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ONE PERSON

作者: PeDaLu

俺は

僕は

私は

私は

私は



一人が嫌いだ

一人が好きだ

一人が好き

一人が好き

一人が好き


俺は一人は耐えられない

僕は人間観察が好き

私はピアノが弾くのが好き

私は絵を描くのが好き

私は読書が好き



ーーー1ーーー


市川亮太、俺は一人が嫌いだ。

一人はつまらない。息が詰まる。会話が出来ない。笑顔が見れない。なによりも挨拶が出来ない。


松本圭一郎、僕は人間観察が好き。

一人でいる人を観察するのが好き。とてもお喋りだから。目線をあげたり姿勢を変えたり。誰かを観察してる人を観察するのがたまらなく好き。


更科六花、私はピアノが好き。

私の聞いたことしか応えないから。間違えたことを聞くと間違えた返事を返してくる。だって台詞が決まってるのだから。会話が正立したときがたまらなく好き


水谷里奈、私は絵を描くのが好き。

鉛筆で描くのが好き。白黒の世界は私の世界。言うことを聞かせようとしても風や太陽に邪魔される話し相手。風の音も好きだけど、紙と鉛筆のこすれる音がたまらなく好き。


吉祥早苗、私は読書が好き。

世界で一人になれる感覚が好き。誰とも話さない。話しかけてこない本が好き。ページをめくる音がたまらなく好き。


決して交わらない5人が交差する。


一人が嫌いな市川は人間観察が好きな松本に声をかけようとする。

人間観察が好きな松本はピアノを弾いている更科と目が合う。

ピアノが好きな更科はいつも中庭で読書をする吉祥を見て微笑む。

読書が好きな吉祥はいつもあちこちで絵を描いている水谷がどこにいるのか探すのが日課。水谷はいつも騒がしい市川がいない場所を探している。


5人が同じ時間を共有する。


「で、市川。この状況は一体何?」

「そうね。説明して頂戴」

「何で私たち音楽室に集合してるの」

「意味が分からないんだけど」


市川に集められた音楽室に、なぜか集合している一人が大嫌いなはずの面々。

松本は椅子に座って頬を手で支えながら肘をついて外を眺めている。

更科はいつも通りピアノの椅子に座っている。

吉祥は膝の前で本を両手で持って壁際に立っている。

水谷はスケッチブックを片手に何かを描き始めた。


「まぁまぁ。君たち、いつも一人じゃん?最近、俺も一人じゃん?なんか寂しいじゃん?だからぁ、一人一人が音楽室に集まって自分の好きなことをすれば一人じゃなくなるじゃん?」


「は?」


全員同時に反応する。


「だからさ、更科はいつも通りピアノを弾いて、吉祥はそれを聴きながら読書して、水谷はその光景を絵に描いて、松本はそんなみんなを人間観察すれば良いじゃん。需要と供給。んでもって、俺はここにいれば一人じゃなくなる。完璧じゃない?」


「僕にこの前いつも一人でいるのは誰なのか聞きに来たのは、このためだったのかい?まぁいいけど」


松本は更科の弾き始めたピアノを聴きながら音楽室の窓からグラウンドで走り回る生徒の観察を始めた。吉祥は何かを描いている水谷を見ながら読書を始めた。


「市川さん。私にとっては騒がしい貴方のいない場所が好きなんです。帰ってもらって良いですか」


「ええ~、なんでだよぉ~」


「だからそういうところが嫌いなんです。うるさい」


「じゃ、置き石みたいに黙って座ってる。コレで良いでしょ」


それぞれがそれぞれにやりたいことを始めた。

それを市川は眺める。よく見るとみんな微笑む瞬間がある。笑顔とはほど遠いけども。それにそれぞれが好きなものと会話している。自分はどうだろう。笑顔も会話もないけれどそこそこ心地よい。明日またここに集まってくれるようにみんなに頼んでみよう。そんなことを考えながら一人わくわくしていた。


