準備
メイドから部屋を案内された私達はシルフィアが話終わるまで、その部屋で待機する事になった。
とはいえ、これまた広い部屋で落ち着かないな、ラデンもどこかソワソワしているようだしね。
苦笑いを浮かべる私はそんなラデンにこう告げる。
「なんだか落ち着かないね」
「……ですね」
私と同じように苦笑いを浮かべ応えてくるラデン。
私とラデンは一般的な感覚に近いからそう感じるだけなんだろうけど、やはり、アルヴィス家の財力は改めて凄いんだなと思い知らされた。
それから、待つ事、数時間。
部屋の扉が開き、シルフィアが話を終えて帰ってくる。
その表情はどこか憂鬱そうだった。それはそうだろう、私だってあんな連中と同じ部屋になればシルフィア同様に数分もしないうちに憂鬱になる。
シルフィアは疲れたような大きなため息を吐くと私達の対面の席に座る。
「……はぁ」
「どうだった?」
「日取りと場所はなんとか纏まったわ……」
私の問いかけに頭を押さえながら答えるシルフィア。
見た感じ、その抗争の儀の日取りについてかなり揉めたんだなという事は見たら分かる。
明らかに全員、親戚同士で仲が悪そうだったし、少しでも自分達の有利になるような日取りと場所にしようと躍起になったんだろう。
小賢しい細工なんかも考えていたのかもしれないね?
「来週の月曜日、場所はバイエホルンのサリエンツ・アレーナよ……」
「……はぁ、またデカいとこでやるんだね」
「彼らは抗争の儀をエンターテイメントとして扱って客からの収入を得ようと考えるみたい。
……全く、お金儲けしか頭にない連中だわ」
シルフィアは苛立った様に私にそう告げる。
彼女が苛立つ理由もわかるけどね、しかしながらそんな大きな会場を借りるなんてアルフィズ家の財力は本当に恐ろしい限りだ。
これは、私の対戦相手も一癖も二癖もありそうな連中になりそうな気がしてきたな。
流石にこのまま何もせず、一週間過ごすってわけにもいかないだろう。
「ラデン、ちょっと身体慣らしに付き合ってくれないかい?」
「……え?」
「流石に昔の勘を戻しとかないとね」
私の言葉に目を丸くしていたラデンだったが、しばらくして、わかりました、と快く了承してくれた。
ラデンほどの相手なら、私としても身体慣らしには持ってこいだ。戦場から離れて鈍ったと前にグリーデンに指摘されたがそれはあらがち間違って無いからね。
そんな私の会話を見ていたシルフィアは首を傾げながらこう問いかけてくる。
「え? ……なんでまた」
「こうでもしなきゃ実戦の時に動かないからね。
実戦から離れて少し落ちた体力も、少しでも良いから元に戻しておきたいと思ってるし」
私の言葉にシルフィアは、なるほどね、と納得したように頷いた。
しかしながら、身体を動かすって言っても場所が無いんだよな、私やラデンがぶつかり合ったら辺り一面が錬金術ですごい事になってしまうしね。
何処か良い場所があれば良いんだけど。
「それじゃちょっと待ってもらえる?」
「え……?」
シルフィアの言葉に間の抜けた声を溢す私。
すると、シルフィアはしばらくして固定電話に向かうと何処かに電話をしはじめた。
電話の内容はよくわからなかったが、どうやら、私達が模擬戦ができる場所を確保してくれているらしい。
「えぇ……。そう、それじゃ今から二人がそちらに向かうわね。
後はそちらでお願いできる? ありがとう、恩に切るわね」
電話を一通り終えたシルフィアは受話器をガチャリと置いて電話を切る。
そして、椅子に座り電話を終えるまで待っていた私達の方にやってくる。
一体何処に電話を掛けていたんだろう? 見た感じ結構親しげな様に見えた気がするんだが。
「今から軍学校の演習場を貸してくれるらしいわ、車で来てくれて構わないそうよ」
「なんかまた、とんでもないところに電話したね、君は」
冷静な口調でグッと小さくガッツポーズしているシルフィアに突っ込みを入れる私。
軍学校の演習場を貸してもらうとかどんな手を使ったんだろうね、全く。しかも、あそこは私の母校だから地味に嫌なんだけども。
とはいえ、場所は難なく確保できたのは間違い無いし、せっかくなんでこの際、細かいことは気にせず貸してもらうとしようかな。
「……とりあえず、今から車で移動ですね」
「屋敷に戻ってくる時は使用人に私の名前を告げて頂戴。
そしたら、すぐに門を開けてくれるわ」
「わかった」
そう言って、私はラデンと共に部屋から出て行く。
あまり遅くまでやり合うつもりは無いし、今日はどちらかと言うと車で遠出したから少し疲れてるからね。
身体を動かすにしてもほどほどにして帰るつもりだ。
車に乗り込んだ私はラデンと共に元母校の軍学校に向けて発進させる。
ラデンは助手席に座ると自身のバレッタを取り出すと手入れをする様に扱いはじめた。
「持ってきといてよかったですよ、これ」
「基本、肌身離さず持ってるだろう?」
「まあ、そうなんですけどね。
今回、私は錬金術を使う事は無いだろうと思っていたので、実はバレッタはキネさんの店に置いてこようかなと考えてたんですよ。
けど、シドさんからは一応、持って行っとけって言われたので持って来てたんですけど、正解でしたね」
笑みを浮かべながら私にそう答えてくるラデン。
確かに、今回、ラデンは単に付き添いのつもりで来ていたつもりだったし、ラデンも別にバレッタを使うつもりは微塵もなかったとは思う。
今回は完全に私の巻き添いみたいなところがあるかもしれないな、そこに関しては口には出さないがちょっとだけ申し訳ないとは思っているよ。
まさか、ラデンとこうして錬金術で模擬戦をする事になるとはね、エンパイア・アンセムとして戦う彼女とは一戦も交えた事が無いから良い経験になるかもしれないな。
何にしても、後一週間しかない、その間に出来るだけ実戦での勘と体力を元に戻して抗争の儀に備えておかないとね。




