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悪酔

 





 閉店した店にシドは疲れたようにため息を吐いて帰ってきた。


 シドが受けた今日の依頼は街のゴロツキから吹っかけられてお金をせびられるという商店の店主からの依頼だ。


 やることは至ってシンプルだった、その店主を脅しているゴロツキ達を締め上げるだけ、普段から荒事に関して慣れていたシドにとってみれば楽な依頼である。


 もちろん、ゴロツキ達は二度と店に近寄らない事を約束し、店主からは依頼金を貰って帰ってきた。


 大体、平時の時にシドがこなす仕事はこんなものである。



「ただいまー……っと」



 ガチャリと店の扉を開けて、中へと入るシド。


 すると、扉が開いて目に入ってきた信じられない光景にシドは思わず度肝を抜かされる。


 それは、紅潮した顔でベロンベロンになっている私の姿であった。


 酔っている私はシドが扉から入ってきた事に気づくとだらしない顔のまま絡む様に彼女に抱きつく。



「あ〜……! シドだぁー! おかえりぃ〜うへへ〜」

「うわっ! おまっ! 酒臭っ!」

「ひどぉい、わらひはぁ、一人でぇ晩酌してぇたんらぞ〜」



 呂律がまるで回っていない私の鬱陶しい絡みにシドも思わず顔をしかめていた。


 格好も酷いものだ、服のシャツははだけていて胸元が露わになっているし、下のズボンやスカートといったものを何も穿いてないものだから緑のリボンが付いたショーツが見えてる状態である。