市川は翌日、放課後の音楽室に入るなり小声で


「おはようございまーす……」


と恐る恐る入っていった。一応昨日集まった面々には再び声はかけた。誰が来てくれているだろうか。


更科はもうピアノの前に座っている。

水谷はそれをスケッチしている。

吉祥は静かに本を読んでいる。

松本はグラウンド出はなく、そんな面々を観察しているようだ。

全員いる。それだけで市川は嬉しかった。俺は一人じゃない。昨日の件もあるから黙って座っていよう。一応、今日は勉強道具を持ってきた。静かな時間が流れる。

ピアノの音、鉛筆を走らせる音、ページをめくる音。松本からはなんの音もしないけど。

それを見て俺は満足だった。


数日してもみんな集まってくれている。なぜだか分からないけども今はもう声をかけなくても全員が集まっている。

挨拶がしたい松本はいつも遅れていって音楽室に入るときに「放課後なのにおはようございまーす……」と言いながら入って行く。誰からも返事はないけど。


「あの、さ。あ、いや。邪魔するつもりはないんだけども折角だしさ。このあとみんなでスタバでも行かない?」


ピアノの演奏が止まる。


「良いですよ。でもスターバックスではなく私のいつも行ってるカフェにして下さい」


他の面々は何も言わずに片づけを始めた。

先頭を更科が歩き、ぞろぞろとそれに続く。周りからは好奇の目で見られている。いつも一人の面々が列をなして一緒に帰っている。


「ここ」


やたらと雰囲気のある洋館風のカフェというより喫茶店?一人なら絶対に入らない。飲み物高そうだ。


「いら…しゃい?」


中に入るとマスターが目を丸くして6人掛けの席と更科を交互に見ている。

更科は真っ直ぐに6人掛けの席に座り他のみんなを眺めている。「早く座りなさいよ」そう言っているような気がした。


更科の隣に松本、向の三人席に市川、水谷、吉祥が座る。


「飲み物、頼む?」


最初に声を出したのは市川。

そのタイミングでマスターがアイスコーヒーを人数分、持ってきてくれた。

何もいわずに優しい笑みを更科に向けてカウンターに下がって行く。


次に声を出したのは更科。


「ねぇ、市川君はなぜ私たちを集めたの?」


「え、いや、なんかみんな一人だし集まればなにか出来ないかなーって……」


周りを見回してから


「ごめんなさい。一人がイヤだから皆さんに声をかけました」


「そう」


再びの沈黙。

水谷はスケッチブックを取り出した。吉祥は本を取り出した。松本はそんなみんなを眺めている。更科はお店の奥にあるピアノを見ている。


「いいよ」


マスターが言うと


「ちょっとごめんなさい」


松本を席から立たせピアノへ向かう。

静かな曲でも弾くのかと思ったら結構愉快な曲を弾く。


「なんて曲?」


市川が誰に聞くでもなく口にすると


「子犬のワルツよ。ショパン」


吉祥は目線を本から上げるわけでもなく答える。


「そう言う曲なんだ。更科さんそういう気分なのかな」


松本は相変わらず立て肘で頬を支えながらピアノを弾く更科を眺めている。


水谷はピアノを聴く松本をスケッチしている。

吉祥が何を読んでいるのか市川が目線を送ると、本を持ち上げて題名を見せてくれた。一瞬だったので題名は長くてはっきり読めなかったが転生なんとかって書いてあった。かわいい女の子のイラストも書いてあったからラノベってやつなんだろう。


なんだかんだでそれぞれがこの空間を楽しんでるように見える。一人が好きな変わった人達なのかと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。俺はわいわい騒ぐのが仲間なんだと思っていたが静かにしていても特に嫌な気持ちにはにはならない。

