回想
それは、私がまだ錬金術特殊部隊第ニ師団にいた時の事だ。
私は当時、少佐として、隊長のレイから指示を受けていた。
その任務とは膠着状態にあった北部戦線を有利にするための戦略として敵野営地に奇襲をかける事であった。
私は精鋭の錬金術師の部隊を率いて、その敵軍の野営地に奇襲をかける作戦を指揮していた。
その作戦の詳細は北部の敵の背後を突き、野営地を叩いて前線の部隊を孤立させるというのがその時の作戦だった。
「……首尾は?」
「問題ありません、後は仕掛けるだけかと」
「よし、なら僕が指示を出すまで待機だ」
「了解」
冷たい雪に紛れるように私達は敵が寝静まる夜に奇襲を仕掛ける事になった。
戦場において、夜襲は非常に効果的だ。特に私の部隊は長らく戦場で苦楽を共にしてきた精鋭達だったからね。
今回の作戦も必ずうまく行くだろう、そう思っていたんだよ。
「よし、仕掛けるぞ、ナルバ、サックス、メモリアを撃ち込め」
「了解!」
「あいよ!」
そう言って、先行させた二人は作戦通りに敵の軍に奇襲を仕掛け、私達もそれに続くように浮き足立つ敵陣へ一気に攻撃を仕掛けた。
完璧な仕掛けだった。
敵の部隊は夜襲ということもあり、翻弄するような私達の錬金術の前に倒れていき、野営地には火を放った。
ある程度のところまで、敵軍に攻撃を加え、それからすぐに撤退するつもりだった。
この作戦はあくまでも奇襲が目的であり、敵の殲滅は作戦の中には含まれていない。
そして、私はこの時、冷静に戦況を見極めた後に皆に撤退の指示を送ろうとしていた時だった。
「ほぅ……。貴様がこの部隊の隊長か?」
立ちはだかるようにして私の前に奴が現れた。
その男は恐ろしいほどの威圧感を放つ、帝国の刺繍が入った赤い外套を身に付けた赤い髪のドレッドヘアーを束ねた男であった。
帝国錬金術師、エンパイア・アンセムを統括する大将軍、恐らく帝国内において皇帝に仕える、帝国軍で最強と謳われた男。
共和国でも奴の名前を知らない者はいない、それほどまでに伝えられている伝説は数えるだけでもたくさんある。
一人で十五師団を崩壊させることができる。
天を引き裂き、地を割る。
瞬きする間に死体の山が出来上がる。
その男の伝説の数々は共和国内においても、耳に入って来るほど有名な話ばかりだ。
私もね、それを前にしたら流石に足がすくんだよ。
帝国の最強錬金術師グロスキン・デスドラド。
奴の持つ専属の部隊は通称、死の十字架部隊と呼ばれていた。
デスドラドの異名は別名『支配の錬金術師』。
その名前と言葉通りの時間という概念に特化した錬金術師だった。
「……貴様は確かイージス・ハンドとかいう共和国の……」
「ぐっ……」
「まあ良い、では手合わせ願おうか、このデスドラドとッ!」
奴に鉢合わせたのは、運が悪かった、この一言につきる。
奴との戦闘は極力避けろというのが、共和国軍内で常々言われていた事だ。
デスドラドの扱う錬金術はメモリアが発現した半径15m以内の対象の時間を十五秒間止める事ができるというもの。
既に先行で仕掛けさせていた私の部下の二人、ナルバとサックスの二人は奴の手によって殺されており、無造作にその死体を私の前に投げ出された事を今でも鮮明に覚えている。
そこからは、他の隊員達を逃す為に私は殿として一人でデスドラドと対峙する事になった。
戦闘は三日三晩続いた。
奴の時を止めるメモリアと奴自身の異常な戦闘力は、脅威という一言で片付けられるほど、簡単なものではなかったよ。
「どうした? イージス・ハンドとはこんなものか? 小僧」
「ぐっ……」
二日目には奴から受けた剣の斬撃で右腕を吹き飛ばされてしまった。
物理とメモリアを放った対象の時を十五秒間止める錬金術の組み合わせは非常に強力でね。
私もこればかりはもうダメかもしれないと何度も死を感じた。
止血して、それでも左腕一本だけでなんとか持ち堪えてはいたんだが、奴の脅威はその強力な錬金術だけではなかったんだ。
