【連載版を投稿しました】聖女に散々と罵られたが、夜の彼女は意外と可愛い
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この国にはダンジョンと呼ばれる様々な形式の迷宮が存在する。多種多様な魔物が発生し、放っておくと大氾濫が発生する危険な存在である。
ゆえに、初代の王はある対策を打ち立てた。
それは、ダンジョンの側に集落を作って、冒険者ギルドを設立。大氾濫が発生しないように、ダンジョンの魔物を継続的に狩り続けるという政策だ。
最初は困難もあったが、魔物を狩った際にドロップする魔石を動力にした魔導具が開発されたことで事情は一変、いまではほとんどのダンジョンの側に町や村が作られている。
しかし、町や村を作れないような危険な地域にダンジョンが発生することもある。
それらのダンジョンを放置すると大氾濫が発生するために、定期的に誰かが魔物を狩りに行く必要がある。
それを引き受けるのが、実績のある冒険者だけで構成される遠征パーティー。俺はそんな遠征パーティーの中でもトップクラスのパーティーに参加していた。
勇者の称号を持つ、アタッカーのカイル。
異世界より女神に召喚された聖女、癒やしの担い手であるエリカ。
超一流の黒魔術の使い手で、貴族令嬢のシャルロット。
そして俺は、剣や魔法を使い攻守にわたって活躍するスイッチ型の魔剣士。攻守バランスよく切り換え、みんなを支えてきた――つもりだった。
いつものように仲間達とダンジョンに潜り、深い階層のボス部屋に出現したケルベロスを撃破した。
強力な敵であると同時に、巨大で高価な魔石をドロップするそいつを倒した俺達は、街に戻って祝杯を挙げるはずだった。
だが――手傷を負った俺がエリカに治療を頼んだ結果、返ってきたのは平手打ちだった。
エリカは気の強い女の子だが、同時に思い遣りのある聖女でもある。そんな彼女が俺――というか、誰かの頬を叩くなんて信じられない。
驚いたのは俺だけじゃなかったようで、他の仲間達も唖然としている。
「はっ、なにが怪我をしたから魔法で治して欲しい、よ。簡単に怪我をして! 魔法でいくらでも治せるとか思ってるんじゃないでしょうね!?」
「ちょ、ちょっとエリカ? いきなりどうしちゃったのよ? アベルはあなたを庇って怪我をしたのよ? なのに、そんな言い方はないでしょ?」
「ふんっ、誰が庇って欲しいなんて言ったのよ。あたしは、庇ってもらわなくても平気よ」
シャルロットの取りなしにも耳を傾けない。エリカの剣幕に呆気にとられた。
「待て、少し落ち着けよエリカ。怪我をしたのは悪かったけど、お前は俺達のパーティーの回復要員なんだ。庇うのは当然だろ?」
「ふんっ! そう思うのなら、もっとスマートに助けなさいよ! もうちょっとでブレスを喰らうところだったじゃない!」
「それは……たしかにその通りだけど」
エリカを助けに入って怪我をした隙を突かれ、二人纏めてブレスを喰らいそうになった。
それは事実だが、エリカが狙われたのは、いきなり俺に強力な強化魔法を掛けたのが原因だ。あんな強力な魔法を使ったら、敵の注意を引いたって仕方がない。
「あんな強化魔法を使うなら、事前に教えておいて欲しかった」
「はっ、そんなこと言って、事前に教えたら使うなって言ってたでしょ?」
「それは……だって、あそこまで強力な強化魔法は必要なかっただろ?」
「それがウザいのよ。良い? 強化魔法が必要かどうかはあたしが決める。あんたに指図されるいわれはないわ!」
「……だが、それで危険になるのはエリカだろ?」
「うるさいって言ってるでしょ! というか、いいかげん我慢の限界なのよ! あたしは前から、アベルの行動には腹が立ってたのよ!」
