元婚約者
私はテーブルの上に紅茶をゆっくりと置く。
平然と置いているように周りから見えるかもしれないが、とんでもない、心臓はバクバク言っているし、正直言って、彼女の顔なんてまともに見れそうもなかった。
私はゆっくりと彼女と対面の席に座ると複雑な表情を浮かべたままこう問いかける。
「それで……、どういうつもりでここに来たんだい?」
「……それは」
気まずそうに彼女も私から視線を逸らす。
本当、シドがこの場に居なくて良かったとこれほど思った事はない。
じゃないと彼女とこうやって腰を据えて話す事も出来なかっただろうからね、タイミングが良かったといえばよかったんだが、私としてはあまり気乗りしてないというのが本音だ。
彼女、シルフィア・アルフィズはそれほどまでに私にどでかいトラウマを遺していった相手なのだから。
シルフィアはしばらくして、ゆっくりと話をし始めた。
「実は貴女に……助けてもらいたくて……」
「へぇ…?」
私は言い辛そうにそう告げるシルフィアの言葉に興味なさそうに言い放った。
神経が図太すぎて思わず笑いが出そうになってしまったよ、どういったらそういった発想が出てくるのかがわからない。
助けてもらいたい? 私が戦場から帰ってきて、された事を私は忘れた日は無い。
都合の良い時だけ助けを求めてくるなんてどうかしてるんじゃないのか。
私はそんな内心から出てきそうな言葉をグッと堪えて、ただ一言、彼女にこう告げる。
「自分が何言ってるか理解してる?」
「…………」
私の一言に押し黙るシルフィア、きっと私の元に来た時にこうなる事はわかっていた筈だ。
正直、私に頼るほど、何か逼迫している状況であるのだろうが私だってそんな都合が良いお人好しという訳ではない。
理由も無く助ける義理など私にはないし、できればこのままお帰りしてもらった方が良いだろう。
最早、シルフィアともただの他人だしな、私は席を立つとシルフィアに向かいこう言い放った。
「帰りはあちらの扉からだよ、用がそれだけなら早く帰ってもらえないかな?」
「……ごめんなさいっ!」
シルフィアはそう言うと大粒の涙を流し始めた。
私はそんな彼女の姿に少しばかり驚いたが、いきなり泣かれてもどう接したら良いか戸惑ってしまう。
参ったな…、本当になんなんだろうか。
私は涙を流すシルフィアにゆっくりとこう告げ始める。
「……何についての謝罪? 私に謝る事なんてないでしょ?」
「私……貴女をあの時、いっぱい傷つけてしまったわ、本当なら戦場から無事で帰ってきた事を喜ぶべきだったのに」
そんな事を今更言われて、謝られても、私にどうしろというのか?
私は何というか、内心どうしていいかわからなかった、彼女に何と言葉を掛けたら良いものか…。
だが、それも今は過ぎてしまった事だ。
「とりあえず今日は……申し訳ないが帰ってもらえないか?」
「キネ……」
「できればその名で私を呼ばないで欲しい……。
しばらく時間をくれ」
何はともあれ気持ちを整理する時間が欲しい。
正直、今、シルフィアを責め立てるよりはあの時の状況と今の自分の状況を見てもその選択を選んだ彼女のことも多少理解できる自分が居る。
だが、割り切れと言われても、素直に割り切って彼女に接するのは今の心理状態では非常に困難だ。
だからこそ、日を改めて来て欲しいとそう思った。
「……わかったわ」
背を向けたまま冷たく言い放つ私にシルフィアは暗い表情を浮かべて椅子から立ち上がると背を向けてゆっくりと店の扉へと歩いてゆく。
そして、店の扉を開いて出て行く彼女の姿を見送ることなく、私は深いため息を吐いて、懐からタバコを取り出した。
なんで、こんな時に彼女が私の目の前に現れたのか理解出来ない。
彼女がわざわざ私に助けを求める事とは一体何なのだろう。
「キネスさん? 終わりました?」
「ん……あ、あぁ」
「じゃあ、家具の試作品を早速作りたいんで工房に来てください、一応、自分なりにネロちゃんから教わりながら作ってみたんですけど」
「わかった、すぐ見に行くよ」
ラデンから工房に来るよう促された私は彼女の言葉に頷き応える。
何にしろ、余計なことを今、考えるよりは体を動かして家具を作っていた方が多少はマシだろう。
シルフィアの事については、仕事が終わって、また、夜にでも考えることにしよう。
工房に足を運んだ私にラデンは心配そうな表情を浮かべ、顔色を覗くように見つめてくる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、……で、どの部分まで作ってみたんだい?」
ラデンに作り笑いをしながらそう問いかける私。
それから、工房にある途中まで作り上げた家具の試作品に使う材料についてラデンから話を聞いた。
まずは、分厚い布の製作から取り掛かっていたらしい、その証拠に分厚い布がデスクの上に広げられていた。
「マスター……。これ……どうやるの?」
「えっとね……、まずはセキテイオオトカゲの皮の粉塵を液体に混ぜるんだけども」
それから、私はネロちゃんとラデンの二人に素材の取り扱い方についてレクチャーし始める。
未だに胸の内は騒ついているが、それが悟られないように私は笑顔を浮かべたまま、二人に私が学んできた知識を出来るだけわかりやすいように伝えた。
多分、勘のいい二人のことだから、私の様子がおかしいこともきっと勘付いているんだろうな…。
よし、今日の晩はたらふく酒を飲もう、なんていうか、それくらいしか今の私には思いつかなかった。




