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想い出の日常  作者: fnro
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郊外の喫茶店

 町外れの瀟洒な喫茶店。

 シックな内装に落ち着いた雰囲気。窓の外に目を向けると人々の往来が忙しないのだが、店内にその喧噪が侵入してくることはなかった。

 静かに語り合うのが似合うそこで、俺は田居という女性とテーブルを囲んでいた。他に客は居ない。マスターが運んできたコーヒーに口をつけた時、ドアに吊り下げられたベルが軽快な音を立てる。

 振り返ると息を切らせている男が一人。彼は医者だ。大方、緊急の対応を強いられたからだろう。医者の辻と俺、そして田居の三人は毎週この喫茶店で顔を合わせることにしていた。ちょっとした情報交換の為だ。この時ばかりは他にお客さんが居たら具合が悪いので、定休日である金曜日。

 辻が何やら申し訳なさそうな顔をしてマスターである宇藤さんと話をしているが、笑顔で俺たちのところに案内された。

「お待たせしました」

 腰かけながら頭頂部を軽く掻いている。茶化そうかと思ったが、お見通しだったのか田居がこちらを見ながら口を尖らせているいるので止めることにした。

「ご注文はどうされますか?」

「訊くんですか?」

 宇藤さんは不思議そうな顔をする辻を見て満足げにしている。

「愚問でしたね。では《いつもの》で」

 微笑みながらカウンターへと消えていった。時々お茶目な悪戯めいたことをする癖が抜けないのは性格だからなのだろうか。優しい目の奥に潜んでいる鋭いものを覆い隠しているかのようだ。

「それにしても医者がコーラ好きなんて、医者の不養生よね」

「医者だって人間です。好きなものが健康にいいとは限りませんよ」

「糖尿かなんかで死にそうだな。医者なのに」

 俺はコーヒーカップを弄びながら悪戯っぽく軽口を叩く。

「鷺巣くんまで酷い」

 辻の少々困った顔を眺めるのが楽しいと言ったら悪趣味なのだろうか。本気で困らせる意図はないし辻贔屓の田居もケラケラと笑っているので、許される範囲なのだろう。


 宇藤さんがコーラと一緒に自分の飲み物を持ってきてテーブルに腰かけた。からかいの対象から逃れるが如く、辻は質問をする。

「今日はどんなニュースを聴かせてくれるんですか?」

 多くの人が利用する喫茶店は情報が集まることから、宛さながら報道局のようだった。宇藤さんは相手によって提供する話題が異なるのだが、それには理由がある。

「今回は鵜飼さんですよ」

 消失事件。不定期に起きるこの現象に着目をし、独自に解決を図ろうとしているのが俺たちだけだから、他者を排した状態で情報を共有しているのだ。

「消防士として誇りを持っていたように見えたのに」

 田居が沈んだ表情になる。あいつはイケメンだったし惚れていても不思議じゃない。そのことを茶化す雰囲気でもなかった。

「ちょっと前に風邪をひいて病院に来たことがあったんですよ。そのときは変わった様子なかったんだけどなぁ」

「見つかるといいんだけど……」

「未だ嘗かつて発見されたことがないからな。死体すら」

「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでよ!」

 俺の言葉に声を荒げる。

「田居さん、落ち着いてください。殺されたと決まったわけではありませんよ」

「辻さん」

「こうして消える理由は不明ですが、殺害されたという話は聞いたことがありません」

 宥めるように優しく言葉をかけた。流石は医者といったところだろうか。

 少々気まずい空気が流れているところに宇藤さんが奥から箱を持ってくる。珍しく俺たちにご馳走しようというのかと思ったが違った。

「はい、これ頼まれていたケーキ」

「またかよ」

「いいじゃない。子供たちはケーキが好きなんだから」

 田居は孤児院を運営している。家庭の温もりというものを知らない子たちに家族かのように接する。どうしてそんなことをしているのかと尋ねたことはあったが、答えをはぐらかされてしまったことがある。たぶん彼女自身も分からないのだろう。そのことを掘り下げても仕方ないとも思っている。

「こんなことばっかしてると、婚期逃すぞ」

「うっさい」

 すぐに口を尖らすのが田居の癖だ。本人は気づいているのだろうか。

「必ずいい人に出会いますよ」

「ありがとう」

 微笑みあってるが、辻は眼中にないのだろうか。医者だぞ?

「子供の相手をしていると気が楽なのよね。マスターありがとう。それじゃ行ってきます」

 ケーキの入った箱を手に、田居は喫茶店を後にした。

 久しく食べていないことを思い出した俺を見透かしていたかのように、宇藤さんがケーキを運んでくる。

「たまにはご馳走しますよ」

「宇藤さんのケーキ、美味しいんですよね」

 辻も嬉しそうだった。甘いものがあまり得意ではない俺もマスターが作ったものだけは口にすることができた。そんじょそこらのケーキ屋よりよっぽど口当たりも柔らかく美味しいのだ。

 冷めきったコーヒーを啜りながら穏やかな時間を満喫する。まさか二度と口にすることができないとは、この時思いもしなかった。

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