「エリカ、それくらいにしておきなさいって」
シャルロットが再び取りなしてくれる。
「くっ、くくっ、はーっははっは」
カイルが突然笑い始めた。
「そうか、そうだよなぁ! 俺もそう思うぜ、エリカ!」
「カイル!? 貴方までなにを言い出すのよ!?」
「あぁん? なにって、エリカと同意見だって話だよ! 俺も前から、アベルはこのパーティーに相応しくないって思ってたんだよ!」
「ちょっと、カイル、いいかげんにしなさいよ! エリカも、本当はアベルに感謝してるんでしょ? いまのはちょっと、機嫌が悪かっただけよね?」
「はぁ? そんな訳ないじゃない。あたしがアベルに感謝なんてしてるはずないじゃない!」
「はーっはー、聞いたかよ。こりゃダメだな。俺もアベルのことは嫌いだったんだよ。そうだ、もうこの際、パーティーから追放しちゃおうぜ!」
「ちょっと……あなたねぇ」
「そうよね、あたしもそう思うわ! アベルはこのパーティーから抜けるべきよ!」
「ぎゃはははっ、そうだよな! アベルは追放で決定だ!」
「あーはっはは、そうよ、決定よ!」
急展開について行けずに戸惑う俺とシャルロット。
エリカとカイルは意気投合し、俺のパーティー追放を決めてしまった。
――その日の夜。
俺が荷物を纏めていると、シャルロットが訪ねてきた。シャルロットは俺の顔を見るなり、その胸のうちをあらわにする。
「……ねぇ、アベル。あなた、本当にパーティーを抜けるつもりなの?」
「ああ。追放すると言われたらしょうがないだろ」
「しょうがなくなんてないっ! 二人に抗議するべきよ!」
「抗議? そんなことをしてなんになる」
「……あなた、分かってるでしょ? あなたが攻守共にバランスよく動いてくれていたから、私達のパーティーはここまでやってこれたのよ」
「……そうだな、俺もそう思ってる」
俺達のパーティーは全員が一流だ。
だが、カイルは周囲が見えていない、良くも悪くも生粋のアタッカーだ。シャルロットやエリカはそうでもないが、二人とも接近されたらなにも出来ない魔法使いだ。
俺だけが、二人のカバーに入っていた。俺がいなければパーティーは後衛の二人を狙われてあっという間に瓦解する。
「それが分かってるなら、どうして抗議しないのよ?」
「重要なのは実力だけじゃない。エリカやカイルがあんな風に思ってる以上、なにを言ったって無駄だ。だから、俺はパーティーを抜ける」
俺だってショックを受けている。けど、だからこそ、あそこまで一方的に言われて、パーティーに留まる理由はない。
「もう十二分に稼いだしな。田舎でのんびり暮らすのも悪くはないかなって思って」
「あら、それは面白そうね」
「だろ?」
「ええ、素敵だと思うわ」
シャルロットが同意してくれる。それで、俺は脱退の決意を新たにした。
「シャルロットには悪いと思うけど……」
「悪いのはあの二人だもの、あなたが気にすることじゃないわ。それに、私はこう見えても伯爵家の令嬢よ、心配されなくたって、自分のことは自分で決められる」
「……そうか、そうだよな」
シャルロットは自分の道を自らの力で切り開いてきた。勝ち気に微笑む彼女は、今回の件も自分の力で乗り切っていくのだろう。
「そういえば、アベル。あなた、腕の傷はどうなったの?」
「あぁ……ポーションを使ったから大丈夫だよ」
俺は怪我をした方の袖を捲ってみせる。
「あら、そうだったの。でも、少しだけ傷が残ってるじゃない。そんなに強力じゃないけど、あたしも回復魔術が使えるから治してあげるわ。ほら、腕を出しなさい」
「助かるよ」
お言葉に甘えて腕を差し出す。
シャルロットはそんな俺の腕を取り、回復魔術の詠唱を始めた。温かな光が俺の腕を包み、傷口が盛り上がってゆく。それからほどなく、傷は綺麗に消え去った。
