シルフィアの頼み
後日、元婚約者であるシルフィアが改めて私の店を訪れた。
正直、私としてはあのまま諦めてくれていた方が気が楽だったんだが、そうもいかないらしいね。
今回はシドとラデンが隣にいる。なんでも、話だけ聞くだけなら同席させて欲しいという事だったので私が許可した。
「それで? どの面下げて何をお願いしに来たんだよシルフィア」
「…………」
シドからそう問い詰められて、押し黙るシルフィア。
あからさまに嫌悪感を出してるからね、シドの気持ちはわかるんだけどシルフィアが何も言わなければ話が始まらない。
という事で、私は少しだけ助け船をシルフィアに出してあげる事にした。
「話してみなよ」
「……う、うん……実はね」
それから、私に促されてシルフィアはゆっくりと私達に今回、相談しに来た頼みとやらについて語り始める。
なんでわざわざ私が彼女に助け船を出してあげなきゃならないんだろうね。
私も心境としては正直、シドと一緒だ。
「……実は先日、お父様が亡くなったの……。
それから……その、遺産の話になったのだけれど、親戚の間で腕利きの兵士を代理人に立てて、互いに戦わせてその後継者を決めようという事になったの……」
「それで?」
シドは蔑んだ眼差しで、その先を話す様にタバコに火を付けながらシルフィアに話す様に促す。
正直、別にこの段階で全員シルフィアが言いたいことについては予想はついていた。
だが、最後まで、自分の口で私に何をお願いしようとしてるのか自覚させる為に敢えてそうシドは問いかけているのだ。
腕利きの兵士を代理人に立てるという時点で、この面倒事に自分の生き方を見つけ前を向いている私を巻き込もうとしているのは明らかだ。
結局、私欲が絡んだお願いでしかない。
「……キネスに……私の代理人になって欲しくて……」
「話になんねーな、お前、頭大丈夫か?」
今からでも、唾でも吐き捨ててやろうかとばかりに言い放つシド。
私が前に軍でイージス・ハンドに選ばれていた事を知っている上での言葉なんだろうが、いきなり現れたと思いきやそんな事を頼まれるとは思いもよらなかった。
私の今の生活を見れば、そんな依頼を持ち込んでくる事自体、ナンセンスだ。
下を向きながら話すシルフィアに私は悲しげな眼差しを向けたままこう問いかけはじめる。
「ねぇ、シルフィア……。君は私がまだ、人殺しの兵士をやっていると思っているのかい?」
「……いえ。そんな事は……」
「……私はね、ビルディングコーディネイターとして、人の幸せの為に錬金術を使ってるんだよ」
私の言葉にシルフィアは押し黙る様に口を噤んだ。
彼女と婚約したのは確かに私が軍人だった時だった。その時の私はイージス・ハンドとして、シドやレイと共に名の知れた将であり、兵士だった事には変わりない。
その時の私のことを知っているシルフィアにしてみれば、きっと私を優れた兵士であると思っていたとしてもなんら不思議ではないだろう。
だが、何より悲しかったのは…、彼女にとって私がそれしかできない人間だと思われている事だった。
しかも、頼んできた事は遺産相続の為の後継者としての争いだ。
都合があまりにも良すぎるし、何より、それは今の仕事に誇りを持っている私に対しての侮辱に他ならない。
だが、シルフィアはそれをわかっている上で私にこう告げてくる。
「そんなつもりはなかったの……ただ……」
「言い訳だろ?」
「あの時の婚約をあぁやって破棄しなくてはならなかったのは……私の意思なんかじゃないわ……これは本当の話……」
シルフィアはシドの目を真っ直ぐに見つめたまま悲しげな表情を浮かべてそう告げる。
今更、そんな話をされてもね、もう、どうしていいのか私にもわからないよ。
本当なら、彼女を突っぱねて店から追い出すべきなんだろうな。
「あの時……。私は…父から…貴女と別れるように強要されたの。
……だから嫌われる様にあの時はあんな言葉を吐いたわ」
「そりゃお前の家の都合だろうが! 知るか!
あの時、戦場から帰ってきて絶望に打ちひしがれてたキネの気持ちを考えた事あるのかよお前ッ」
「ちょっ…! シドさん!」
遂にシドの怒りが頂点に達し、シルフィアの服の襟を片手で掴み上げて怒鳴る様に告げる。
ラデンはそんな怒りをあらわにするシドを宥める様に仲介に入ろうとする。
だが、今すぐにでも殴ろうとするシドの勢いにラデンは圧倒されていた。このままでは、本当にシドはシルフィアをぶん殴ってしまいそうだ。
私もこれには、さすがに仲裁に入らないといけないと思い、席を立つ。
すると、襟を掴まれていたシルフィアは負けじと声を張り上げてシドにこう言い返した。
「何も知らない癖にッ‼︎
私だってねッ! こんなくだらない事にキネを巻き込みたくなかったわよッ!」
「逆ギレか? だったら荷物纏めてとっとと帰れよッ!」
「それが簡単に出来たら苦労はしないわッ!」
そう言いながら、一歩も引こうとせずに涙を目に溜めるシルフィア。
何故、ここまで意固地になるのか全くわからない。
私が受ける気が無いのは見ればわかるというのに、それでも、縋ってくる理由が何かあるのだろうか?
なんなのだろうか、その引けない理由というのは。
「たかだか遺産くらいなら……別に……」
「……私の妹と……。家政婦達の命が掛かってるの」
そう告げるシルフィアの声は震えていた。
シルフィアの家は旧華族と呼ばれる名家。そんな彼女が、ここまで私にお願いをしてきたのは別にその家の遺産が欲しかった訳では無い。
他の者たちの命が掛かっているからに他ならなかった。
複雑な家庭の事情がいろいろあるのだろう、彼女の身に何があったのか、そういえば、婚約してから私が戦争から帰ってくるまで、私は彼女の家の事、そして、彼女の抱えていたものを全て理解しきれていなかったような気がする。
彼女が本当に自分の都合だけで私と縁を切りたがるのだろうか?
私はひとまず、シルフィアの襟を掴み上げているシドの手をそっと添えるようにして押さえた。
「キネ……。お前……」
「シド、離してあげてくれ。……話をちゃんと聞きたい」
私はお願いする様にシドにそう告げる。
ここで、私はちゃんと過去と向き合わないといけない、強くそう感じた。
何か事情があるに違いないのは確かだ。彼女が抱えているものをしっかりとこの耳で聞いてあげたい。
興奮したままで、冷静に彼女からちゃんと全ての話を聞き出す事は不可能に近いだろうしね。
シドは軽く舌打ちすると、手を離しドカリッと先程まで座っていた椅子に座る。
それから私はシドから襟を離されて、地面に尻餅をつくシルフィアに視線を合わせ、目を真っ直ぐに見つめながらこう告げた。
「シルフィア……。
君が今まで話せなかった事、全て包み隠さず何もかも話してくれないか?」
シルフィアは目から涙を流しながら、静かに縦に頷く。
それから、シルフィアは呼吸を整えた後、私達の前でゆっくりと自分の家の事と私の婚約を解消せざる得なかった訳について語りはじめた。




