまでに騒ついていた。もちろん、それは私とミアがこの場にいるという環境自体が異常だからとも言えるだろう。
ミアはスポットライトが当たり、私の姿に気がつくと先程とはうって変わり、目をキラキラさせ玩具を見つけたような子供のような表情を浮かべている。
おい、こっち見んな、あっち向いてろ。
「おいおい、マジかよッ‼︎ キネじゃねーかっ!
お前も出んのかよー!」
そう言いながら、私の元へゆっくりと歩いてくるミア。
私が慌てて辺りを見渡すとそこには既にラデンの姿がなかった。咄嗟にミアがこちらに来るのがわかって逃げたな、あの娘。
私は深いため息を吐いて久々に会ったミアに向かいこう話し始める。
「……ハァ、全く相変わらず君は空気を読まないね」
「あん? そりゃそうだろ、私が世界の中心なのに何で空気なんぞ読まなきゃなんねぇんだ?」
「うん、知ってたよ、君は昔からそういう奴だった」
私は苦笑いを浮かべながら、ミアにそう告げる。
天上天下唯我独尊、この言葉がこれほどまでに似合う女性もそうは居ないだろう。
シドも似たようなものではあるが、それでもミアの我の強さは群を抜いていると思う。気に食わない上官を殴った数は多分、シドよりも多かった筈だ。
周りからの視線が私とミアに集まっている。こんな風に注目されるのはあまり好きではないんだけどね。
「まあ、私はレイの代わりに出ることにしただけだが。
キネ、お前が相手なら退屈せずに済みそうだしな、お前の事はお気に入りなんだ」
「はぁ……。ハイハイ、私は出来れば相手したくなかったんだけどね」
「連れねぇ事言うなよぉ。こーんな色っぽい物なんて付けてさぁ……。誘ってんだろぉ私を」
そう言いながら、ススッと私のドレスのスリットから覗かせる太もものガーターベルトに手を這い寄らせながら色っぽい口調で告げてくるミア。
私はそんなミアに顔を赤くしながらため息を吐くと、デコの辺りを二本の指で軽く突くようにして引き剥がす。
別に私だって付けたくてこれを付けている訳じゃないし、誘った覚えは微塵もない。
デコを手でさするように離れたミアに私は冷静に話をし始める。
「大方、レイが忙しいから仕方なくお前を寄越したんだろ?
戦時中じゃなきゃ共和国軍じゃお前は手に余るだろうからな」
「んだよ、本当に勘がいいなお前は」
「だろうと思ったよ」
デコをさすりながら、少しだけ涙目になっているミアに私はため息を吐きながらそう告げた。
大体、そんなとこだろうとは思っていたが、予想通りだったな。
私はミアを見ながら、笑顔を浮かべて改めてこう告げる。
「けど、退屈はしなくて済みそうだろ?」
「あぁ、そうだな。それじゃ、テメェと当たるのをせいぜい楽しみにしてるよキネ」
そう告げたミアは手をヒラヒラさせると自分が座っていた座席へと戻っていく。
私は大きく肩を下ろすように息を吐く、本当、彼女を相手にすると疲れてしょうがない。戦友だし、悪い奴じゃないんだけどね、私は彼女から変に気に入られているから困ったものだ。
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それからしばらくして、参加するアルフィズ家の一族の紹介が一通り終わり、引き続きダンスパーティーが開かれる事になった。
現在、私はそのパーティーで踊っている男女を眺めながら、バルコニーの近くにある壁に背を預けワインを飲んでいるところだ。
「キネさん、あの『青狼』の人、もう居ませんかね?」
「あぁ、ミアならもう居ないよ。多分、たくさんご飯食べたから眠たくなって帰ったんだろ」
「ま、マイペースな人ですね……」
「いつもの事さ」
私は苦笑いを浮かべているラデンに肩を竦めながら答える。
嵐のように現れて、嵐のように去る。それが、アドルフォ・ミアというやつだ。昔から何も変わっていない破天荒な生き方をしている。
これはレイの奴もさぞ苦労してるんだろうなと思った。大体、ミアがやった事の尻拭いはレイがしているんだろうしね。
それから、しばらくして、ドレス姿のシルフィアがこちらにやってくる。
やって来た彼女がまず最初に述べたのは私への謝罪だった。
「ごめんなさいキネ。妹の事黙っていて……」
「いや、良いよ。さっきミアと直接話たからだいたいの事情は把握できたし」
「……それなら良かった。
じゃあ改めて紹介するわね、私の妹のレイナよ」
そう告げるシルフィアの背後からひょっこりと顔を出す金髪を片方に束ねている小さな少女。
姉のシルフィアとそっくりな彼女の瑠璃色の瞳が真っ直ぐこちらを少しだけ涙目になりながら不安げに見つめてくる。
いかん、鼻血が出そうになる。なんだこの小さい可愛い生き物は。
断っておくが私は断じてロリコンではない、健全な……。
いや、既に身体が女の時点で健全ではなかったか、ともかくロリコンでは無いのは確かだ。
勇気を振り絞った彼女は勢いよく私の前に出ると頭を下げて自己紹介をし始める。
「ど、どうもはじめまして、レイナ・アルフィズです!