「はい、これで……ちゅ。お終いよ」
シャルロットが仕上げとばかりに、俺の腕に唇を押しつけた。
「……シャ、シャルロット?」
「ふふっ、なんでもないわ。ちょっとしたおまじないみたいなモノよ」
シャルロットは少しだけ頬を赤らめて立ち上がり、逃げるように退出していった。俺は呆気にとられたまま、その背中を見送った。
そうして部屋に残された俺は、いままでのことを思い出す。
最初はいまからおよそ三年前。女神様によって異世界転移させられたというエリカを保護したのが始まりだった。
まだつたない回復しか出来ないエリカと二人でダンジョンに潜り、弱い敵と激戦を繰り広げ、その結果に一喜一憂していた。
それから少しずつ結果を出せるようになり、シャルロットが色々あって仲間に加わった。
そして最後が、勇者の称号を持つカイル。
困難にもぶち当たったが、みんなで壁を乗り越えてここまで上り詰めた。俺達のパーティーは完成していた……はずだった。
俺達は……いや、俺とエリカはずっと、上手くやっていると思っていた。これからもずっと、上手くやっていけるのだと思っていた。
「どうして、こんな風になってしまったんだろうな」
思わず独りごちる。
その瞬間、再び扉がノックされた。シャルロットがなにか忘れ物をしたのだろう。そう思って扉を開けた俺は息を呑む。
扉の前に立っていたのが、いままさに思いを巡らしていた相手、エリカだったからだ。
「エリカ。今更なにをしに……」
俺は思わずセリフを呑み込んだ。
エリカがその蒼い瞳から、ポロポロと涙を流し始めたからだ。
「……おい、エリカ?」
「ごめん、なさい。ごめんなさい、アベル」
「泣くくらいなら、初めからあんなことを言わなければ良いだろ?」
「ふえぇ……ごめんなさい。ひくっ。でも、あれには理由が……」
「……理由?」
問い返すが、エリカはボロボロと泣いていて話にならない。俺はため息を吐き、エリカを部屋に招き入れることにした。
俺は泣きじゃくるエリカを椅子に座らせ、ハーブティーを用意してやる。そうして、ようやく落ち着きを見せたエリカの向かい、ベッドサイドに座り、なにがあったかと問いかけた。
「実は、その……ダンジョンでのあれは、あたしの本心じゃないの」
「……物凄くノリノリだったと思うんだが」
金髪ツインテールを振り乱し、高笑いまでしていた。それを本心じゃなかったと言われても、どうやって信じろっていうのか。
「だから、それには理由があるの。本当よ。あたしは、アベルにいつも感謝してる」
「だが、さっきは散々罵っただろ?」
「強化魔法を掛けたのはあなたに怪我をして欲しくなかったからだし、あなたがあたしのために無茶をして怪我をするのが凄く嫌だったのよ!」
「……はぁ。それで、あんなに罵ったというのか?」
心配のあまり怒るなんてことはよくあるけど、あれはその範疇を超えている。
「言い訳にしては、ちょっとお粗末すぎるんじゃないか?」
「信じられないのは分かるわ。だけど本当なの! あたしは、ツンデレのバッドステータスを持っているのよ。それが原因なの!」
「……はい?」
バッドステータスというのは、習得しているとマイナスの効果が発生する能力のことで、有名なのは不運とか短気とかである。
不運は不幸なことが起きやすくなり、短気は感情の制御が難しくなる。
だが、ツンデレというのがなにか分からない。
「あたしが異世界から召喚されたことは知ってるわよね?」
「ああ、何度も聞かされたからな。この世界の女神に呼ばれたんだろ?」
多くはないが皆無ではない。この時代だけでも何人かは存在している。
「女神様が転生の特典として、能力を選ばせてくれるの。それで、あたしは聖女を選んだんだけど……ポイントが少しだけ足りなくて」