ただ、実際の会話はない。

そういえばもう19:00になるけども誰も帰ろうとは言い出さない。このまま夜更けまで居そうな勢いだ。

ピアノを弾きに行っていた更科はピアノの椅子で今にも寝そうだ。

松本に至ってはもう寝ている。

吉祥と水谷は黙々と本を読み、絵を描いている。


「そろそろ帰りましょう」


ピアノの前で寝そうになっていた更科がいつの間にかテーブルの横に立ってそう言った。

みな無言で荷物を纏めて帰宅の準備をする。


「またみんなで来ましょう」


更科が意外なことを口にした。

他の面々はなんにも否定しない。同意、ということなんだろうか。明日、音楽室に行けば何か分かるのかも知れない。


「おはようございまぁす……」


市川がいつも通り音楽室に入ると既にみんな集まっており個々人の好きなことを始めていた。

市川も所定の位置に着き、勉強道具を取り出しているとピアノが止まった。


「ねぇ、友達ってどうやってる作るの?」


更科が尋ねてくる。

少々びっくりしたが話しかけられたのは素直に嬉しい。


「そうだな。こうして会話してお互いを良く知って、自然と会話出来ればそれはもう友達なんじゃないかな」


「それじゃ、私たち、もう友達なの?友達ってそれだけなの?」


「俺はもう友達だと思ってるから更科がそう思ってくれるなら友達、なんじゃないかな」


「もう一つ、いい?話しかけたいという感情以上にその人のことが気になって仕方のないようなものも友達なの?あなたのことがもっと知りたい。知りたくてたまらないの」


「それは……」


「恋。特定の人に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛」


吉祥は辞書でも読んでいるのだろうか。そんな感じの事務的なつぶやきだった。


「そういえば例の喫茶店に行ってから更科は市川よく見ていたな」


松本もそんなことを言う。


あと声を上げていないのは水谷さんだけだ。鉛筆を走らせる音がいつもより荒い気がする。


「二人が並んでる絵は描けない。描きたくない」


そう言って描くのを止めてしまった。


「嫉妬。人の愛情が他に向けられるのを憎むこと。また、その気持ち。特に、男女間の感情についていう。やきもち」


またしても吉祥が辞書でも読むようにつぶやいた。


「水谷さん、私に嫉妬しているの?水谷さんも市川さんの事が気になるの?もっと知りたいって思っているの?私はただ市川さんともっとお話がしたいし一緒に居たいと思っているだけなのだけれど」


松本は静かにそのやりとりを聞いている吉祥を眺めている。吉祥はそんな3人を目線だけでチラチラ見ているのを松本だけは気が付いていた。


「吉祥さんはいいの?」


松本が吉祥に話しかける


「私?なんで?」


「3人のことを見ていたから。傾向的にそういうのは気になってる人の動きだったから」


「単に会話の無かったこの部屋が騒がしくなったから少し気になっただけよ」


確かにこの音楽室で全員での会話は集まった時以来初めてかもしれない。


「市川さん、私と六角館に行ってくれない?」


「六角館?」


どこのことだろう。例の喫茶店のことかな


「いいよ」


「私も行く」


水谷が静かに立ち上がる。それを吉祥が顔を上げて見ている。松本はそんな吉祥の様子を見ている。


「僕たちはどうする?」


「私は本が読みたいからここにいる」


「そうか」


今日は俺と更科、水谷で例の喫茶店に到着したが更科は入り口から入らずに横手に回った。そしてドアを開けるとそのまま靴を脱いで階段を上がってゆく。「二階なんてあったのかな」と思いつつも市川は後を追う。部屋だ。喫茶店じゃない。これは部屋。


「どうしたの、市川くん。適当に座って」


先に水谷さんが座った。それをみて市川も座った。どう見てもここは更科の部屋みたいだ。楽譜がたくさん置いてある。


「ここって更科さんの部屋?この喫茶店って更科さんの家だったの?」


「正確には違うわ。ここは叔父の家。実家から学校まで遠いからここに住まわせて貰ってるの。早速だけれど。私はもっとあなたのことが知りたいの。でもなにが知りたいのか分からないの。だからあなたから私に教えて」


四つん這いになって近づいてきて頬に手を当てられた。大胆すぎる……。水谷がそれを見て口を開けてなにか言いたそうにしているのが見えた。


「ええと……なにから教えればいいのかな。それじゃまずは俺が何で一人になったのかとかでいいかな?」


「ええ、お願い」


更科が座り直したのを見て、水谷も少し伸びた背筋を戻して話を聞くといった感じになった。


「吉祥さんが嫌ってたように俺は5人の連中といつも騒いでいたんだけど、その中でカップルが2組出来ちゃって俺だけ一人になったんだ。んで、空気を読んで抜け出したってわけ」


「空気を読む?」


水谷が声を上げる。それを聞いて更科が


「私は市川さんだけ誘ったのにあなたが着いてきたのは空気を読まなかった、ということよ」


(更科さん、そういうのは分かるんだ)


「だって……なんか気になった……から」


初めて水谷の感情のある声を聞いた気がする。

市川は迷った。ここでどういう返事をすれば場を収められるだろうか。この二人からは好意を寄せられているのは間違いない。下手な返事をすると険悪な雰囲気になってしまうかも知れない。


