錬装の威力
錬装を発動させたレナの動きはまさに縦横無尽という言葉が似合うほど生き生きしたものであった。
特に強力なのは風を纏ったその破壊力だろう。
一つ一つが物凄い威力の打撃ばかりだ。先程から繰り出してきていた攻撃よりも重く、私としても捌くのが精一杯といった具合である。
「暴風乱撃!」
「……っ!」
私は咄嗟にメモリアを周りに撃ち込んで防壁を作り、レナからの攻撃を防ぐ。
怒りに満ちた表情で私に攻撃を仕掛けてくるレナ。
その顔を見た私は思わず胸が締め付けられる感じがした。レナがここまで怒りを私に感じているのは間違いなく原因が私にあるからだ。
彼女から放たれる錬金術を見ていればわかる。殺意が籠ったそれは擦るだけでも肌を易々と切り裂いてしまうだろう。
「ぐ……!」
「そんな防壁がどれくらい持つかなッ」
木の防壁の上から容赦なく暴風を打ちつけてくるレナ。
私の樹木の防壁はそんな簡単に破れるような代物なんかじゃない、それこそ、高火力の攻撃を加えない限りは打破できないような代物だ。
戦車の砲撃やとてつもない爆風にだって耐えられる。
だが、そんな自慢の防壁がガリガリとレナの錬金術によって生み出された暴風により削られていく。
「不味いな……」
「防戦一方ですね」
「あぁ、相性的にはあまり良くない相手である事には違いないだろうな」
シドは冷静な口調でラデンに向かいそう告げる。
見たままの通り、防戦一方。だが、だからといって打開策が無いという訳では無い。
私は冷静に状況を見ながら、錬装をしたレナにどう反撃すべきかを分析していた。
防壁を破られて正面からやりあったところでこのままじゃ悲惨な結果になる事は目に見えてわかる。
「だが、黙ってやられるほどあいつも馬鹿じゃ無い」
シドは笑みを浮かべてラデンにそう言い切る。
私はバレッタにメモリアを詰めるとそれをレナに向けて声を張り上げた。
「持ってけ! 三連発だッ!」
「……!!」
私は樹木の防壁の隙間からメモリアをレナに向けて放つ。
放たれたメモリアはレナの目前に着弾すると一気に成長し、木の槍となって襲い掛かった。
だが、レナはそれを素早く躱しながら、脚を振り風の斬撃で素早く切断していく。
「何かと思えばこんなもの……。……ッ!」
難なく私からの攻撃を防いだレナは目を見開く。
彼女の視線の先には義手の拳を構えた私の姿があった。
先程まで、樹木の防壁の中に身を隠していた筈の私の姿がいつのまにか移動していた事にレナは不意を突かれたのだ。
「こっちが本命だッ! 大樹の衝撃!」
地面に叩きつけた私の義手にはメモリアが掴まれている。
それを勢いよく地面に叩きつけ術式を発動させる事により、巨大な樹木がレナの身体を飲み込まんと一気に押し寄せた。
錬装が出来ない以上、私の戦い方はこんな風な隙をついた戦い方を取るしか無い。
だが、レナは身構えると押し寄せる樹木に向かい渾身の力を込めた回し蹴りを炸裂させる。
「嵐双鷹撃脚ッ」
そう叫んだ瞬間、レナの側に控えていた二頭の鷹は巨大な樹木に接触する彼女の脚に向かい飛んでいく。
そして、レナの脚に鷹が接触した瞬間、物凄い勢いで巨大な樹木が轟音を立てながら、暴風と共にみるみると粉微塵に削られていく。
その光景を観客席から目の当たりにしていたレイは唖然としたように声を溢した。
「キネスの樹木が削られているッ⁉︎ なんて威力だッ」
「……まさしく嵐だな、超圧縮した暴風で出来た風の刃で綺麗に粉々になってくぜ」
レナの言葉に対して、同調する様に頷くミア。
レナの錬金術の威力については、ミア自身も身をもって知ってはいたが、まさか、これほどまでの破壊力があるとは思いもしてなかった。