「ポイント?」
「詳細は省くけど、ポイントの範囲内で好きな能力を選べたの。でも、あたしのもらったポイントでは聖女を選ぶことが出来なくて、ポイントを増やす必要があったの」
「……その手段が、バッドステータスの習得だった?」
「ええ。そうよ。それでツンデレっていうバッドステータスを習得したの」
「ふむ……」
少なくとも筋は通っている。というか、異世界召喚された人間は、長所と短所が両極端な場合が多いというのは聞いたことがある。
「ちなみに、ツンデレのバッドステータスって言うのはどういうモノなんだ?」
「あたしの認識では、素直になれなくなる程度のモノだと思ってたわ。だけど……」
「思っていたのと、違う?」
「ええ。この世界のツンデレは、まったく素直になれなくなるみたい。しかも、それが解除されるのは夜間、それも二人っきりのときだけ、だったの」
「はぁ……だからいまは素直だってことか? でも、いままでは平気だっただろ?」
エリカはわりと気が強かったのはもとからだが、あんな風に罵られたのは今日が初めてだ。
「それは、その……ツンデレの発動条件がもう一つあって」
「……それは?」
「そ、その、ほっ、惚れた相手にだけ、発動、するの」
「え、それって……」
「~~~~~っ」
それだけで、なにが言いたいのか分かってしまうほどに真っ赤っかだ。気が強いと思っていたことも影響しているのか、恥ずかしそうに俯く姿が物凄く愛らしい。
だが、俺だってはいそうですかと信じるほど単純じゃない。
「……そうやって、また俺を騙すつもりなんじゃないか?」
「嘘じゃないわ。それを証明する」
「証明? どうやって――んっ!?」
完全な不意打ちだった。
気がついたら、俺はエリカに唇を奪われていた。
「――ぷはっ。お、お前、急になにをするんだよ!?」
慌ててエリカを引き剥がす。
「いまのは、メディア様の儀式魔法よ」
「おいおいおい……」
この世界を管理する神々の一人の名前であり、エリカを召喚した女神の名前でもある。ついでに言えば、メディア教という教団の名前でもある、
儀式魔法というからには、なんらかの強制力が働くはずだ。
「一体どんな効力なんだ?」
もしかしたら、はめられたのかもしれない。
「さっきのは誓いのキスという儀式魔法よ」
「……誓いのキス? なにを誓うんだ?」
「あたしが一生、アベルに添い遂げるという誓いよ」
「……は、はい?」
わりと意味が分からなかった。というか、分かりたくなかったのかもしれない。
「死が二人を分かつまで、あたしはアベルとしか愛し合うことが出来ないの」
「……あ、愛し合う?」
「そうよ。もしあたしが他の誰かに手を出そうとすれば、あたしが女神様に呪われるし、あたしを襲おうとした場合はその人が呪われるわ」
「おいおいおい……」
いま、さらっととんでもないことを言ったぞ、この娘。
「あ、誓ったのはあたしだけで、アベルが他の子に手を出しても女神様に呪われたりはしないから安心してね。……あたしは嫉妬に怒り狂うけど」
「まったく安心できない!?」
お、おかしいな。エリカって気は強いけど、聖女に相応しい感じの女の子だったと思うんだけどな。一体なにがどうなってこうなってしまったのか。
「というか、なんでこんなマネを……」
「さっきあなたを罵ったのが本心じゃないって知って欲しかったの」
「まさか、そのためだけに、こんなことをしたのか?」
「まさか。あなたを好きだからに決まってるじゃない」
「~~~っ」
ストレートな告白に顔が熱くなる。俺だってエリカが嫌いだったわけじゃない。むしろ好意を抱いていたから、裏切られたと思って腹立たしかったのだ。
「とにかく、あたしがアベルを嫌っていないって言うのは信じて欲しいのよ」