「ええと、じゃあ、二人からの質問に俺が答える、というのはどうだろうか」


うまく切り抜けたような気がする。

どちらから話しかけてくるのかな。なにを聞かれるのかな。内心楽しみと不安が入り交じる。


「それじゃ私から。市川さんは私と水谷さん、どっちと友達になりたいの?」


更科のいう友達は「あなたのことがもっと知りたい。知りたくてたまらない相手」という意味だろう。ストレートすぎる質問だ。想定外だ。ここで選ぶのか?いや、それは……。


「私とも友達になってくれませんか」


水谷も口を開く。それは質問じゃなくてお願いなんじゃ……。

どうしたらよいのだろうか。返答に迷っていたら1階にいたマスターがアイスコーヒーを持ってきてくれた。


「あの、友達ってどういうものをいうと思いますか?」


俺はとっさにマスターに聞いた。


「そうですね。こうやって誰かの部屋に集まってお話をする、十分にお友達なんじゃないかと思いますよ」


「そう。私たち、市川さんともう友達だったのね。でもなんかもやもやするわ」


そうつぶやく更科さんを見てマスターはやさしい顔で部屋を出て行った。

なんか地雷を置いて行かれたかも知れない。あなた達は既に友達。もっと知りたいと思うのは別の感情。そういう話になったら俺はどうすればよいのだろうか。

案の定、二人から「さっきの質問の答えは?」と言われてしまった。


「俺はもう二人とも友達だと思ってるよ」


「だからどっちと友達になりたいのかしら。選んで欲しいのだけれど」


「二人とも友達、というのは……」


「ダメです。私と友達になって下さい」


水谷さんも引かない。ちょっと考えさせて欲しいけども、そうすると「友達になるのはそんなに考えるものなのですか」とか聞かれてしまいそうだ。ここは俺もストレートに聞いてみようか。恥ずかしいけども。


「二人の言う友達って恋人になりたい、っていうことなのかな」


「恋人、ですか?」

「恋人?」


二人から疑問系の返事が返ってくる。なるほど恋人になりたい、という事で友達になってくれという言葉を使っている訳ではなさそうだ。良かったのかがっかりしたのか。


「恋人……恋の思いを寄せる相手」


スマホの辞書で調べる更科


「さっき吉祥さんが、恋とは特定の人に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること、とおっしゃっておりました。私の言う友達になりたい、というのはこういうことに近いと思います」


さらっと更科さんから告白を受けてしまった。水谷さんはどんな顔をしているのだろうか。下唇を噛んで眉間にしわを寄せていた。


「それは……ダメです。私も松本さんと友達になりたいです」


二人は「さぁ、はやく」といった感じでこちらを見ている。さて、どうしたものか。一人になりたくないとは思ったが、こういう展開は全く予想していなかった。


「水谷さんの友達というのも更科さんと同じ意味なのかな?」


「分かりません。ただ、更科さんが市川さんとこういう話をするのがなんとなく嫌なんです」


困った。女の子に好きだという感情を向けられたことがない。しかも2人に。なんて答えれば良いのだろうか。


「では、こういうのはどうでしょう。私と水谷さん両方ともお友達、というのは」


「それであれば問題ないと思います」


むしろその方が問題があるような……。二人同時に恋人になる、ということになってしまう。


「それとまだ質問があるのだけれど。市川さんはお友達、いるのかしら」


ここでいう友達って言うのは恋人の事になるのだろうか。一応確認しておこう。


「更科さんの友達っていうのは恋人って事でいいのかな?」


「さっきの言葉の意味だとそういうことになると思うわ。でも恋人ってなにをするものなのかしら。こうしてお話するのでしょうか。教えて頂けますでしょうか」


「ええと、まず、そういう意味での友達は今の俺にはいない。それと恋人となにをするのか、だけど人それぞれじゃないかな。こうして話をしたり、一緒にどこかに出掛けたり、かな?」


