迫られた選択
それから、私はシルフィアからまずは家の事について聞く事になった。
私が耳を傾ける気になったのは、彼女があくまで自分ではなく他人のためにここに来たと言い切ったからである。
そうでなければ、きっと私はこうして彼女に対して話を促したりはしなかっただろう。
旧華族のアルフィズ家にまつわる謎と私との婚約解消を何故しなくてはならなくなったのかという事だ。
「私の家の事は知ってるわよね、共和国の中でも武闘派の家系であり、財閥の一つと呼ばれている家柄のアルフィズ家」
「あぁ、アルフィズって言えば、共和国の高機動力の主力戦車を生産している大企業BAWを所有している一族だしな」
「それだけではないわ、陸海空の軍備生産もそうだけど、日用的に使われている自動車などにも事業を展開しているの」
シルフィアはゆっくりと自分の家がどういった財力を有している一族であるのかという事を語りはじめる。
普通の家庭とはかなり異なる家柄である事は私も理解している。婚約をした時には一度、屋敷にも挨拶をしに行ったからね。
しかし、私がシルフィアに惹かれたのは別に名家だったからではない。
私は単純に彼女の人柄に惚れたから婚約したのである。彼女との出会いも飲み歩いていたバーだったからね。
さて、逸れてしまいそうだからそろそろ話を戻すとしよう。
「それと、私との婚約破棄がどう繋がるんだい? それに私に君は心ない言葉も浴びせられた気がするんだけど?」
「……それは。……私は父からそうしろと脅迫を受けていたのよ」
シルフィアは震える声で悔しさをかみしめるような表情を浮かべ、私にそう告げる。
武闘派の家系であり、なおかつ、名家でもあるアルフィズ家にとって、帝国から人体実験の受けて、女にされた私は最早、価値が無い。
何故なら、優秀な子供を家に残せないからだ。
イージス・ハンドであり、名が知れていた英雄の一人である私とシルフィアとの間の子を名を一族の一人として残せれば、それだけで、アルフィズ家の価値は上がる。
だが、戦争で負傷し女になった私をアルフィズ家は迎え入れる訳にはいかなかった。
武闘派と知られているアルフィズ家には、そんな婚約者は必要無い、それが、一族の長であるシルフィアの父の判断であった。
「貴女と……逃げようとも考えたわ、だけど、私の事を昔から世話してくれた家政婦達や私の妹を人質に取られたら、もう、私に残された選択肢は一つしかなかった……」
「……私との婚約解消か……」
「アルフィズ家は軍とも関わりが深いからすぐに情報が手に入るのよ……、父も貴女の事を知った途端に……」
そこからは容易に予想がついた。
私との関わりを一切断つことを条件にシルフィアの仲の良い者達の身柄の安全を保障したのだろう。連絡も会うことさえも一切許されなかったとシルフィアは語る。
これが、実の親が娘にやることだろうか、全くもって反吐が出るような仕打ちである。
それから、シルフィアは私との連絡を一切取ることはせず、姿を消すようにして身を隠していたと言う。
「……ただ、変装をして、ちょっとだけ貴女の様子を内緒で見には来ていたのよ。
……だって……自分の気持ちに嘘は付けないじゃない」
「…………」
「そしたら……幸せそうに仕事をしている貴女の姿が見えた。
……きっと、私が居なくても貴女は幸せに過ごせてるんだって、そう思って」
そう話すシルフィアの声は震えていた。
胸が張り裂けそうな気持ちで遠目から私の姿を眺めていたシルフィアはその時の事を思い出して、大粒の涙を流しはじめた。
自分の存在価値が無くなった、自分を必要としてくれてる人さえも自分の事を忘れてしまう。
シルフィアは怖かった、だが、私のことを思うとそれを見守る事しか出来なかったのだ。
「……父がようやく死んで。貴女に会えるようになったのだけど、私は貴女に合わせる顔がなかったわ……。
貴女が優しい人だって知っているから、このまま私の事を忘れてもらえた方が幸せだろうってそう思ったから」
「……シルフィア……」
「でも、それから父の遺産の話が出てきて……。
親族達は私の妹と家政婦達はこれからの一族には不要だからって……利用価値が無いから処分すると言ってきたの」
シルフィアは涙を拭いながら私にそう告げる。
正直、嘘だという可能性もある。だが、彼女と婚約者として付き合っていた時にはそんな不誠実な人間であるようにはとても見えなかった。
こんな身体にされてしまった私なんかにこだわらずに他の男と婚約すればよかっただろうに……。
すると、シルフィアは私の目を見つめたままこう言い放つ。
「……他の男性との見合いは全部断ったわ……。それは私ができる父への唯一の抵抗だと思ったから……」
「君自身の幸せを捨てるのは……」
「馬鹿らしいって? そうかもしれないわ……。
けどね、私にとって幸せは貴女の側にいる事、ただそれだけだったのよ、どんなになってもね……」
この言葉をシルフィアは戦争から帰ってきた私に本当は告げたかった。
例え、身体が女にされようと、右手と左眼がなかろうと、それでも国の為に戦ってきた英雄だって胸を張りたかった。
ただ、そんなボロボロな私に感情を押し殺し、言いたく無い言葉を吐いて嫌われて、そして、また籠に入れられる小鳥のようにアルフィズの家から監視される。
彼女には彼女なり人には他言する事ができない事情があった。
「……父が居なくなって、貴女にこうして会えたのに、私はどうしていいかわからなかった……。
こんな話をしたら貴女はきっと困ってしまうだろうって思って迷った、だけど、私一人の力ではどうする事もできないの」
「…………」
「シド……。私が嘘を言っていると思うなら迷わずその銃で撃ち抜いてくれて構わないわ。
私が目障りで邪魔なら殺してくれていい、だけど、殺した後に私の妹と家政婦達だけはなんとか助けて欲しいの。
私はどうなっても構わないから」
そう言うと、シルフィアは机に頭を突きつけながら、恥も関係なく私とシドに頭を下げてくる。
別に自分の命はもう必要無いとシルフィアは言い切った。今、この場で自分を殺してくれてもいい、だけど、自分の大切な人だけは助けて欲しいと彼女は覚悟を見せた。
きっと、それは本当だろう、彼女が先程まで語ってきた眼がそう訴えかけている。
シドは銃を取り出すとシルフィアの頭にそれを突きつけた。
「そうか、ならそうさせてもらおうか」
「シド!」
「口ばっかりかどうか、見せてもらうって事だよ、ちなみにこいつは弾込めたばっかりだからな」
そう言って、静止しようとする私に対して、冷め切った冷徹な眼差しを机で頭を下げるシルフィアに向けるシド。
そして、シルフィアはシドから頭に突きつけられた銃を右手で掴むと銃口をしっかりと頭のてっぺんにくるように押さえつける。
そして、覚悟を決めた声色で銃を突きつけるシドにこう言い放った。
「……しっかり狙いなさい……」
「シルフィアさん! ダメですよっ」
「私は命をかけて、今、ここにいるの。
その覚悟はもう出来てるわ」
銃口を突きつけるシドに一歩も引かないとばかりに言い切るシルフィア。
緊張感が張り詰めるように辺りに漂う、シルフィアは自分の潔白を示す為にわざわざシドの挑発に乗った。
その精神力の強さもそうだが、全てを捨ててでも、恥を捨て命を捨ててでも自分の大切な人達を救いたいという気持ちがあるのだろう。
銃を構えたシドはその引き金にゆっくりと指をかけ。
そして、迷いなくその引き金を私達の目の前で容赦なく引いてみせた。