「それは、まぁ……信じるよ」
こんな手の込んだことをするまでもなく、俺はパーティーを追放になっていたのだ。
「ありがとう、アベル」
「良いけど……どうするつもりなんだ? 事情を話して、俺をパーティーに戻すのか?」
「それなんだけど……カイルが問題でしょ?」
「あぁ……あいつなぁ」
エリカの言葉は本心じゃなかった訳だが、カイルのあれは全部本心だろう。
「アベルに仲間にしてもらった恩も忘れてあんなこと言うなんて、カイルの奴、最低よね」
「おおむね同意見だが……お前にだけは言われたくないと思うぞ」
「あ、あたしはスキルの効果なんだからしょうがないでしょ?」
「まぁ……たしかに」
実際、シャルロットは俺を庇ってくれた。
カイルは表に出さないだけで、以前から俺を嫌っていたのだろう。
「まあ……俺もカイルとこれ以上パーティーを共にしたくはないな」
「でしょ? だから、アベルは予定通りパーティーを抜けるべきだと思うのよ」
「ふむ。それで、その後は?」
「頃合いを見て、あたしもパーティーを抜けるわ。そして、あたしとあなた、二人一緒にどこかの田舎でのんびり暮らしましょ?」
「……なるほど」
そう言うことなら、俺の予定とも重なる。一人ではなく、エリカと一緒に田舎でスローライフというのも悪くはないだろう。
「まあ……俺は田舎でのんびり暮らそうと思ってたところだ。エリカがついてくるって言うなら、別に止める理由はないよ」
「それは、あたしの思いに応えてくれるって意味かしら?」
「そっちは保留」
エリカのことは憎からず思っているが、急に言われても困る。
「……分かったわ。それじゃ、アベルは予定通り明日パーティーを抜けて」
「分かった。俺が目指す田舎は……」
「あ、それなら大丈夫。さっきの誓いのキスの契約で、あなたがどこにいても分かるから」
「……ちょっと恐いんだけど」
どこにも逃げ場はなさそうだ。いや、別に逃げるつもりはないんだけど。
「とにかく、あたしは戻るわね。繰り返しになるけど、さっきはごめんなさい」
エリカはもう一度頭を下げて、俺の部屋から退出していった。
――翌朝、俺は旅立ちの時を迎えていた。
「はっ、まだいたんですか? さっさと旅立てば良いのにっ!」
朝から元気な聖女様が俺を罵って、立ち去っていった。
あれもツンデレ? とか言うバッドステータスの効果、なんだろうか? 素直になれないというのは分かるんだが……旅立って欲しくないという意味、なんだろうか?
いまいちのその法則が分からない。
「くくっ、アベル、ずいぶんと嫌われたモノだなぁ~」
物凄く楽しそうなカイルが近付いてきた。
「カイルか、見送りに来てくれたのか?」
「あぁそうだ。哀れなお前を笑いに来たんだよ」
「は、そうかよ。お前にそこまで嫌われてるとは思ってなかったよ」
「だったら、ここまで内心を隠してた甲斐があったってもんだな。ギリギリまで秘密にして、ここぞと言うときに暴露する。そうしてお前が絶望する姿を見るのは最高の気分だ!」
「そうかそうか、それはよかった」
「くくっ、強がりだけは一人前だな」
強がり、ねぇ。エリカのあれは本心じゃないというのに……なんと言うか、ここまで道化を演じてくれると、逆に笑えてくる。
むしろ、ちょっと哀れに思えてきた。
「お前も元気でやれよ」
「はん、お前にいわれるまでもねぇよ。お前がいなくなって、パーティーは俺のモノだからな。エリカも、必ず俺のモノにしてやんよ!」
「お、おぅ」
「聖女様の無垢な身体に、色々と教え込んでやるぜ。くくくっ」
「……まぁ、頑張れよ」
エリカは儀式魔法によって、俺以外と寝ることは出来ない。さらに、もし誰かが強引にちょっかいを出そうとしたら、その者が呪われるというおまけつきだ。