この先のことも思い浮かんだけども、そこまでのことを2人は考えてないだろうし言うのをやめて正解なのだろう。


「それでは3人でお出かけいたしましょうか。更科さん、どう?」


「それは構いませんが、どちらに行くのでしょうか」


なんか恋人というよりも友達(ここでいう友達はごく一般的な方)みたいな考えでいった方が良さそうだ。


「それじゃ、今度の土曜日にみんなで買い物にでも行く?ちょうど欲しかった上着があるから。待ち合わせは……このお店に11時でどうかな」


「分かりました。更科さんもそれでいいかしら」


「市川さんと私、2人でお買い物に行く、というのはダメですか?」


「ダメです」


「分かりました。では土曜日にこちらで11時に」


翌日はお昼休みにも音楽室に行ってみた。そこには更科さんが居た。ピアノの椅子に座って外を眺めている。なにか話しかけられるだろうか。昨日の今日だし。


「ええと……お昼、ここで食べてもいいかな?」


どうぞ、というようにチラッと目線を向けられただけで特に話しかけられなかった。昨日あんなことがあったのに。気になるじゃないか。とりあえず購買で買ってきたパンを食べよう。そのうち何か話しかけられるかも知れない。



市川さんが入ってきた。音楽室には私と2人だけ。昨日とは違って2人だけ。水谷さんはいない。明日のことを話しかけようとしたけども、恥ずかしい。昨日、2人が帰ってから買い物ってなにをすればいいのだろうか、と「恋人 買い物」と検索してみた。気配りが重要らしい。更に調べているうちに私の知らない世界が出てきて恥ずかしくてPCを閉じた。私は市川さんとそういうこともしたいと思っているのかしら。そう考えると声がかけられない。



食べ終わってしまった。なにも話しかけられなかった。なにを話しかけて良いのか分からずに「また放課後に」とだけ言って教室に戻った。


放課後


今日は自分が一番早いようだ。水谷さんが来る。更科さんが来る。いつも全員集まっている時間なのに吉祥さんと松本が来ない。いつものように更科さんはピアノを弾き始め、水谷さんは絵を描き始める。そんな2人を見ながら吉祥さんと松本さんはなにをしているのか気になりつつも、いつものように勉強をし始めた。その後も数日誰かが居なかったりと全員揃うことがなく金曜日が終わってしまった。


土曜日


約束の11時に六角館に到着してお店の中に入るとカウンターに更科は先に座っていた。水谷はまだ来ていない。「お待たせ」と言って自分もカウンターに座るとマスターがアイスコーヒーを出してくれる。更科は木曜日の積極さはどこに行ったのかという反応だ。なにを話しかけようか迷っていたときお店のドアが開いた。

水谷と吉祥と松本がは入ってくる。


「お待たせ致しました。さっきそこで吉祥さんと松本さんに会ったので誘いました」


吉祥と松本が一緒にいたのかな。吉祥はちょっと不満げな顔をしているように見える。


「では、参りましょうか水谷さん」


更科は吉祥と松本が一緒にお店に入ってきたことには言及せず、席を立った。


吉祥と松本も一緒に買い物に来るのか聞いてみたけども、そのつもりはないと吉祥が返事をしてきた。向こうもデートなのだろうか。邪魔をしては悪いと思って更科と水谷と買い物に出る。


「よろしかったんですか?」


マスターが吉祥さんに話しかける。


「これでいいんです。私はこれでいいんです。それと松本さん、この前はありがとうございました」


「本当にこれで良かったの?」


マスターに続いて松本も吉祥さんに質問している。


いいのこれで。更科さんと水谷さんと市川さんが音楽室に居ることを確認してから松本さんを六角館に相談があるからと誘った。

松本さんとマスターに市川さんのことを相談したら、先日の六角館での出来事を松本さんは教えてくれた。松本さんは市川さんから相談受けたとのことだった。マスターからは「お好きなら心を伝えてはいかがですか?」と言われたけれど。今日のことも教えて貰ったけどもなにもしなかった。予定通り六角館の近くまで来たところで松本さんに会って、すぐに水谷さんとも会ってしまった。そして今。


「いいの。私はこれでいいの」


「そう?吉祥さんがよければ付き合うよ」


そういって吉祥の隣に松本は座る。松本は内心嬉しかった。いつも窓辺から目が合っていた更科さんが見ていたのは吉祥さんだった。目線を追ううちにあの人はなんという名前なんだろう。どういう人なんだろう。いつもなにを読んでいるのだろう。と気になり始めていたところに市川から音楽室に来てくれと言われて名前を知った。あの日相談されて吉祥さんの気持ちも知ってしまった。なんと言えば良いのか迷ってさっきの言葉。


「ありがとう」


違う意味での付き合う、だったら吉祥さんはなんと答えるのだろうか。このタイミングで言うのは卑怯だろうか。マスターに目線を向けると優しく微笑んでいた。まるで声をかけてあげなさいと言われたようだった。


