野菜嫌いで振られたので幼馴染と克服することにした
『あー、その、和成ってさ、好き嫌い多いじゃん? なんかそれがみっともないっていうか……ほら食の趣味合わないと続かないし……ってことでごめん、別れて』
電話越し、伝えられた言葉にそっかと頷くことしか出来ない。明日デートに誘うはずだったこの電話。なぜこんなことに。たった半年とは言え付き合った相手にそんなことが理由で振られるなんて思っても見なかった俺はベッドへ倒れこむ。
母さんが干してくれた布団はふかふかで俺の心の傷も包み込んで
「くれるわけあるかーー!!」
枕に顔を埋めながら布団を殴る。
たしかに俺は好き嫌い多いしていうか野菜嫌いだから避けちゃってたしだけどなんとか食べられるもの探してお店もメニューも選んでたしそんな、そんな、言われるほど主張してないはず……いやでも、もしかしたら本当はこの好き嫌いが理由じゃなかったかもしれないけれどそれを理由にされる程度には俺はやらかしてたんだろう。思わず目頭が熱くなる。さようならあかねちゃん、めっちゃ好きだった。
一通り暴れて冷静になってからぐぅ、と腹の音が鳴る。食のことで振られてすぐ腹が減るって俺の体まったく空気読まないな……。
部屋を出て、階段を下りていると家族のものでは無い声が聞こえる。とは言っても高めの機嫌のいいこの鼻歌は聞き慣れたもので気にすることなくそこに向かう。
ダイニングの先、キッチンに見えるのは想像通りの人物……幼馴染の秋原美咲だ。鼻歌を止めることなくとんとん包丁を動かし、時折鍋の方を見ながら楽しそうに我が家のキッチンで料理を続けている。
「おはよ、美咲」
「おそよう、和成。下りてきたってことは昼ご飯食べるんでしょ、もうちょい待ってね〜」
美咲はそう言いながらテキパキと配膳を始める。
じゃがいもと玉ねぎの味噌汁、えのきの肉巻き、ピーマンとツナの炒め物、冷奴にほかほかご飯。それを前に思わずゴクリと唾を飲む。二人分の配膳を終えた美咲はいそいそと席に着きさっそく手を合わせて食べ始めた。
すっかり常備された彼女用の食器に盛られた食事はどんどん減っていく。慌てて俺も座ってそれを追いかけるように食べ始める。
味噌汁のじゃがいもはほくほくで、玉ねぎは甘さだけが舌に残る柔らかさ。えのきは肉に寄って独特の食感もとろみもあまり気にならない。冷奴にはたっぷりの生姜と刻みネギが乗っていて箸休めにつまむと口が薬味で包まれてスッキリする。そしてピーマンとツナの炒め物。普段のピーマンは俺にとって敵だがこれは別。少しをご飯に乗せてかっこめば甘辛い味とツナのコクがピーマンの苦味を全て隠してくれているようだ。
食べ進める俺を見て美咲はうんうん頷いている。そういえばいったいいつからだろうか。美咲が作るものならばある程度の野菜が食べられることに気づいたのは。……そう思った途端先ほどの記憶がずんと胃に溜まる。
「和成?」
「…………野菜嫌いって治るのかな」
ぽつりと呟いてしまったそれに目の前の美咲はうーーんと唸ってしまった。やはり無理なのだろうか。好きなものばかりで苦手なものは無理をしなくていいと育ててくれた親は優しくてありがたかったが、まさかこんなことになるとは親も思っていなかっただろう。
「じゃがいもも玉ねぎもえのきもピーマンも食べてるじゃん」
「いや、そういうんじゃなくて、サラダとか色々食べられるようになったほうが良いのかなって」
「でも和成は生野菜食べると吐きそうになるくらい嫌いじゃん」
「そうだけどぉ……」
思わず突っ伏したくなるが食器がある以上それは叶わない。代わりに味噌汁を啜る。