先程は私の代理人が失礼な事をしてしまい申し訳ありません……」
「いや、良いよ気にしなくて。あいつはそういう奴だって事は昔から知ってるからさ」
「どーも、ラデンです! よろしくね、レイナちゃん」
私とラデンがそう告げるとレイナはパァと明るい表情を浮かべていた。
これは、レイナとシルフィアの代理人を入れ替わらせた方が良いんじゃないかな、私はレイナちゃんの代理人なら喜んで引き受けるぞ。
それから、私は暫しの間、ラデンとシルフィアと共にレイナと話をしながらパーティーを満喫する事にした。
レイナちゃんは非常に優しい娘であった。今回、代理人を立ててサクセサー・デュエルに参加したのも少しでも姉であるシルフィアの負担を減らしたいが為であり、他意はない。
その結果、シルフィアもそのレイナの気持ちを汲み協力をしたものの、レイは軍の再興や業務で忙しく参加が難しかったため、ミアを勧められて仕方なく参加させたのだという。
「それは災難だったね」
「本当よ、もう。まさか、公衆の面前でキネにあんな破廉恥な事を平然とする方とは思いもしなかったわ」
なんだか、機嫌が悪そうに怒ったような表情を浮かべるシルフィア。
ラデンは面白くなってきたとばかりに私の背後で、おやおやー、と茶化してくる。
うん、お前、シドの事を一言でもシルフィアに話したらグーパンを飛ばすからな、しかも義手の方で。
ラデンは単純に明らかに私に対してヤキモチを焼いているシルフィアを見て面白そうとそう思っているのだろうが、既に私がシドと一線を越えたことを彼女はまだ知らない。
その事を話せばどれだけ面倒な事になるかわかったものではない、触らぬ神に祟りなしというし、その話題に触れておかないでおく事が賢い選択だ。
私はその事を視線でラデンに訴えた。すると、流石にラデンも仕方ないとばかりに肩を竦める。
「ねぇ、キネ。良かったら一曲付き合ってくれないかしら?」
「え?」
「もしかして、ダンスは苦手?」
私に手を差し伸べながらそう告げてくるシルフィア。
いや、別にダンスは苦手ではないが、まさか、こんな風に誘われるとは思ってもみなかったな。
レイナやラデンもいるし、どうしたものかと考えているとラデンが気を利かせてくれたのかレイナを連れて食事を一緒に取りに連れ出していた。
レイナを連れ出しているラデンはこちらに視線を向けてくると軽いウインクをしてくる。
御膳立てはしておいたぞとでも言いたいのかな、全く。
私はため息を吐くと、手を差し伸べて来るレイナの前に屈みその手を取りながら笑みを浮かべた。
「かしこまりました。お嬢様、喜んでお手を拝借させて頂きます」
「あら? 貴女もお嬢様じゃなくて?」
「……そんな無粋な突っ込みはナシで」
苦笑いを浮かべながらそう告げて手を取る私にクスクスと笑いを溢すシルフィア。
確かに私もお嬢様だけどね、でも、こうしてシルフィアの手を取って歩くのは何年ぶりになるだろう。
それから、私達はメインホールで踊る来客者達に混じり、手を繋いだまま軽やかなステップを踏んで踊り始めるのだった。