「ふっはっはっは! どうした、そんなものかァ⁉︎」
「ちぃっ⁉︎」
人間離れしたその戦闘力は明らかに怪物を相手にしているようなそんな感覚だった。
帝国で人体改造し、兵器として戦場に出てくる人間はホムンクルスと呼ばれている。
そう、奴は度重なる人体実験に身を委ね、自身の身体を完全に兵器として改造した別名、ホムンクルスと呼ばれる人造人間に自ら望んでなっていたんだよ。
帝国の誇る最強の破壊兵器、それが、奴自身だった。
「貴様の力はそんなものか? クロース・キネス……」
「ぐっ……」
私が放った錬金術の多くは奴のめちゃくちゃな攻撃によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。
皇帝が国を支配するならば、大将軍であるデスドラドは戦場を支配する。
それをまさに体現したような強さだった。
だが、右腕を失った私はその後、奮戦し、なんとか奴に一撃攻撃を加える事に成功した。
その代償として、私は左眼を失った。
「……まさか、己の左眼にメモリアを撃ち込むとはな」
「あんたが……こうして……僕との間合いを詰めて来るのはわかっていたからね……。
最後の……賭けだったんだけどな……」
三日目の晩、最後に不意をついて、自身の左眼から発現させた木の槍で奴を仕留めるつもりだったが、その策も虚しく私は奴に屈する事になった。
その後、敵軍から捕らえられた私は治療受け、一命を取り留める事ができた。
だが、そこから捕虜になった私は帝国の研究者達から人体改造と人体実験の材料にされた。
薬を飲まされ、一週間ほど高熱にうなされた事はよく覚えているよ。
あれは、まさに地獄のような体験だった。
「あ……あぁ‼︎ み、水を……水をくれッ‼︎」
身体の節々が痛み、まともに歩く事さえあの時は出来なかった。
身体の細胞が全て変えられていくようなそんな感覚だ。薬を投与されて三日目、私の身体は完全に男性ではなく、女性の身体になっていった。
胸が大きくなり、上半身と下半身は燃えるように熱く、熱湯をかけられ続けているような感覚さ。
そうして、熱が引いて私が身体の調子が良くなってきた頃、その人体実験は次の段階へと進んだ。
「……ではこれより、人体兵器試作改造を行う」
「や、やめろっ! やめろぉ! あァッ‼︎」
私の身体は帝国の研究者達によって弄ばれた。
私がグリーデンとの戦いの時に見せた身体を覚醒させることで発現させるもう一つの錬金術、爆破の錬金術はそいつらが私に施した人体改造の結果だ。
それから、私はその人体改造の結果により、様々な副作用が起きるようになった。
まるで身体がずっと火照っているような高揚感が二週間も続いた。
「あー……。も、もうだめ……はぁっ……んあっ……」
実験が終われば、暗い牢獄で私は無造作に投げ捨てられた。
虚な目で横たわる私には、もはやまともな思考能力があったかさえ怪しいところだ。
それから、私の身体を定着させる為に研究者達が次に行ったのは、私の身体の強度を調べる事だ。
女の身体に完璧に変化しているのかを彼らは確かめる事にした。
私は椅子に座らされ、身体全体に対して何度も何度も電流を流し込まれた。それが、果たしてどういう意味がある研究なのかは私にも理解出来なかったけどね。
虚な目で、私は帝国の研究者達に何度も訴えた。
「もう……。殺してくれ……」
「うむ、健康には異常は無いな……続けろ」
「あァッ‼︎ うああああぁッ⁉︎ アァッ⁉︎」
だが、彼らは容赦なかったよ、敵国の兵士にかける情けなど持ち合わせていないといった感じだったからね。
私の悲鳴はいつも研究所の中で響き渡っていた。
誰も助けに来ない絶望感、そして、身体が悲鳴を上げる毎日は苦痛でしかなかった。
自殺をしようとも考えた事もある、だが、その前に私は奴らから、それすらさせてもらえぬ様に管理されていた。
気が狂うかと思ったね、そして、それから私は帝国に忠誠を誓うように洗脳が開始された。