「その……もしよければ……吉祥さんがもしよければ……(言えない)話を聞くよ」


「ありがとう。松本君、そんなに気が利くのになんでいつも一人だったの?」


逆に質問を受けてしまった。


「僕は色々な人を見るのが好きなんだ。こういうのは一人の方が楽しいし、誰にも迷惑はかからないでしょ。仲間といると他の人を見ていたら迷惑がかかるから」


「私のことも見ていたの?」


答えに迷ったが一人で読書をしている女の子、という認識があったことを伝えた。


「そう。私が市川君を見ていたことも知っていたの?」


流石にそれは分からなかった。市川が近くに行くと場所を移動していたし、むしろ嫌っていたと思っていた。それが恥ずかしかったから移動していたとは流石に思わなかった。


松本君は気が利く人。きっと次は私を慰めてくれると思う。私が素直にそれを受け入れればきっと……。


「その……なんというか。それは気が付かなかった。吉祥さんは市川君が好きだったんだね。でもそれなら何であんな対応をとったの?折角話すチャンスだったのに」


私の話すチャンスは今。この瞬間が私の望んでいた時間。市川君はそのための口実。このまま私からでもいいけど、流石に話の流れで私から言い出すのはちょっと節操ないと思われかねない。


「いいの。もうあきらめたし、こうして相談したら吹っ切れた。本当にありがとう」


「さっきも行ったけど、僕でよければ付き合うよ。その、今日相談に付き合うとかそういうのもあるけど、もし吉祥さんが良ければ友達に……なりませんか」


正直、こんなにうまく行くなんて思わなかった。更科さんと水谷さんに松本君と二人になる時間が欲しいから協力して欲しいとは相談したのは事実だけれど、まさか更科さんと水谷さんがあそこまで積極的に協力してくれるとは思っても見なかった。


「松本君は私と……その……お友達になりたいの?私が以前言ったような関係のお友達に」


「ええと……吉祥さんさえ良ければ……あ、その一般的なお友達でも構わないんです。こんなことがあったのにいきなり恋人っていうのは卑怯というかなんというか……」


「いいわよ。お友達。そのうち別の意味の友達になれたらいいわね。よろしくお願いするわ」


私の思惑は半分成就した。このまま関係を続ければ私の願いはきっと叶うだろう。松本君。気が利くみたいだけど女心はもっとしたたかなのよ。



俺は買い物に出て欲しい上着があると行ったものの、話の流れて買い物に行くとなってしまったので咄嗟に上着が欲しいなんて言ったけど、本当に欲しいものはない。

いつも仲間と行っていたショッピングモールまで来たのは良いけどもどうしたものか。2人に選んで貰うという王道の展開に持って行った方がいいのだろうか。また2人が喧嘩でもしてしまうのだろうか。そんなことを考えながらトイレから出てくると水谷が更科と離れて電話をしている。


「ごめんなさい。急用が出来てしまったので今日はここで失礼するわ」


そういってあっさりと帰ってしまった。あんなに更科と俺を二人きりにするのを嫌がっていたのに。それを更科は止めるわけでもなく見送っていた。


「ええと……更科さん、それじゃ行こうか」


「ええ、行きましょう」


更科の笑顔を見た気がするけども顔を合わせるのは恥ずかしくてちゃんと確認は出来なかった。手がふと触れた瞬間に更科は手を握ってきた。今度は俺の方を見て笑っている。満面の笑みだった。これは悪くないな。更科となら俺も上手くやっていけるような気がする。



End



ーーーエピローグーーー



「あの子達、上手くできたのかしら」


私は市川君にも松本君にも興味がなかったから協力したけども。

それにしても最初はびっくりしたわ。市川君たち5人組の中のカップル組から吉祥さんの近くに行って騒ぐからよろしくって言われたとき。なんの為なのか最初は分からなかったけど、これは市川君を一人にしたら君たちをきっと誘うから、と言われて益々混乱したものだった。

彼らの思惑通り、市川君は私たちをに声をかけて集めた。市川君には松本君に聞けば一人の面々を教えてくれると言っていたらしい。

私は直接は知らないけれど、吉祥さんと更科さんは最初から例のカップルに相談していたのだろう。


女の子ってこんなにしたたかな生き物だったかしらね。さて、私はどうしようかな。

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