更に言えば、エリカは近々パーティーを抜ける。
教えてやっても良いんだけど……ギリギリまで秘密にして、ここぞと言うときに暴露するのは最高に気分が良いそうなので、ぜひとも自分でも体験してもらおう。
「それに、シャルロットも、俺のモノにしてやるからよ」
一夫多妻自体は珍しくない。
平民のあいだでは少ないが、権力者や金のあるモノならよくある話なので、勇者であるカイルが二股を掛けたいのなら勝手にすれば良いと思う。
だが、あの気の強いエリカとシャルロットの二人に手を出すなんて自殺行為だ。
二股なんて言った時点で殴られたって文句言えない。もしまかり間違って二人に同時に惚れさせることが出来たとしても、バレた時点で絶対に修羅場になる。
そんなことにも考えが至らないなんて、調子に乗りすぎで笑える。
「まあ、せいぜい頑張れよ」
俺は肩をすくめ、踵を返して旅立った。
さてさて。ひとまず、どこかの田舎を目指そう。そう思って、街の外れへとやって来た。そこに、なぜかシャルロットが待ち構えている。
「シャルロット、見送りに来てくれたのか?」
「そんなところ。このあとのことについても話しておこうと思ったしね」
「……このあと?」
なんのことだろうと俺は首を傾げた。
「あなたと一緒に、田舎でスローライフを送る話に決まってるじゃない。ほとぼりが冷めた頃にパーティーを抜けてあなたの後を追うからね――って言いに来たの」
「……おや?」
それは、エリカとした話で、シャルロットとした話じゃない気がする……とは、ギリギリのところで口にせずに呑み込んだ。俺、頑張った。
「ええっと、いつの間にそんな話に?」
「あなたが田舎でスローライフをするって言うから、面白そうねといったじゃない」
「……たしかに言ってたが。……え? もしかして、そういう意味だった?」
「他になにがあるのよ」
な、なんだって――っ!? と叫びたい衝動に駆られる。
それを言葉にしなかった俺、本当に頑張った。
「あ、行き先とかは好きにして良いわよ。昨日、儀式魔法を使ったから」
「……………………」
必死に頭を回転させる。そうして思いだしたのは、傷を治してもらったあと、シャルロットが俺の傷の跡に唇を押し当てたこと。
「つかぬ事を聞くけど、その儀式魔法って言うのは………………?」
「メディア教に伝わる誓いのキスよ」
「はうわっ!」
変な声が出た。そして驚きのあまりそれ以上の声が出ない。
「その驚きよう、知ってるのね」
「あ、あぁ、ちょっと、最近知る機会があってな」
「そうなの? でも、気にしなくて良いわよ。私は初めて会ったときからあなた一筋だもの」
「ひ、一筋?」
「ええ。一筋。いままではエリカのことがあって遠慮してたけど……一緒に田舎で暮らしてくれるわけだし……ふふ、いまから楽しみだわ」
のううううううううっ。色々誤解、誤解だから! なんて、儀式魔法のあとで、そんなこと言ったら修羅場になる!
気の強いエリカとシャルロットの二人に手を出すなんて自殺行為だ。
二股なんて言った時点で殴られたって文句言えない。もしまかり間違って二人に同時に惚れさせることが出来たとしても、バレた時点で絶対に修羅場になる。
そんなことにも考えが至らないなんて、調子に乗りすぎで笑える。
ああああああああああっ!
さっき、カイルに対して心の中で思ってセリフが返ってきたああああああっ!?
「それじゃ、私は怪しまれる前に戻るわね」
シャルロットは、微笑みを残して立ち去っていった。
残された俺は、思わず空を見上げた。雲一つない青い空……だけど、不穏、凄く不穏な気がする。なんと言うか……そう、嵐の前のなんとやらである。
……よし、逃げよう。地の果てまで逃げよう。
俺は世界の果てを目指して歩き出した。