私が帝国から捕われて数ヶ月後、私は奇跡的に救出に来たシド達から助け出される事になった。
「もう大丈夫だぞ……! キネッ」
「隊長! 敵の増援が来ますッ」
「私が殺る、お前達はキネを連れて撤退しろッ」
「了解」
それから、帝国の研究所はシドによって地獄に変えられた。
そこにいた研究者達のほとんどはシドから抹殺されたと話は聞かされている。
だが、この時の私は既に朦朧とした中で、研究所が燃えている様な音しかわからなかった。
――――――――――
私が話を終えると講義をしていた教室はシーンっと静まり返る。
これが、実際に私が体験した戦場での出来事だ。無慈悲で、残酷で、そして、大きな心の傷しかそこには残っていない。
私もその心と身体に傷を負った一人だ。
「これが私が経験した戦場での出来事だ。
信頼していた部下は殺され、私は敵国からボロ雑巾のように扱われた。これが、現実だ」
私の言葉に生徒達は黙り込む、別にだから帝国を恨めという事を私はこの話を通じて彼らに伝えたいわけじゃ無い。
彼らはまだ学生で、これから様々な道が選べるという事を示してあげたいのだ。
それから、私は優しい口調でゆっくりと皆を見渡しながらこう告げる。
「……私は今、銃を置き、ビルディングコーディネイターという仕事をしている。
錬金術を人の幸せに使いたいそう思ったからね。
だから、君達にもそういう生き方を是非、私の話を通じて選んで欲しいと思ったんだ」
私は笑顔を浮かべたまま、暗い雰囲気を漂わせている生徒達に告げる。
人を殺す英雄という肩書は胸を張る様なものではない、それよりも、せっかく色んなことに役立てる事ができる錬金術を学んでいるのだから人を幸せにする事にそれを使って欲しい。
確かにここにいるのは軍人として、錬金術を学びに来た生徒達なのだろう、だからこそ、元軍人である私が彼らに伝えてあげられる事はたくさんあるはずだ。
「君らの人生は君らで掴み取らなきゃいけない、軍学校で学んだのだから軍人になる必要だってないし、選べる生き方はたくさんある。
もし、私の元で働きたいって思う子が少しでもいるなら、是非、シュヴァインブルクにある私の店に来るといい、歓迎するよ。
以上で私の講義は終わります。ありがとう」
私がそう言って、頭を下げると生徒達からは溢れんばかりの拍手が飛んできた。
どれだけ、私の言葉が彼らに刺さったのかはわからない、だが、少なくとも、私達が経験した戦争に進んで戦いたいと思った生徒は減ってくれたに違いない。
もちろん、彼らが今後、この学校を出てから軍人になる事も反対しているわけではない。
全ては彼ら次第だ。私はそう思う。
それから、講義を終えた私はラデンと共に学生達に見送られながら母校の軍学校を後にした。
車の中でラデンは何やら申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
おそらく、私が先ほど話した話の内容の事だろう。
「あの……。キネさん……私」
「あれはもう昔の事さ、君が気にするような事なんかじゃないよ」
「でも! 私はッ!」
「……戦争はそういうものだろう?」
私の言葉にラデンは思わず口を噤む。
母国が私に対してやった事に対する罪悪感があるのはわかる。だが、それはきっと共和国の捕虜にされていたラデンにもどうする事もできなかった事だ。
私はラデンの頭をクシャリと片手で撫でてやると笑みを浮かべながらこう告げる。
「君のように心優しい帝国軍人だっている。
人の心を通わせれば、きっと共和国と帝国はこれから共に仲良くなっていくさ」
「……はい……」
優しく撫でる私の手を受け入れながら、下を向いて涙を静かに流し始めるラデン。
きっと、ラデンのように優しい心を持つそういう人たちが、これから、この世界を良くしてくれると信じている。
車に揺られながら、私はそんな密かな願いを抱きつつ、シルフィアの屋敷に車を走らせるのだった。




