独白
久しぶり。
謝恩会以来だね。
あの日、先生を送り出すために、僕ら卒業生で手のアーチを作ったのをよく覚えているよ。きみは僕の隣に来てくれて、ずっと笑顔でいてくれた。すごくすごく幸せだった。それでもう、おしまいでいいや、なんて思ってた。
それで結局、みんなでカラオケに行く話は無しになっちゃったね。気がつくと、もう半年も過ぎ去った。
いいんだよ。その事とか、僕が卒業生達のDIscordグループを作るだとか、あの辺の話は、僕ができるだけ長く君の側に居たいっていう、悪あがきだったんだ。何も考えず夢だけ語ってた。
結局、過去は過去として、置き去りにしなきゃいけなかったんだ。あれから一ヶ月と少しの月日が流れ、令和になった時。僕は君を、君への想いを忘れてしまおうと決意した。
それからの僕は本当にすごいよ! 自分で言うのも難だけれどね。
男友達も、女友達もたくさんできた。男女混合でユニバに行ったり、クラス委員長の家へ遊びに行ったり、花火大会を見に行ったりもした。どれも、中学の僕からは想像できないほどオシャレな格好をしてね。学校帰りのカラオケも、2回は行った。映画も見に行ったし、タピオカだって飲んだ。
そして思ったんだ。こんなにも頻繁に交流するのが『フツウ』なら、あの頃の僕は、いかに滑稽なことだっただろう? って。
あんな滑稽な姿には、もう戻りたくない。僕は必死に、『人間関係』というものへ執着して、しがみついてしがみついて、決して振りほどかれないよう立ち振る舞ってきた。
そうしているうちに、そんな立ち回りは、『主体性』を放棄するやり方がいちばん楽なんだって、最近気がついたんだ。だけれど、僕は小学校の頃から何故だか己れが強くてさ。そう易々と捨てられる代物じゃないし、捨てたくなかった。
小中と、その己れの強さはよくイジメの原因になったと、僕はよく知っている。よくよく知っている。だから、『己れを強く持ち、なおかつ対人関係も拗らせない』立ち回りはなかなか難しかったよ。けど、僕はやってのけた。少なくとも、今はやってのけている。
中3の、最後の体育大会。あの時君は、僕と違う団に居たよね。だったら知らないだろうけど、あれからの僕は、すごく口が上手いんだよ? これは、自分でも自信を持って言える。だから、さっき言ったような難しい立ち回りも上手くやれてる。
特に、演説やプレゼンテーションの力が強い。だから、高校ではそれを武器に戦ってるんだ。
生徒会の書記に立候補して、立会演説会をやった。演説は大成功さ! 序盤にインパクトを与えて、有権者に寄り添い、大胆な公約を掲げて、それに説得力を持たせ、最後に僕の名前を覚えさせる……我ながら、美しい流れの演説だったと思う。
その『大胆な公約』も、いよいよ先月、企画書にして生徒会に提出した。会長・副会長を始め、多くの生徒会員の反応は上々さ。
その結果として、一部の先輩に睨まれてしまうのも、まぁ、仕方のないことだって、割り切ってる。知ったその日には随分ショックだったけどね。
そんなこんなで過ごしているうち、僕は気がついたんだ。『主体性』を捨てる道を、僕は最初から持ち合わせていなかったってね。
だって、小学校5年生から完全に引きこもって、中学では3ヶ月くらいのサイクルで行ったりいかなかったりを繰り返して……どう考えても、社会的に大きなマイナスポイントだ。だけど、それを打ち消すだけの能力を、『主体性』と『表現力』を僕は持ってる。
だから、それを残りわずかな学生時代で存分に発揮して、過去の汚点を完全に打ち消さなきゃいけないんだ。だってそうしないと、社会から正当に評価されないじゃないか。昔から己れの強い僕にとって、そんなのは堪え難い。
——さて、ここでクイズです!! そんな日々を過ごした結果、僕は今、どんな人間になったでしょうか!
……やっぱりね。君ならわかると思ってた。
そうだよ。僕は今、『本音』を包み隠さずぶちまけて、相談できるような『親友』ってヤツを一人も持っていないんだ。
だって、親にも言ってないんだもの。
親にも言ってないような、本当の僕の気持ち、赤の他人に話せると思うかい? そんなことをして、嫌われたら? 嫌われなくとも、メンヘラだと思われて、距離を置かれてしまったら? そう思うと、何が何でもこの心内は隠さなきゃと考えてしまう。
まるで恋みたいだよな。
恋に恋する、なんて言葉をよく聞くだろ。僕の場合はつまりそう、人間関係に恋をしているんだ。いつもハラハラして、嫌われるんじゃないかと億劫になって、それでも自分のモノにしようとアプローチして……
……ごめん。違うね。僕が君に恋してた頃、僕は君のこと、僕のものにしてしまおうだなんて、思ってなかった。『君が望むこと』しかしないし、思わないように務めてた。
そんなあの日々を思い出すたび、いまの僕は想ってしまうんだ。「あの頃に戻りたい。あの頃は酷く滑稽で、何も世間を知らないで、でも、それでも美しかった」って。
あの頃、僕はきちんと主体性を発揮してた。面接に挑んだし、さっき言った体育祭の時なんて、君は気に留めていなかったかもしれないけど、副団長に立候補して演説して当選したりなんかしてるんだ。
だけど、自分の行動原理を、完全に君に委ねていた。僕は君のため生きていた。その面で僕は、完全に主体性なんか持っていなくて、君に依存していたんだ。君の従僕だったんだ。愛する君の従僕だった。
最近思うことがある。こんなに疲れる、体と心をボロボロにしてしまう『主体性』なんか捨て去って、誰かに服従したいって。主体性を誰かに譲渡して、完全に依存してしまいたいって。そう、あの頃のようにね。
こんなこと、君じゃなきゃ言わない。僕は君が好きで、君は僕を好きじゃない。そんな状況を知りながら、普通に友達でいてくれた君じゃなきゃ絶対に言えない。
いつも笑顔で、楽しげな顔文字を使いながら、『死にたい』とか『生きる意味なんか無い』なんてメモに書いて平然と僕に渡せるような、そんな君じゃなきゃ言えない。
……ねぇ。あの頃、卒業間際で滑り込むように出来た彼氏くんとは今どうなっているの? 高校は別れたんだよね。彼はそのままエスカレーターで同じ学園の高校へ行ったけど、君は外部の学校を志望してた。「飽きた」とか何とか言って。どう、未だ続いてる?
いや、もうそんなことどうでもいい。どうでもいいさ。もし君さえ良ければ、また許して欲しいんだ。
また君に依存したい。
——なんて言いに行けたら、どれだけ気が楽になるだろうな。
そう思いながら、僕は一人で、独りで、パソコンを開いた。白紙のページを作成して、そして、今、打ち終わる。