 普段からシドに服を着ろと注意している私とはとてもかけ離れている酷い姿であった。


 悪酔いもここまで来ると酷いものである。シドは思わず抱きついてくる私に呆れたようにため息を吐くとこう告げる。



「んで? 何があったんだよ?」

「ほぇ〜? 仕事終わってぇ飲んでたぁ〜」

「そうじゃねぇよ、あーあ、酒瓶こんなに開けてさぁ」

「あうっ」



 そう言いながら、シドは絡んでくる私の背後に散らばる大量の酒瓶を見ながら呆れたように軽く頭を小突いてくる。


 私がこんな風にベロンベロンになる姿なんて滅多に見せないものだから、さすがに普段からだらしないシドもおかしな事に気づくんだろうな。


 とはいえ、この時の私は酔っていて全く記憶がないのでそんな事はお構いなしである。



「というか、ネロとケイは? あとラデンもどこ行ったんだ?」

「はへぇ〜? みーんな家に返したにひまってるひゃんか〜」

「もう何言ってるかわからんぞお前」



 お酒の瓶を片手に呂律が回っていない私に苦笑いを浮かべているシド。


 だらしなさが凄まじい、普段の私を知ってるシドからしてみれば目も当てられないほどのポンコツぶりであった。


 それだけ、お酒を飲んでいないとやってられない事でもあったんだろうかとシドは思わず心配になる。


 すると、私はシャツに手を掛けて立ち上がると意気込んだようにこう叫びはじめた。



「よーひ! いい具合に酔ってひたから! ひまからひょっと裸でしょとをはひっらうぞー!」

「わーっ!! お前! 脱ぐのはやめろ! 脱ぐのは! 上半身裸で街中を走ろうとすんな!」



 そう言って、服を脱ぎはじめた私の手を掴んで慌てて静止するシド。


 ここで止めていなければ、この時の私なら間違いなく上半身の胸を曝け出したまま、ショーツ一枚で街を走り回っていたに違いない。


 まだ、男性だった時の記憶が根強く残っているので、これくらい屁とも思っていないのだろう。


 今考えれば、とんでもないことをしでかそうとしてたんだと思う。


 あの店には痴女がいるなんて街中に知られたりしたら、私の威厳も何もあったものではない。


 まあ、この時の記憶は吹っ飛んでいて微塵も覚えてはいないんだろうけどね。



「……あふゅい……」

「そりゃ、そんだけ酒飲んで暴れてりゃな」



 そう言いながら、シドは肩を竦めて呆れたように私に告げる。


 一方の私はというと、酒瓶を未だ握りしめたままグッタリと机に伏していた。


 あー、頭がグルグルする、なんだかホワホワしたまま足が地につかない感じ、だが、お酒はまだまだ飲める。


 私はグラスにお酒を注ぎながら、大きなため息を吐いた。



「なんだよ、話してみ?」

「……うー」

「今更隠す事はねぇだろ? 私とお前の仲じゃないか」



 そう言いながら、シドは既に事務所で服を脱ぎ、シャツと赤い下着姿というラフな格好に着替えて、私の対面の席にドカリと座る。


 このお店の中にも裏にはシャワーが付いているし、寝床が付いている。


 別に店で寝泊りしてもなんの問題は無いようにはなっているので、今晩は私の様子見も兼ねてシドは店に泊まる事にした。


 私は最初からこの店に泊まる事を決めていたので、ネロちゃんとケイは先に家に返したというわけである。


 とはいえ、家も私の店の上にあるんだけどね。


 シドはお酒を呷るように飲むとグラスをバンとテーブルに置き、私の顔を両手で引っ捕まえるとズイッと距離を詰め真っ直ぐに目を見つめてくる。



「ほぉら、私も酒に付き合ってやるから、早く話せ」

「……実は……」



 それから、呂律が回っていない私は愚痴を言うかのようにシルフィアが店に来た事や彼女から助けを求められた事をシドにポツリポツリと話しはじめた。


 私の話を聞いていたシドは黙って耳を傾けたまま、淡々とお酒を口に運んでいる。



「そういうわけなんだ……うぷ」

「なるほどなぁ? お前、まぁだ引きずってんのかよ」

「うるひゃいなぁ……ひかたなひだろぉ? なんか気持ち悪くなってきた……」



 シドも良い感じでお酒が回ってきたのか、ニヤニヤしながら私の話に耳を傾けている。


 同じようにお酒が入った方が腹を割って話せると思ったんだろう、だが、それはすなわち、本来、ベロンベロンになった私を面倒見る人がこれで居なくなったという事だ。


 言っておくが、シドも酒癖は相当悪い、それも私と同じくらいにだ。


 それから、私はシルフィアに対してどうしていいかわからない事、私自身がどうしたいかが全くわからない事を全部ぶちまけた。



「……おろろろろろ」

「ひゃははははっ! 何吐いてんだよお前っ!」



 そして、ついでに堪えていたゲロも店の外の床にぶちまけた。最悪である。


 私は涙目になったまま、シドに背中をさすってもらった。流石に一回吐いてしまうと、わりと酔いが冷めてしまうものである。


 シャツにもちょっと付いてしまったので、私は軽くシャワーを浴びることにした。



「あー……本当、気持ち悪っ……」

「おー! キネッ! シャワー入るなら一緒に入るぞ! 一緒に!」



 普段なら、こんな事をシドから言われても断っているところなんだが、今日はどうした事かそんな事がどうでもいいほど私は酔っていた。


 シドも仕事を終えてきたし、風呂かシャワーを浴びたいだろうとも思っていたしね、私が入って待たせるのも申し訳ないなとこの時は思っていたのかもしれない。


 なので、私は同じようにお酒を飲んでいるシドのその提案を突っぱねる事はせずにあっさり受け入れてしまった。



「えー……? もう面倒だから良いや」

「よーし、背中流してやるからなー」



 ニコニコしながら、酒に酔っているシドは私の背中を押すようにしてシャワー室へと一緒に入っていく。


 そうして、下着を脱いで互いに裸になった私達は酔ったまま一緒にシャワーを浴びる事になった。


 本来、お酒を飲んだ後のお風呂とかシャワーは危険だから本当にやめた方が良い、この時の私達はお酒の飲み過ぎで頭のネジが外れていたのでこういう事をしてしまってるが、皆にはオススメはしないのでやめておこう。


 シドはシャワーを浴びながら金髪の跳ねたショートカットの髪をを梳かすように洗っている私の裸体をまじまじと見ながら、興味深そうにこう呟き始める。



「おー……、キネ、お前って意外と胸あるんだな」

「ちょっ……! 何背後から触ってんの?」

「良いじゃんか、女同士なんだからさ」



 多少、シャワーを浴びたお陰で酔いが冷めてきた私は胸を持ち上げるように片手で触ってくるシドにジト目を向ける。


 確かに女同士なのだが、いきなり胸を触るのはいかがなものかと思うんだがね、だが、私は酔っているので最早そんな小さな事もどうでもいいと思ってしまっていた。


 それから、しばらくしてシドは私の腰にそっと手を添えてくるとギュッと身体を密着させてくる。



「なぁ? キネ……」

「なんだよ」

「お前はさ、今の私の事はどう思ってんだ?」

「どうって……」



 シドの言葉に私は思わず言葉を詰まらせる。


 なんと答えてあげる事がベストなんだろう、私も今は正直、心の中がぐちゃぐちゃになってて、お酒を飲んでごまかしていたぐらいだ。


 どう答えてあげようかと、私が考えているとシドは私の下半身にゆっくりと手を伸ばしはじめ、そして、もう片方の手でグイッと私の顔を自分の方へ無理矢理向かせてきた。



「今ははっきりと答えなくても良い。

 ……けどな、私の答えは昔からこうだ」

「ちょっと……、悪い冗談は……んっ!」



 そこからの記憶はよく覚えていない。


 だが、私の唇を覆うように接吻してきたシドの唇の感触はなんとなくだが、覚えているような気がする。


 お酒が入っていたせいなのか、果たして、シルフィアに出会った私が迷っていたせいかは定かではないが、この時の私はシドの事を簡単に受け入れてしまっていた。


 こうして、お酒に溺れた私の夜は明けていく。


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