レナとキネス
私とレナの近距離での攻防はだんだんと速度が増していた。
いずれにしろ、このままだとレナに押されてしまうのは目に見えてわかっている。
確かに私は格闘術に関しても問題なく熟せはするが、どちらかというとミドルレンジからの攻撃の方を得意としている。
一方でレナはバレッタを見ればわかるが、明らかに近距離か遠距離を得意としてる錬金術師だ。
「ははっ! 息が上がってきてるよ! キネスッ!」
「はぁ……。はぁ……」
気を抜けば鋭いレナの蹴りが私の頭をいつ吹き飛ばしても不思議ではない。
このままだとジリ貧だな、それに先程からレナの攻撃は一つ一つが重い。
なんとか義手を上手く使って捌いてはいるが、ビリビリと伝わるその衝撃は確実に私の身体にダメージを与えてきている。
「ぐっ!」
「風砕脚!」
そして厄介なのが、風による付加のある蹴りだ。
私は勢いよく飛んできたレナの蹴りに身体が簡単に吹き飛ばされる。
すぐに体勢を整えて着地するが、追い討ちをする様に止まない蹴りが何度も襲い掛かってきた。
「足癖が随分と悪くなったじゃないか」
「それは最高の褒め言葉だねッ!」
ガツンとガードした義手の腕から伝わる衝撃に私は顔を顰める。
何にしてもこのままじゃラチが開かない、となれば、私が取る方法は一つしかないだろう。
身構えた私は瞬時にレナの出してくるいくつもの蹴りの中から、比較的にタイミングが計りやすい攻撃を見極める。
そして、その蹴りに対して、私は。
「ハァッ!」
「ガッ……!」
すかさず、自分の蹴りをタイミングよくレナに合わせた。
私の蹴りが顔に直撃したレナは大きく身体を背後に仰け反らせる。それを観客席から眺めていたレイは興味深そうにこう呟いた。
「ほう、カウンターか」
「タイミングバッチリだな」
レイの隣で笑みを浮かべるミア。威力のある蹴りに対して1番の有効だと言える攻撃はやはりその威力をそのまま相手に返す事だろう。
その効果はどうやらあったようだ。レナはすかさず私から間合いを取ると顔を左腕で拭うように擦る。
レナの腕には口から流れてきた血が付着していた。
「やってくれたね」
「効いたろ? タイミングを見計らってたんだ」
そして、私はすかさずバレッタを構えてレナの足元に向けて放つ。
だが、レナもそれを直感的に察したのかすぐさまその場から離れて、伸びてくる樹木を風の錬金術で発現させたカマイタチを使ってバラバラにし、回避する。
「そんな錬金術でッ!」
「まだまだいくよっ!」
私はすぐに装填したメモリアを次々とレナの回避する場所を予測しながら放っていく。
発現する樹木は次々とレナに襲い掛かるが、彼女は素早い動きでそれを回避しつつカマイタチで樹木を切り刻んでいく。
流石にこれくらいじゃ彼女の動きを完全に封じるまでには至らないか。
「……ッ!」
だけど、彼女の行動をある程度制限する事はできる。
回避している内にレナも気づいた筈だ。自分が自然と誘導されているという事にね。
私はバレッタを構えると更に間髪入れず次々とメモリアを放っていく。
「この……!」
「甘いよ」
「痛っ……」
そして、樹木の一つが彼女の腕を微かに切り裂いた。
彼女の逃げた先を取り囲むようにして、成長した樹木がどんどんと迫ってくる。
気がつけば、完全に私に有利な地形が出来上がっていた。これだけ樹木があれば、周りからも中を覗き見る事はできないだろう。
私は樹木に上がると、上から下にいるレナを見下ろす様な形でゆっくりと話をし始める。
「もう降参したらどうだ。レナ」
「はぁ……。はぁ……」
「十分だろう? 私は……これ以上、君を傷つけたくない」
私は絞り出すような声で訴えかけるように息を切らしているレナにそう告げる。
本当なら、こんな場所でレナに対して傷つけるような錬金術を使いたくはなかった。
だから、私はメモリアを直接、彼女に撃ち込むような事はしなかったし、二人で話をしたかったこともあって敢えてメモリアを多数撃ち込んで外部から見えないようにしたのだ。
外の観客達からしてみれば試合が見えなくて不満も出てくるんだろうが、そんな事、私の知った事ではない。
「これ以上傷つけたくない? ……ハハ、面白いことを言うね」
「本当さ、私は……」
「僕はアンタを傷だらけにして地面に這いつくばらせたくてうずうずしてるってのにさ」
そう告げると、地面に右足を叩きつけるレナ。
地面は陥没し、地割れのようにひびが入る。そして、レナは殺意が籠った眼差しを私に向けたままゆっくりと口を開く。
「……最初から殺す気で行くべきだったよ。アンタをズタボロにするならね」
「やめる気はないって事かい?」
「あるはずがない、どっちかが地面に這いつくばるか、死ぬか、その二つに一つだ」
次の瞬間、凄まじい突風が吹き荒れたかと思うと、レナの身体を包み込むように勢いよく竜巻が発生する。
そして、その周りにあった樹木は木っ端微塵に切り倒されていき、風の刃によって細かく斬り刻まれていった。
私もそのレナが纏っていた雰囲気が変わった事に気がつくとすぐさま、上がっていた木から飛び降りて、なるべく彼女から間合いを取る。
「……来るぞ」
「錬装……。ですね」
冷や汗を流し、呟くようにして言葉をこぼしたシドに頷くラデン。
その試合を見ている錬金術師やそれに関係する者達はすぐに察した。レナが錬装を発動させるという事を。
そして、力強く私が発現させた樹木を薙ぎ倒し、斬り刻んでいく暴風の渦巻く中心に彼女の姿があった。
「嵐装、嵐鷲の死の行進」
レナの周りには荒々しい風が吹き荒れ、巨大な嵐の鷲が三頭控えるようにして現れていた。
いつ見ても、その錬装の破壊力は凄まじい。あのミアの絶対的な水の防御壁を突き破るほどの破壊力を目の当たりにしてはいたが、改めて対峙してみるとその怖さがわかる。
距離をとっていてもなお、凄まじい突風が私の身体を吹き飛ばさんとしている。
「……いくぞ! クロース・キネスッ!」
そして、巨大な鷲を引き連れたレナは樹木を薙ぎ倒しながら、私に向かって一直線に脚を振るいながら飛んできた。