「味噌汁おかわりする?」
「する」
お椀を差し出すと美咲は自分のものと一緒に持って立ち上がりキッチンに向かう。
「和成さあ、前はこのお味噌汁の玉ねぎすら食べられなかったの覚えてる?」
「えっ、あー、うん」
たしかに昔はじゃがいもだけ拾って食べていた気がする。
「そのピーマンのやつとかさ、昔だったら手つけなかったでしょ」
「うん」
お玉一杯がお椀に注がれてまた戻ってくる。
「はい」
「ありがと」
また向かい合って食事が続く。美咲は何が言いたいのだろうか。
「野菜嫌いってどうすれば治ると思う」
「えっ、うーん……小さい子とかはその野菜を育ててみたりしてるよな。あとは細かく切って段々慣れるとか?」
「野菜育てて好き嫌い無くなるのは幻想だよ。それで食べられるようになったのなら元々実は食べられるけど何となく嫌だったとかそういうタイプだと思うんだよね」
「ふうん。でも確かに昔育てたプチトマトもきゅうりも全然ダメだったわ」
「でしょ。で、細かく切る方はひとつの方法ではある。和成もハンバーグに入った人参玉ねぎピーマンは気にせず喜んで食べるもんね」
頷く。確かにその三つが入っていようがハンバーグは幼い俺にとっておかずの王様だった。ただ添えられた人参のグラッセとやらは一切無理だったが。そう伝えると美咲はそれ!と声を上げる。
「そこなの! いい、和成。野菜嫌いを治す方法はただひとつ。妥協ラインを見つけてそこから少しずつ食べられる妥協ラインを上げていくだけよ」
「はあ?」
あまりその言葉に理解が追いつかず思わず首を傾げる。妥協ラインとは一体なんのことだろうか。美咲は何のことを言っている?
「このお味噌の玉ねぎだけどおばさんが作ったやつだと和成よく残しちゃうんでしょ」
「あ? あー、うん。なんか違うんだよな」
「それはね、おばさんが和成の妥協ラインを知らないから。和成は玉ねぎをとろっとろにしてあげれば分厚めに切っても気にせず口にしてくれるんだけど、おばさんは自分が玉ねぎを食べられるからそのとろとろ判定が甘いの。舌に残ったりするでしょ」
「た、たしかに」
「そのピーマン、私は縦に切ってしっかり炒めてる。とにかくこれでもか!って焦げないように炒めるんだけどそうするとピーマンの苦味ってこれだけでもすっごく減るんだよね。柔らかくもなるし加えてツナのコクもあるから和成もこのピーマン気にしないんだよ」
「母さんが炒めるピーマンいつも苦くて食えなかったけどそういう違い……?」
「うん。妥協ラインを知ってるか知っていないかの違い。
いーい、和成。本気で野菜嫌いを直すには栄養素が壊れるとかは気にせず自分がどんな調理法で、どこまで火が通ってれば食べられるかを探って、そこからどんどん普通の人のラインに近づけられるかがポイントだよ。いきなりサラダだ野菜スティックだーとか、このソースつければ生野菜ももりもり食べれるなーんて幻想! 夢の話だよ」
ごちそうさまと美咲が手を合わせる。慌てて最後の一口をごくりと流し、同じようにごちそうさまを繰り返し、食器を重ねて立ち上がった。
隣り合って皿を洗い、受け取ってそれを拭く。ちらりと見える横顔はどこかいつもより機嫌が良さそうだ。
「あの、さ」
「なあに」
「俺の野菜嫌い克服……手伝ってくれる?」
情けないお願いだとは思うがこの幼馴染以上に俺の野菜嫌いについてわかっているやつはいない。
かちゃかちゃと皿を洗い終え、エプロンを外す美咲。そうして振り向いた顔は久しぶりに見るねえちゃんをやっている幼馴染の笑顔だ。
「美咲おねえちゃんに任せなさい、和成!」