第7話
「くそぉ、無茶苦茶しやがる……。大丈夫かい、ティオちゃん」
「もが、もがが……」
魔獣の皮で作ったコートはこんな時に役立つ。すぐ傍を火球が通り抜けていったというのに、おっさんやティオちゃんには傷ひとつなかった。そりゃあ、あれだけ高かったんだから当然といえば当然か。これで二人とも灰になってたら、あの世からクレームを送り付けてやる。
もっとも、おっさんもといお姉さんの豊かな胸に顔をうずめているティオちゃんは、息苦しそうにもがいていたけど。ちょっとした緩衝材とでも思ってくれ。
「おっとごめんよ。こういう緊急時は、自分がバスト89のお姉さんだという事をついうっかり忘れちゃうんだ」
「い、いえ、お気になさらず……。もう三十年以上生きているのに、いまだ幼児体型のワタシからすれば贅沢な悩みですよ……」
さしものティオちゃんといえどもその辺りは女の子らしく、自分の未発達な身体を気にしている様だった。おっさんのおっぱいを恨めしそうに睨んでいる気がしないでもないが、今は緊急事態なので放置。
周囲の状況を確認しようと、おっさんは近くで横に倒れていたテーブルへと背を預ける。そして、コートの内ポケットからコンパクトミラーを取り出した。
このコンパクトミラーは銃撃戦やらに何かと便利で、身を危険に晒す事なく周囲を確認出来たりする優れものなのだ。おまけにおっさんだった頃はこんな物を持っていると、オカマか何かと疑われたが、黒髪ショートのお姉さんになった今なら職務質問を受けても大丈夫である。
早速ミラーを開き、状況確認。店先にいるのは如何にも魔族という風貌をした連中が五人ほど。店が壊れ、辺りの人間が逃げまどっている中でげらげらと下卑た笑い声を出していた。もしかしたら他に増援が来るかもしれないし、最悪の場合もう店内に入っている可能性すらある。
しかし装備が如何にもそこら辺の野良魔族である。粗悪そうな拳銃やら、簡素な見た目の槍やら片刃の剣なところを見るに、火球を撃って即座に突入してくるほどの練度を備えているとは考えにくかった。
「結社とかに属している連中じゃなさそうだ。おっさんの首にかかった賞金目当ての、無頼魔族ってところか」
「すごいですね! パッと見て分かるんですか!? 後、今すごくプロの人みたいな動きしてました!」
この子は緊急時だってのに、相変わらずテンション高いなぁ。おっさんの隣で身を屈めているティオちゃんは、好奇心いっぱいのキラキラした目でおっさんを見てくる。君、本当に怖い物知らずだね。最近の若者の豪胆さに感心しつつ、おっさんは目にかかってくる黒い髪を手で掻き分けながら拳銃をホルスターから取り出した。ちょうど親指が当たる部分にあるサム・セーフティを外して遊底を少し引き下げ、弾丸が薬室に装填されている事を確かめる。こういう咄嗟の襲撃時ほど、ひとつひとつの動作に集中して、精神を落ち着かせるのが大事だ。
そして、その動作をまじまじと見つめるティオちゃん。
「……見てて楽しい、コレ?」
「はい! この歳までずっとエルフの里で暮らしてきたワタシにとっては、人間の世界で起こる全部の事が真新しいです!」
まぶしい。あまりの純粋さに後光が差してるよ。おっさんにはまぶし過ぎて直視できないよ。
若さ故の輝きから目を逸らし、おっさんは先ほどからこそこそと隠れていた店員さんに声をかける。
「そこのお兄さん。高位魔族取締官、通称魔族狩りですよっと。この店に、なんか自衛のための武器とかないのかい? 確か、この国の法律だと武器の携帯が認められてたよね」
一応、高位魔族取締官の手帳を見せておく。この名前って、無駄に長いから名乗るの面倒なんだよ。突然話しかけられたお兄さんは肩をびくっと震わせたが、おっさんが魔族狩りだと知って胸を撫で下ろした。
「え、えぇ……。店長の意向で、カウンターの裏に散弾銃がありますが……」
「よし、それを徴収する。もしお姉さんが何か壊したら、表の魔族連中にでもつけといてくれ」
相手がうら若いお姉さんだからか、お兄さんは渋々といった具合で散弾銃を床に滑らせておっさんに渡す。大丈夫だって、お兄さん。
こっちはこの程度の修羅場、月一のペースでくぐり抜けてきてんだ。
渡された散弾銃はポンプアクション方式の『マルベリー・アームズ製37式散弾銃』ソードオフ、銃身やら銃床やらを切り詰めたものだな。装弾数はマガジンチューブ内に四発と、薬室に一発だったか。お姉さんの手でフォアエンドを後退させ、薬室にショットシェルを装填させるのは初めてだ。おっさんの時に使ったらえらく小さな銃だと思ったが、お姉さんの身体で使うとそれなりに大きく見える。
まるでアクション映画の主人公でも見る様な目で、ずっとこっちを見ているティオちゃんを後目に、おっさんは拳銃をホルスターへ仕舞うと、代わりに堅牢かつ軽量で知られるこの散弾銃を両手に持った。
さてと、反撃開始といきますか。
架空の銃火器の元ネタ!(描写が実銃と違った場合、架空の銃だから仕方なしって事で……)
『ツェゲール社製91式拳銃』
おっさんの愛銃で、作中での略称は91(ナイン・ワン)。モデルはコルトM1911A1・ガバメント。.45ACP弾を使用するアメリカの象徴ともいうべき傑作オートです。大好き。おっさんの場合、幾らかのカスタムを施してある。(サイトの改良やグリップセーフティの解除など)
『マルベリー・アームズ製37式散弾銃』
ハンバーガー屋においても安心、ソードオフショットガン。モデルはイサカM37フェザーライトのソードオフ。やっぱりロングコートにはソードオフだろうという、作者の謎のこだわり。
以上、本当にどうでもいい作者の自己満足コーナーでした。もし作中の描写で元ネタを分かってくれたのなら、感謝感激雨あられです。