私の錬金術を防ぎ切ったレナは涼しい表情のままの私を見据えながら、ゆっくりと口を開く。
「まさか、これで終わりとか言わないよね?」
「はは、まさか、これからさ」
強がるようにレナに言い切る私だったが内心では正直、焦りがあった。
あの攻撃をああも容易に防がれるとは思いもしてなかったからね。
さて、次の一手を考えないといけないんだが、どうしたものかな。
「じゃあ、次は僕の番だっ」
「おっとッ!」
私はレナから繰り出された疾風の刃を躱すため、咄嗟に身を屈めて地面を転がり、再び樹木の防壁の後ろへと隠れる。
私が避けた箇所に目を向けると、まるでバターを削るように簡単に抉られてしまった地面が目に飛び込んでくる。
この様子だと、私が隠れている樹木の防壁が切り倒されてしまうのも時間の問題だろう。
幸いな事にレナは私を警戒してこの樹木の防壁の側に不用意に近づこうとはしてこない。
「……賢い選択だな」
レナのその読みは当たっている。不用意に近づけばこの樹木の防壁はレナに対して攻撃を仕掛けるし、それにメモリアを地面に埋め込んで罠も張っている。
これは、私が帝国との戦争の際に使用したゲリラ戦を有利に運ぶための戦い方だ。
黒い森の話は以前したかと思うが、私はあそこで部隊を率いて防戦をした経験もある。
その経験を生かした戦い方といった具合だろうか。
「とはいえ、あぁも警戒されたんじゃやり辛い」
いずれは私が作ったこの防壁も先程の大樹の衝撃と同様に吹き飛ばされてしまうのも時間の問題だろう。
ならば、いずれはレナを前にして勝負をしに行かなくてはいけないのは必然。
私は大きくため息を吐くと懐から特殊な色のメモリアを取り出して大きくため息を吐く。
「どちらにしろ、こいつを使わなきゃなんないか」
それは、人体実験を受けた私の身体を変化させるメモリア、『ダモクレス』である。
これを撃ち込む事で身体のリミッターを外し、私の本来の姿に変わる事ができる。だが、以前にも話したかと思うが、爆破の錬金術が扱えるようになる反面、リスクも当然あるわけだ。
とはいえ、こいつを使わないとまともにレナと戦うのは現状では不可能に近いだろう。
カナエの時もそうだったが、この大会に参加するまでは手練れの錬金術師が立て続けにここまで立ち塞がってくるなんて想定すらしていなかった。
「全く……。本業でも無い事を無理に引き受けるものじゃないね。とはいえ、こればかりはいずれこうなっていたんだろうけれど」
私は苦笑いを浮かべ一人呟きながら肩を竦める。
以前として、私の樹木の防壁に向かって、レナから放たれる凄まじい暴風の攻撃が次から次へと叩きつけられている。
ミシミシと音を立てている防壁をチラリと確認しながら、私は『ダモクレス』のメモリアをバレッタに装填した。
「さて……! それじゃ行くかッ!」
次の瞬間、私は防壁から飛び出ると咄嗟に身構えてレナを見つめる。
それと同時に先程まで身を隠していた防壁は暴風によってへし折られ、へし折られた上部分は場外へと軽々と飛んでいってしまった。
防壁から出てきた私を前にしたレナは笑みを浮かべたままこう告げる。
「隠れるのはもうやめたのかい?」
「あぁ、こっちのほうがお前もやりやすいんだろ?」
「はは、その通りだッ!」
私の言葉にそう返してきたレナは振り上げた脚を私に向かい振り切る。
すると、凄まじい勢いで凄い量の突風が私に向かい、広範囲で飛んできた。
流石に私もこれは躱しきれないと咄嗟に防御の構えを取り、それを受け止める体制を整えた。
だが、それと同時に、レナは一気に私に間合いを詰めてくると蹴りを繰り出してくる。
突風と近距離からの同時の攻撃、私は身構えたままそのレナの攻撃を見極めるようにして身体を咄嗟に屈めた。